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白い手袋をはめた君の手を握って俺は走り出した
「おい、山崎!」
ざわつく披露宴の中で副長の呼ぶ声がしたけれど、もう立ち止まることなんて出来ない
いつも地味で目立たない俺だけど、忍ばせていたミントンラケットで追っ手を一蹴し、俺は派手に花嫁を奪い去った
人通りが少ない町中でも、手を繋いだまま走る二人は通行人の注目の的。真選組と花嫁さんならなおさらだ
「どこ行くの、山崎!もう…無理…」
「もう少し走って、なまえ」
真っ白なウェディングドレスに身を包んだなまえは、息を切らしスカートの裾を持ち上げながら手を引かれるまま走る
「ドレス…重くて…苦しいんだから」
振り返って、せっかくのドレス姿をじっと見ていたかったけれど、追っ手に捕まるのは勘弁
どこかで脱げてしまったらしいヒールを探すなんて気はさらさらなくて、裸足の彼女を抱き抱え俺は再び走り出した
結構走ったのに、ガチガチにセットされた彼女の髪の毛は乱れひとつなく、ふんわりと広がったドレスは邪魔でひんむいてしまいたかった
「山崎おろして」
「いやだ、もう少しだから」
人混みを避け路地裏を進んで、ついこの間まで張り込み捜査で使っていたオンボロアパートに逃げ込んだ
「山崎…なんで、こんな」
狭い畳の部屋の真ん中に、不釣り合いなほど純白のドレスの君が泣きそうなほど不安げな顔をして俺を見ている
「なんでって…」
そんなの、なまえのことが好きだからに決まってるだろ
「ね、今から披露宴戻ろ?副長きっと怒ってるよ。松平のとっつぁんも今ならきっと許してくれるよ?」
「だめだ!なまえは、あんな男と本当に結婚したいの?」
「うん」
「え、まじで…」
なまえの返事に俺は胸がズキィンと痛み後悔した
「…ごめん、冗談」
あはっと笑うなまえに、本気でここで犯してやろうかと思った
「こんなときに冗談やめろよ、なまえ。本気でビビった…」
体の力が抜け落ち、ヘナヘナへな…とその場に座り込んだ
「山崎、大丈夫?」
そんな俺を心配してか、同じように畳みに座ったなまえが俺の顔を覗きこんできた
式が始まって今まで、なまえの顔なんて見れなかったけれど、いつもと全然違ったなまえは、見とれてしまうほどきれいだった
「大丈夫…」
「そうじゃなくて、こんなことして大丈夫かってこと」
きっと大丈夫じゃない。副長に殺される。松平のとっつぁんに殺される
局長は…もしかしたら、俺の気持ちが分かってくれるかもしれないけど、真選組の看板に傷を付けた俺に明日はないのは確か
松平のとっつぁんが持ってきた結婚話。誰がどう見たってわかる政略結婚で、「これが真選組の為になるのなら」と二つ返事でなまえは首を縦に振った
「山崎って私のこと好きだったんだね」
「……」
こんな大層なことをやっておいて「好きだ」と素直に言えない俺って馬鹿なのだろうか
「なんか、映画のワンシーンみたいだったね」
「そうかな?」
俺の命がかかっているっていうのに、なまえはどこか呑気に笑っている
「山崎格好よかったよ、すごく」
「そりゃどーも」
なまえをさらってきたことに後悔はない。だけど、これからどうすればいいのかうまく頭が働かない
頭を抱えてこれからのことを考えていたら、ドレスの裾で俺の額の汗を拭ってくれた
「山崎」
「……」
「山崎、ありがと」
「あ?ああ、別に…」
顔をあげると、はにかんだなまえと目があって、ゆっくりとキスされた
ほんの数秒、なまえの唇と俺の唇が触れあっただけ。やっぱり離したくない、切に思う
「私のファーストキス、仕方ないから山崎にあげる」
最後まで憎たらしい奴。なまえとキスしたら、胸がズキズキ切なく痛んできやがった
深く深呼吸して、華奢ななまえの体を抱き締めたら、「きゃっ」とらしくない声が漏れた
「……もう一回キスしていい?」
抱き締める力を強めたら、なまえの手が俺の背中を添えるだけ返してくれた
「…山崎のえっち」
恥ずかしそうななまえの声が耳に触れて、体を離した俺は瞳を閉じたなまえに口付けた。…二度も
なまえが動く度にドレスの音がして、俺じゃない、他の誰かの為に着たウェディングドレスが憎くて仕方なかったのに
背徳感から少し興奮してしまった
なまえは、唇を離すと俺の胸を押しやって下を向いた
「帰ろ?みんな心配してるよ」
こんなにも好きなのに
こんなにもそばにいたのは俺なのに
「…わかった」
そんなこと言ったらなまえに「好きだ」って言えなくなったじゃないか
なまえは、俺じゃなく真選組の未来を取った
次の日の早朝─
「みんなー!ただいまぁ〜」
屯所に響いた、あいつの声。昨夜やけ酒をしこたま飲んだ俺に響いたのは幻聴なのか。そんなはずもなく
「は?お前なんでここにいんだよ」
副長のデカイ突っ込みで目が覚めた。走って玄関口に行ってみると、そこには隊服に身を包んだなまえの姿
「離婚した!だって結婚相手のクソ野郎、私の他に5人も女がいたんだよ!そんな男こっちから願い下げだっつーの。そんなわけでまたお世話になります」
肩に下げていた大きなバッグを局長に渡すと靴を脱ぎ出した
「ぬぉぉぉなまえちゃん!俺が間違っていた!おかえりぃぃぃ」
「あ、それに……」
なまえが何かを思い出したように人差し指を口元に当てると、
「昨日、山崎にキズモノにされたんで、責任を取ってもらおーかなって」
ニヤリと俺を見て笑うので、局長と副長を突き飛ばして走ってなまえを抱き締めた
「なまえ!好きだー」
もう絶対に離さない。地味な俺は隊志が見守る中、派手に思いを告げた
「私も山崎が好き、大好き」
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