ばらかもん(ヒロシ×清舟)


ここ数日、半田清舟は録に睡眠を取る事が出来ないでいた。
別に書展が近い訳ではない。それもこれも、清舟が島に来てから出会った少年が原因だった。
最初の内は、弟みたいとか、年下の友人とか、とにかくその程度にしか思っていなかった。
それがいつからだろう、島の子供たちとは一線を画す存在になって行ったのは。

「相手は高校生で、しかも男で…ああああ、なんなんだよ俺は!普通に犯罪じゃねーか!」

しっかりしろ、とばたばた頭を抱える。清舟が孕んでいた感情は、年下の男子高校生に対してあまりにも不毛なものだった。

単刀直入に言えば、年下の男子高校生、ヒロシが最近気になって仕方がない。
オール3の平凡男だと豪語している割には、しっかりした兄貴肌を持つ奴だった。元々、周りから何かと甘やかされて育った清舟は、自然とヒロシの包容力に惹かれていた。今ではどちらが年上なのか分からない程の有り様である。これではいけないと思いつつ、清舟はヒロシの面倒見の良さを甘受していた。一方でヒロシもそれが苦ではないらしい。
そしていつでもおおらかなヒロシの傍にいたら、いつの間にか惹かれていたと言う訳だ。荘厳な自然の中で逞しく育ったヒロシは、都会育ちの清舟から見れば男らしく、充分にかっこいい存在だったのだ。


ヒロシは毎日清舟の元へご飯を差し入れていた。自炊の全く出来ない清舟に半ば呆れ、同時に放って置けないと判断したらしい。自分の不甲斐なさが招いた事態とはいえ、清舟は酷く焦っていた。いつもいるはずのなるが、今日は居ない。遊んでいる内に冬の海に落ちて風邪をひいたのだ。

つまり、今夜差し入れを持ってくるヒロシと二人きりにならなければいけない。最初のうちはただ差し入れを持ってくるだけだった。それがいつからか「一人で食うよりみんなで食った方が美味かろ」と、なると三人で食べるようになったのだ。

とにかく、ただでさえ寝不足で録に頭が回らないのだ。今日はなにがなんでも帰って貰おう。清舟はそう決心し、ヒロシを追い返す算段を立てていた。

「せんせーい、ちゃんぽん」
「っ!」

来た、来てしまった。すかさずヒロシを追い返す言い訳を復唱する。今日は仕事が立て込んでるから悪いけど帰ってくれ今日は仕事が立て込んでるから悪いけど帰ってくれ。…よし、完璧だ。
勢い良く立ち上がって急いで玄関に向かった。ちゃんぽんを掲げたヒロシが立っている。どくん、と鼓動が高鳴った。

「あっ…」

その時、爪先を何かに引っ掻けて視界が揺れた。身体が勢いのまま宙に浮く。運動不足の身体が受け身を取れる訳もなく、目の前に堅い床板が迫ってきた。咄嗟に目を閉じる。

「っ、先生!」

しかし予測していた衝撃は襲って来なかった。代わりに暖かくてそれでいてがっしりした物に身体を包まれる。

恐る恐る瞼を開けると、見慣れた金髪が直ぐ真横にあった。

「先生、また寝不足か?何回ぶっ倒れたら気がすむと」
「わっ、わっ、わあああああっ!」

近い近い近い!
ヒロシは清舟を抱き留める体制のまま、先生うるさいと耳を塞いだ。その隙に、清舟は転がる勢いで腕から抜け出す。

「先生、本当にどうしたっとよ?まさか、なるの風邪が移ったとか…」
「だ、大丈夫!すこし寝不足なだけだ!」

心配そうに近づいてくるヒロシに対して腕をめちゃくちゃに振ってアピールをする。ヒロシは怪訝そうに眉を寄せたが、ちゃんぽんをちゃぶ台の上に置いた。二人分。

そこで清舟ははっとした。完璧にヒロシを追い返すタイミングを逃してしまったのだ。
仕方なく清舟も反対側に座る。いただきます、と二人で小さく呟いてちゃんぽんを啜る。いつもは美味しく感じる筈のそれは、今日に限って全く味気がない。なるが居ない分静かな食卓には、ちゃんぽんを啜る音だけが響いた。

正直、気まずい…。
何か話題を提示しようと、口を開いた。

「ヒロはさ、その、好きな人とかいないのか?」
「は?」

咄嗟にこんなことを口に出してしまった自分を殴りたいと清舟は後悔した。よりによって、一番いま聞いてはいけない話を振ってしまった。完璧にミスチョイスだ。清舟は心の中で思いきり項垂れた。

「い、いや別に嫌なら答えなくても…」
「…好きとかはまだ分からんけど、気になる人なら…おる」
「え?」

予想していなかった返答に愕然とする。ヒロシは少し気恥ずかしそうに目線を伏せながら言葉を続けた。

「俺より歳上なのに、なんというか放っておけなくて。危なっかしくてそれでいて鈍感で…全然俺の気持ちに気付かないし」
「そ、か…」

聞かなければ良かった。寝不足の頭が一気にすぅ、と冴えて行く。ヒロシは自分とは違う。青春真っ盛りでちゃんと恋をしているんだ。こんな歪んだ気持ちは、持っていてはいけない。諦めよう。忘れよう。最初から何もなかったように振る舞おう。きっと出来るはずだ。明日からちゃんと、ヒロシの事をただの友人の一人として、今まで通り馬鹿やって、たくさん笑って…。

「…せい、先生っ!」
「は、え…?」

ヒロシの慌てた声にはっと意識が戻る。目の前の年下の高校生は、人懐っこい大きめの瞳を悲しそうに歪ませていた。

どうしてお前が、そんな顔をするんだ。

「先生、どうして泣いとっと?」
「え…?」

ヒロシに指摘されて始めて、清舟は自分の頬を伝う涙の感触に気が付いた。こんな、未練がましく泣くだなんて、情けないにも程がある。清舟は力の限り目蓋を擦った。ごしごしと痛いくらいに擦っても、溢れる涙が一向に止まらない。

「先生、そんな擦ったら駄目だって!」
「だ、大丈夫だから。すぐ収まるから…っ!」

止まれ、止まれよ俺の涙。こんな、年下の男に失恋したくらいで、情けない。
ああ、でも告白はしてないけど。好きなんだ。たぶん、どうしようも無いくらいに、目の前の男が、ヒロが、大好きなんだ。

「先生っ!」
「ヒ、ロ…?」

突然、力いっぱい抱き締められた。逞しい肩口に顔を押し付けられる。暖かい体温が心地良い。

「そんな顔するから、ますます放って置けないんじゃんか。先生、大人の癖にズルいよ…俺ばっかりいつも振り回されて」

背伸びしてたけど、いつも届かなくて悔しかったんだ。ヒロシはそう呟き、清舟の黒髪に鼻先を埋めた。からからと、ちゃんぽんの縁に置いた箸が落ちる音が聞こえた。

「なんで、だってヒロには好きな人が…」
「俺より歳上で放って置けないほど危なっかしくて、あり得ないほど鈍感な人、先生以外に誰がおるん?」
「あ…」

それは、すなわち。
“そういう事”なんだろうか。

「お、大人をからかうな…!」
「からかわれてるのは俺の方だっての。先生鈍感だしもう一生気付いてくれないかと思っちょった」
「う…」

ちくしょう、否定が出来ない。

「まぁ、それはもういいんだ。それで先生、答え聞かせてくれないの?」

ここに来て不安そうな瞳が覗き込んでくる。こういうところだけは、年相応だなと清舟は思った。

「…言わなくても分かるだろ」
「なんでだよ!駄目だからな絶対っ!」
「ちっ…」

だからこそ、こんな時だけは大人らしくはっきり言う事にする。

「好きだよ…ヒロが」

蚊の鳴くくらい小さな声だったが、すかさず目の前の顔が綻んだのを見届け、清舟は今更ながら羞恥心に襲われた。

ちゃぶ台の上には、すっかり伸びたちゃんぽんが二つ置かれていた。



12'0227


大好きな笹ちゃんに愛を込めて!
拙い文章でごめんなさい。リクエスト内容にちゃんと添えているか心配です…。ヒロ清大好きなんでもっと増えて欲しいです。最近ちゃんぽんと聞くとヒロ清しか浮かびません(笑)

笹ちゃん、リクエストありがとうございました!



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