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1話完結、全3種類あります。


 02.螺旋階段


 暗い塔の中、竜の体を模した螺旋階段は天を目指して伸びている。私の掲げる宝玉が近づくと壁龕(へきがん)に仄かな灯りが点る。学者たちの見解によれば、この遺跡は何百年も前に建てられたとされているのに、内部に編まれたまじないが未だに解けていないとは、古代の魔法使いたちはよほど強力な術を操ることができたらしい。
「……なぁ」
 斜め下から問いかけられる。その声は石壁に何重にも反響しただけでなく、話しかけてきた当人が荒い息を吐いていたため大変聞き取りにくかった。しぶしぶ顔を向ければ、私が上っているのと対になる階段に大儀そうに足をかける若い男の影が見えた。
「なんだ」
 同じような景色を延々と眺め続けていい加減嫌気が差してきたところだ。半ば八つ当たり気味に不機嫌さを滲ませた返事をする。
「これ、ほんとに最上階に続いているの?」
 いくら指導しても直らなかった女子どものような口調。聞くたびに苛々する。自覚しているつもりだが、私は少々気が短い。些細なきっかけで怒りの感情が湧いてくる。今も、また。
「階段が途中で崩れていないかぎりはな」
 奴があまりにも愚かな質問をするものだから。つい意地悪を言ってみたくなる。
「俺にはエッシャーの絵みたいに同じところをぐるぐる回っているようにしか思えないんだけど……」
「エッシャー? なんだそれは?」
 耳慣れぬ単語だ。奴はこのようにときどき妙なことを口走る。
「俺が元いた世界の有名な画家。大昔の人だけど」
「そうか」
 息も絶え絶えに絞り出したといった声に、私は一言だけ返して会話を打ち切った。よけいなおしゃべりは体力を消耗するだけだ。
「反応それだけ?」
 しかし奴はまだ私になにかを求めているようだ。無視されなかっただけでもありがたいとは思わないのか。ぶつぶつと「相変わらずそっけないなぁ……」などと呟いている。あいにくと私は必要最低限の行動しかしない主義だ。相手が悪かったと諦めるがいい。もし愛嬌を振りまいてほしいのならば芸妓のもとへでも行けばいい。己の身分と給金でそれが叶うというならば。
 ……いや、奴にはもう遊戯に浸るどころか軍の訓練に参加することもできないのだった。
 忘れていたわけではない。だが私は無意識にその事実を頭から追いやっていた。どうしてそんなことをしたのかはわからない。
「俺、もう目が回ってきちゃった」
 弱音を洩らす声が耳朶を打つ。普段であれば甘ったれるなと叱咤してやるところだが、なぜかその気になれなかった。
「では、そろそろ休憩を取るか? もう半刻以上も上ってきただろうからな」
 立ち止まり、奴が私と同じ程度の高さまでたどり着くのを待つ。しかし二重螺旋の階段はけっして交わることはない。微妙な距離を置いて二人で向き合い腰を下ろした。仮にも我が相棒である男はぐったりした様子で頭を膝の間に埋めている。
「お前は体力がなさすぎる」
 正直な感想を述べると生意気にもじろりとこちらを睨みつけてきた。
「俺とあんたじゃ、それこそ住む世界が違う。俺は現代日本の高校生、あんたはファンタジー世界の剣士だろ」
「ファンタジーではない。我が国の名はレイシェフィールだ」
 まったく何度教えたら覚えるのだろうか、この阿呆め。
「そうでした。すいませんね。はぁ……」
 言い終わるや否や深い溜め息。相当疲れているようだ。
 奴ことセリュー・ソータがこの世界に現れてから半年が経つ。きっかけは我が国の軍隊と魔物の群れとの戦闘。敵方の総大将が放った波動によって時空間が歪められ、故意か偶然か異界へと通じる門が開いたのだ。そこからまろび出てきたのがセリューだった。
 奴を捕らえたのは我らが小隊の隊長だった。はじめのうちは得体の知れぬこの者を魔術の結界を張った監獄に入れて厳重に見張っていたのだが、特に害のない存在であることが知れ、軍属として働かせるという判断が下された。その際に指南役を命じられたのが私だ。
 剣も扱えず体術も使えないこの男を押しつけられたとき、私は憤慨して隊長に抗議をしたものだ。お前などいようがいまいがうちの隊にはなんの差し支えもないのだと言われたようで。邪魔な者を排除するいい口実ができたとばかりに思われたようで。
 悔しくて涙が溢れた。
 そんな情けない姿を不覚にもセリューに見られていたらしく、此奴ときたら私に向かって頭を下げたのだ。「俺のせいでご迷惑をおかけしてすいません」と。むしろ奴を厄介ごとに巻き込んでしまったのは我々だというのに。
(つくづく愚かな男だ)
 セリューと過ごした日々は無益なものではなかった。教育開始直後は行き場のない怒りをぶつけるがごとく厳しく当たっていたが、奴が兵士としてちっとも使いものにならないことを察してからは訓練を軽いものに替えてやった。それでもここへ来たばかりの頃より見違えるほど逞しくなった。
 以来私の相棒として、というよりか小姓として雑務を任せるようになったが、もともと戦力となることなど期待されてはいなかったのだろう、隊長からも咎められることはなく黙認されていた。
 ここへ来てまで依怙地になることはない。素直に認めようではないか。私はセリューに心を許していた。奴のほうも打ち解けた雰囲気になったのを感じていた。
 ようやくお互いに絆が生まれ、対等な関係を築くことができそうになったのに……魔術師たちめ、見計らったかのようにセリューが元の世界へ戻る方法を解明してくれて。
 頭を垂れたまま、まだ呼吸を整えている相棒の横顔をぼんやりと眺めていたら、突然胸に痛みが走った。心の臓を締めつけられるような……。
「このまま別れちゃうのもなんだか寂しいね」
 戸惑う私の内心を知ってか知らずか、可愛いことを言ってくる。と思いきや「あんたにとってはせいせいするかもしれないけど」と憎まれ口を叩く。
 胸の痛みは息苦しいほどになっていた。いつもと変わらないセリューの態度が今は救いだった。

 一刻ほどのち、ようやく最上階であろう部屋に到着した。
 階段の尽きるところ、それは床に顎を乗せた竜の頭。二本の角の間に立った私は、反対側の入り口から姿を現したセリューと対峙する。
「え……っと、このどでかい竜の頭に『眼』を嵌め込めばいいんだよね」
「ああ。そうだ」
 全部で四個。セリューと二個ずつ分け合った、宮廷魔術師たちが作り上げた宝玉を慎重に眼窩に嵌めた。途端、まばゆい黄金色の光が放たれる。
 複雑な儀式などいらない。ただ竜に『眼』を与えるだけでいい。それで奴は本来いるべき世界へと帰れるはず……。
「どうした?」
 だがセリューは片目を嵌めてから最後の一個の宝玉を握り締め、じっと竜を見据えたまま動かない。
 様子の異なる奴を訝しんで見つめていると、不意に私のほうへ向き直った。
「今までお世話になりっぱなしでごめん。でもあんたと過ごした日々はとても楽しかったよ。それと……一目でいいからドレス姿のあんたも見たかった、かな……?」
「!」
 この台詞、一度言ってみたかったんだよねと照れくさそうに笑うと、奴は今度こそ『眼』を嵌め込んだ。
 光がさらに強くなる。竜の口がカッと開くとそこから透明な炎のようなものが吐き出された。
「じゃあ、元気で」
 揺らめく空間の中心部に立ったセリューはわざとらしいほどの笑顔で手を振る。
「…………」
 私はセリューの名を呼ぼうとした。しかしそれは叶わなかった。口を開けば嗚咽が洩れそうだったから。
「セリュー・ソータ……」
 光が消えたあと、そこに奴の姿はなかった。埃くさい部屋の中にぽつんと一人、私が立ち尽くしているだけだった。
「セリュー……!」

 冷たい石像を抱きしめながら、十六歳の少女は泣いた。

―END―

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