ザキ | ナノ

 ビターチョコレート(1/2)

「あっ、あのさ…」


「…」


「俺さ、」


「…うん」


「君のこと…」


「…」


「そっ、その、」


「…」


「すすすすすっ好っ…」


「寿司でも食べに行きたい?」





目の前でカチンコチンに固まっていた山崎は、私の一言で緊張の糸が解けたように畳にしぼんでいった


「あぁぁぁぁ…ダメだ!言えねー」


ただいま、告白の練習中
相手は誰って?もちろん私じゃない他の女の子


今まで地味にコツコツとその子の勤める喫茶店に通い、名前と顔を覚えてもらい、だいぶ仲良くなったらしい


「あぁ、こんなんじゃ来週のデートも緊張して喋れないや」


やっとこぎつけたデートでもし上手くいったら告白するんだそう。だからって私を練習台にしなくても…


「で、最初のデートはどこ行くの?」


「…土手」


「…もしかして彼女とミントンでもする気?」


「そのつもりだけど、ダメかな?」


こいつは本当にミントンバカ!バカバカバカ!


「振られてもいいんならいいんじゃない?」


私だったら山崎との初めてのデートなら土手でもいい。たとえ、シャトルの製造工場でも墓場の運動会だってかまわない!

それ程、私は山崎のことが好きなのに

なのに


「やっぱり無難に映画館とかかなぁ?」


好きな子の為に悩む山崎を見ていると、「悔しい」っていう感情と「助けてあげたい」って気持ちが入り乱れて


「彼女、シェイクスピアが好きなんでしょ。今やってるロミー&ジョリエッツがいいんじゃない?」


「あ、そっか!さっすがなまえ!」


本当は嫌なのに、山崎の背中を押してしまう








バカは私。
私だって山崎のことが好きなのに






喜んでデートの準備をする山崎の姿が見ていられなくて、私は立ち上がった



「…じゃあ、仕事残ってるし戻るね」


山崎の顔も見れずに回れ右をして、襖に手をかけた。その時


「待ってなまえ!」


思いのほか強く握られた手に、思わず振り返った
そこにはいつもに増して真剣な山崎の顔がすぐ近くにあって、まっすぐな瞳が私を硬直させる





「君のこと、好きだ」


その言葉に、表情に私の胸は大きく高鳴った


「や、山崎…」


やっとふりしぼって出た私のか細い声を遮った山崎は、はぁと安堵の表情へと変えた





「なまえの顔見ながらだったら言えるのになー…」




私じゃない、ほかの誰かのことが好きだって分かってたじゃない。動揺しちゃって、ばっかじゃないの、私




「…そ、そっか。

こっ、告白はちゃんと彼女の顔見て言うんだよ。頑張ってね、山崎」


泣き出したいのを必死に我慢して言えば、「ありがと、なまえ」と無垢な笑みで返された




部屋を出た途端、瞳から一筋の涙


ゴシゴシと乱暴に隊服の裾でこすっても、涙は止まってくれなくて、ただただ服に涙が滲んでいく





「好きなのに…」


私のこと好きじゃないってこと位わかってたのに、涙が止まらない


「山崎のばか…」



隊服のポケットには、大好きなビターチョコレート。
かじってみたら、いつもより苦く感じた



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