ザキ | ナノ

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急いで向かった葬式
すでに喪主の挨拶も済んで、人もまばら
大好きだった恩師が死んで悲しいはずなのに、何年ぶりかのアイツとの再会を心のどこかで楽しみにしている私は、最低なのかもしれない


「あら、なまえ、今来たの?悪いけど私帰るわ。アイツが見つからないから、そう言っといてくれる?」


「え、ちょっと待って……」


葬式だっていうのにいつもの服装のさっちゃんが私に手を振った

さっちゃんの背中を見送り、周りを見渡す。本当だ、いない。喪主のくせに。いや、喪主だから?


祭壇に線香をあげ、再び部屋を見渡す。だけど、やっぱりアイツの姿は見えなくて、葬式会場を抜けなんとなく庭を覗いてみると


「…全蔵?」


空を見上げる後ろ姿。ボサボサの茶髪が懐かしい

名前を呼び一瞬間があって振り返った全蔵は、昔と変わらず前髪がもっさりとしていた


「…みょうじ?卒業以来だな。元気してたか?」


「うん。あ、あの…この度は急なことで何て言っていいのか。えーっと…」


「なにかしこまってんだよ。らしくねーだろ」


「ごめん、急なことでびっくりしちゃって…お師匠にはお世話になったからさ」


「あー、お前さんは随分と落ちこぼれだったからな」


にやっと笑った口元が、あの頃に戻った気がして胸がざわめく


「うるさいなー……さっちゃん帰るって」


「あぁ」


全蔵はそれだけ返事すると、また背中を向けた。父親が死んで、正直何て声をかけていいのか分からない。だけど、何年ぶりかに再会した全蔵との時間をもう少し共有したかった


「わざわざ悪かったな。みょうじももう帰れ」


「うん…」


不謹慎だって分かってる。だけど、今ここで帰ってしまったら、全蔵とこれ以上のことはない気がして


「全蔵」


何の慰めの言葉も浮かばないまま、名前を呼んだ


「えっと…元気だしてね。でも無理しないで」


全蔵の正面に回り込み、頭を撫でると少しの間その行為を受け入れてくれた


「…俺を幾つだと思ってる」


「同い年でしょ。私の雇い主の坊っちゃんがね、こうしてあげるとすぐ泣き止むの」


「泣いてねーし。てか俺はガキじゃねーっつうの」


そっと手を退けて、その手を掴んだたまま私をじっと見下ろす全蔵


「喪服姿ってエロイな」


「変態」


「お前さん、あの頃よりも別嬪さんになったな」


「そっそんなことないよ。すっぴんはぬりかべみたいだし」


面と向かってそんなことを言われれば、私のハートはキュン死に間際。だってさっきから手繋いだまんまだし…


「ほー。そりゃ一度拝見してみてーや」


いつも私をからかって楽しんでた時みたいに、顎髭を触りながら全蔵はニヤリと笑った。あの頃と違うのは、その髭くらい


「あの…全蔵、手…」


「みょうじ…、弱った男の心につけこんで優しくするなんざ、悪い女になったな」


自分でもそう思う。なんて卑怯なんだろう
だけど、こうでもしないと、全蔵をつなぎとめることが出来ないから


返事が出来ずにいると、何も言わない全蔵は向かい合う私の顔をじっと見下ろすまま


「あの、全蔵?」


全蔵にまじまじと顔を見つめられると照れる。さっきの「別嬪さん」発言といい、それが逆の意味でも全蔵に褒められると嬉しくてくすぐったい
だけど、もう耐えられなくて顔を背けた


急に全蔵に手をひかれ、そばにある縁側に無理やり座らされた。なんのことやらさっぱりな私は、黙って全蔵のやることを見ていると

「しょうがねーな」


隣に腰掛けた全蔵は、そう言うなり私を全蔵の方へ向けさせた


「全蔵?…きゃ!」


ふらっと全蔵が頭を下げたかと思えば、私の鎖骨あたりにおでこをつけて寄りかかってきた


「仕方ないからみょうじの胸借りてやる」


精一杯の強がり

どうすればいいのかわからない私の両手。勇気を出して全蔵の背中をひと撫でさすれば、圧し殺したような全蔵の声が漏れた


「あのダメオヤジ…俺のジャンプ勝手に売ったんだよ」


「…ジャンプならもう飽きる位読んだでしょ」


「化けて出てきても絶対許してやんねー」


頼ってくれるんなら、強がんないで素直になればいいのに




全蔵の頭をひと撫ですると、喪服に雫が染みこんだ
















「みょうじは昔と変わんねーな」
「え、そっそうかな?」
「特に胸とか」
「……黙って泣きなさいよ」



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