アルバイトに奴が来た
石田三成がいないアルバイト、3日目―
慶次先輩と息のあったコンビネーションで、ホールを回していて楽しみとやりがいが沸いてきた
「なまえ、お冷や3番テーブルと12番テーブルにお願い」
「はい!」
「なまえー、料理は俺が持っていくから、ダスター持ってレジに回って!その後5番テーブルのお皿下げお願い」
「はい!」
慶次先輩の的確な指示のお陰で、ホールの動きが見えてきた
今まで、三成さんにビクビク怯えながら仕事していたのが嘘のように、スムーズに働ける
「なまえ君、仕事中に笑顔が出てきたね!その調子だよ」なんて、竹中副店長に褒めれるようになったし
「ありがとうございました!」
無表情の女性客を送り出し、ふきんを持って空きテーブルへ向かうと
チャリンチャリーン
「いらっしゃいませ…」
ベルが鳴り、ドアの方を振り返ると、トヨトミパスタの客層ではない、数人の若い男たちが現れた。しかも全員イケメン
お客さんなのか、そうではないのか。頭の中で色んなことを考えていると、先頭で入ってきた眼帯の男にギロリと睨まれた
「なーに固まってやがる」
「い、いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「チッ!んなの、テメェで数えれば分かるだろ。you see?」
「政宗様!」
口も目付きも最悪な眼帯男がネイティブな英語を話すと、その男の後ろにいた、背の高い怖そうなお兄さんが制止してくれた。助かったけれど、怖いです…。
「アハー、ごめんね!この人たち怖いよねー。俺様たち四人だけど席空いてる?今日も女の子ばっかりで埋まってるねー」
グループの後ろの方にいた、少しチャラそうなお兄さんは、明るく助け船を出してくれ、本当に助かった。その横には可愛い顔した男の人が「腹が減ったでござるよー」と立て看板のメニューを見ながら呟いていた
「あ、えっと…。ここ片付けますので、そちらに掛けてお待ちください」
後ろで待つイケメングループの視線に耐えながら、そそくさと片付けを行っていると
「おぉ!お前ら!」
とドでかい慶次先輩の声にびくついた
「…来てやったぜ、deliciousなもん食わせろよ」
どうやら目つきも口も悪い眼帯のお兄さんたちと慶次先輩は知り合いのよう
本男も女もこの店の客たちは、私には優しくないみたいだ
周りの女性客たちも、イケメン集団の来店に気づいたようでこちらをチラチラと見ながら色めきたっているようだ
慶次先輩に見つからないように、使用済みのグラスを両手に持ち、そっとフェードアウトしようとすると
イケメンたちと喋る慶次先輩がこちらを振り返り、私の肩を組んだ
「ひぃっ!」
「この子、俺の彼女のなまえちゃん!みんな、よろしくな」
ガシャーン!
慶次先輩に肩に触れられた瞬間、初心な私のハートはそれに耐えることができず、思わず持っていたグラスをすべて床にぶちまけてしまった
「わぁ、大丈夫?えっと、なまえちゃん!」
先ほど助け舟を出してくれた少しチャラいお兄さんが、急いで私が持っていたふきんを取ると床に散らばったガラスの破片を取ってくれた
あわわわわ、私としたことがお客さんの目の前でグラスを割ってしまうとは…!
「ごごごごごめんんささい!けっ怪我はないですか?水は濡れてないですか?本当に申し訳ないです」
頭を下げて謝ると、眼帯男のズボンのすそにも水がついおり、恐る恐る顔を上げてみると
「テメェ…」
血走った目でこちらをギロリと睨みつける眼帯男
恐怖で、バッグヤードへ逃げようかと一瞬チラリと脳裏によぎったが、隣ではヘラヘラっと笑う慶次先輩が「まぁまぁ、時間が経てばすぐに乾くって」と呑気に眼帯男の肩をたたいていた
初めての大惨事に硬直して動けないでいる私
怒りに震える眼帯男
その眼帯男に「悪い悪い」とヘラヘラ笑う慶次先輩
グラスの破片を取るイケメングループ他3人
この騒ぎに駆けつけてきた竹中副店長は、「どうしたんだい?」と聞くこともせず
「すまなかったね、政宗君。怪我はないかい?すぐにタオルを持ってくるから、そこの椅子に掛けてくれたまえ。あと、君たちも悪かったね。ここは慶次君がやるから手を洗っておいで」
顔見知りのような竹中副店長の振舞いに、少し肩の力が抜けた
「竹中副店長…すみません、私…」
「そんな泣きそうな顔するんじゃないよ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。ほら、これを裏に捨ててきたら深呼吸しておいで」
「手を切らないようにね」と付け足すと、グラスの破片を集めたごみを渡された
「はい」
竹中副店長からチリトリを受け取り、ペコリと頭を下げ、逃げるようにバックヤードへ向かう
堪えていた涙がこぼれそうで、制服の裾で目を擦ったら、ふとロッカーの名札に目が付いた。「石田」の名前
…こんな時、石田三成がいたらきっとすごい顔で私を睨んでいるんだろう。「貴様ぁぁぁ」って
容易に想像できてしまい、こんな状況にも関わらず、ふふっと笑ってしまった
グラスの破片をゴミ袋に入れてゴミ箱に入れて、姿見の前に映る自分の顔。パチンと両頬に喝を入れた
…落ち込んでる場合じゃない!眼帯のお客さんにちゃんと謝らなきゃ!
ふーっと大きく息を吐いて回れ右すると、ドアの前に見かけない姿
「まさか…」と顔を上げると
「貴様ぁぁぁ」
デジャブかと思うほど、先ほど安易に想像した通りの石田三成が鬼のような形相で私を見下ろしていた
「心配して来て見たら、この有様…あれほど半兵衛様のお手を煩わせるなと言っておきながら」
かなり怒ってらっしゃる様子の三成が目の前にいるのに、何故かホッとしてしまった
「ご、ごめんなさい…」
「ごめんで済む問題では…」
「なまえ!」
三成の怒りを遮って、少し表情が曇った慶次先輩がバックヤードへやって来た
「なまえ、さっきはごめん。なまえと働けるのが楽しくて…嬉しくて。ほんと、ごめん!俺、調子に乗りすぎたわ」
両手を合わせた慶次先輩が頭を下げると、いないはずの三成の姿を見つけ、「あれ?」と間抜け面で顔を上げた
「前田ァァァァァァァァァ!」
三成の怒号が店中に響いたのは言うまでもない
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