ザキ | ナノ

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仕事が早く終わったからって飲みに行くんじゃなかった

「だからなまえは男が出来ないんだよ」なんて、飲み屋で偶然会った銀さんの言うことなんて気にするんじゃなかった

その帰りに、よく当たるって有名な「歌舞伎町の母」に珍しく行列ができてなかったからって、占いなんか見てもらうんじゃなかった


はぁ。屯所に帰るのが憂鬱



こいうらない




胸の奥がモヤモヤするまま、静まった屯所の戸に手をかけた


「あ、お帰りみょうじ。遅いから今迎えに行こうとしてたとこだったんだよ」


「わわっ」


戸を開けると、靴を履こうとしていた山崎と対面してしまい、私は慌てて戸を閉めた


「何してんの、みょうじ」


山崎は戸を開けると「酔ってんの?」と私の顔を覗き込んできた
山崎の顔が近すぎるから、つい占い師の言葉が頭をよぎって顔を背けてしまった


「……誰と飲んでたの?真選組って言ってもみょうじも一応は女の子なんだから」


「一応は余計…」


なんだか不機嫌な山崎。そりゃあ、さっきから失礼な態度を取ってるのは私だけど…


「ほら、いつまで玄関に突っ立ってんの。中入りなよ」


なかなか扉の外から入ってこない私にしびれを切らしたのか変に思ったのか、山崎がしぶる私の手を引いた瞬間



『アッチの相性もいいですね』



「ぎゃあぁぁ!」


ふいに言われた占い師の言葉を思い出し、激しく手を振りほどいてしまった


「うわぁっ、なに!?触っちゃ駄目だった?」


「違う違う!ごめん、気にしないで」


一瞬だけ固まって淋しそうな顔をした山崎を見てしまい、胸の奥がズキンと響く


「ご、ごめん。私いつもより変だよね〜なんか酔ってるみたい」


あはは、と笑って、わざとらしく山崎の肩を借りて屯所内に踏み入れた


「なんだ、自分でも自覚してるんじゃないか」


自覚してるよ。さっきから、山崎がそばにいるだけで、変にむず痒い気分


「もう大丈夫だから」と、なるべく自然に山崎を避けながら、自室へ帰ろうと歩き出した。山崎が呼ぶ声にも「大丈夫」とだけ手を振って返事をする


「足元フラフラしてるよ。食堂行こ。ちょっと水くらい飲んだほうがいいよ?」


「う、え、わ!」


そんな動揺も聞かない山崎は、私の腕を掴んで肩に乗せて、歩き出した


山崎に触れてる…


そう思うと、身体中が熱くなって何も言えずに下を向いた


「ったく、こんなになるまで外で飲んで。ちょっとは自分が女だってこと自覚しなさいよ」


「…分かってるってば」


「分かってないよ」


声はちょっと怒ってるけど、本当は優しい。思い返してみれば、いつだって山崎は真選組で唯一、私を女扱いしてくれるっけ


きちんと椅子に座らせてくれると、山崎は冷えた水を持ってきてくれた。テーブルに向かい合って座った山崎は、頬杖をついてため息をこぼす


「隣町の美味しいって評判のシュークリーム買ってきたんだけど食べる?」


「え、あ、うん。じゃあ…」


それって私が前に食べたいって言ってたやつかな。山崎、覚えててくれたんだ


食堂の隊志専用冷蔵庫から、お菓子の箱を持ってきた。箱から取り出したシュークリームのビニールを持って皿に乗せると、フォークと一緒に「はい、どうぞ」と渡してくれた。たったそれだけのことなのに、山崎のおもてなしにお姫様にでもなったかのように錯覚してしまう


「…食べないの?」


「わ、食べる食べる!」


呆れた山崎は、コップに入った水を一気に飲み干した。ゴクッと喉の音と喉仏が上下に動いて、「山崎も男なんだ」と当たり前のことを認識してしまった


「…なに、人の顔じろじろ見て。本っ当に今日のみょうじって変だよね。何かあった?」


「いや、何もないよ」


山崎の顔を見れずに言うと、私が食べようとしていたシュークリームをひょい、と取られてしまった
これは「言わないとあげない」って意味なのかな…



『恋人?それならもう出会っていますよ』



「……山崎って貯金どのくらいある?」


「はぁ?なに急に」


「そーだよね、ごめんごめん」


「……まぁ、少しはあるけど。みょうじ…もしかして、お金に困ってんの?」


「そんなんじゃないよ!ちょっと聞いてみただけ」


ほー。山崎って貯金してるんだ。じゃあ、安心だね…って何が!


「あっそ」


「…それじゃあさ、山崎って彼女とかいるの?」


「いねーよ。そんなのみょうじが一番よく知ってんだろ」


「一番じゃないけど…そうだね」


いないよね、彼女なんて。だって毎日毎日仕事で大変だもん。…でもそれじゃあ、あんまり会えないのか淋し…って誰が!


「なに?何が言いたいわけ。さっきからみょうじすげー変だよ。貯金とか彼女とか、みょうじ、結婚したいの?」


「けっ結婚!!」


山崎に向かって思いっきり水を吹き出してしまった


「うわっ!きっなー、なにやってんだよ」


「ごめん、だって山崎が結婚しようとか言うから…」


「結婚"しよう"とは言ってねーし」


うわぁぁぁしまった!なまえのばかー!なんか私が山崎と結婚したいみたいじゃん


「さ、さっきから何言ってんだよ…結婚て…」とブツブツ独り言を言いながら、飛び散った水を吹く山崎。怒らせてしまったのか顔が赤い


「ごめん」


「いいよ、別に」


赤い顔のまま下を向いてテーブルを拭く山崎は、返事はしてくれるもの私のことを見てはくれなかった。やっぱり水を吹きかけたこと怒ってるんだ…


「あ、あのね!聞いてくれる?山崎!」


バンとテーブルを叩き、席を立って声高らかに言うと、驚いた山崎も立ち上がった


「一番身近にいて、これといって目立つ所がなくてすごく地味で、っていうか地味が取り柄。だけど、優しくて…」


『…いつもあなたのことを大切に思ってくれている人』


「…って山崎のことだよね?」


「地味で悪かったな、くそっ!」


「ちがっ、占い師に言われたの、私の運命の相手はその人だって!」


「…。で、それ言われてみょうじはどう思ったの?」


あ、山崎の声が穏やかになった。怒ってるんじゃなかったのかな


「…沖田隊長や神山さんじゃなくてよかったかなぁって。あてはまるの山崎しかいなくて。…でも山崎のことそんな風に思ったことなかったから…ごめん」


「…なんで告白してもないのに振られないといけないんだよ」


「え?」


ぼそっと呟いた山崎は、下を向いて私のシュークリームを一口で食べてしまった


「あぁ、私の…」


「シュークリーム」と続けようとしたら、ゴックンと音を出して丸のみした山崎が少し涙目で私を睨み付けた


「俺は占いなんて信じないから。てか、俺は自分のことを好きな子とじゃないと付き合ったりしない」


「な、なに怒ってんのー」


「うるさい!ばか!」


冷たく吐き捨てた言葉。見下すように向けられた視線を向けられ、山崎は背を向けて食堂から出ていった


「う、あ…ちょっと待って…」





何故だか、キュンとした

特にMっ気があるわけじゃないのに、山崎に本気で怒られて胸の奥がズキッとして、何故だか顔がにやけた


「山崎ー…好きになっちゃったよー」


『彼とあなたなら…、幸せな未来を手にすることができるでしょう』






「なんだよ、占いって。チクショーみょうじのニブちん!」



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