何やら仄暗いユリミナ


道の真ん中に、ミナが立っていた。夕暮れ時の住宅街に、ぽつりとまるで行く宛を突然になくしてしまった人のように、呆然さを湛えた背中をこちらに向けて微動だにせずに佇んでいる。沈みかけの太陽がその遠く向こう側にあって、焼け爛れたような強い朱色が生むコントラストがミナの姿を暗く掻き消そうとしている。足元から伸びた黒い影は長く、こちらまで呑み込んでしまいそうなほどであった。

「ミナちゃん」

ユリが、ミナを呼んだ。背後から聞こえた声に、ミナはゆっくりと振り向く。北の方から緩やかに風が吹いて、ミナのポニーテールとユリの淡い色をした髪を揺らした。

「ミナちゃん」

もう一度名前を呼ぶ。ぼんやりと表情をなくしたミナの顔がそこで初めて動きを見せた。目を細めて、口元を緩めて、穏やかに笑った。空はみるみるうち暗く変わり、朱色は群青色に溶けて消えていく。ミナの笑顔は、その朱混じりの群青色に溶け込んでひどく綺麗に見えた。ユリの記憶の中に、そんな顔をして笑うミナはいない。ユリの頭に浮かぶミナの笑顔といえば、清々しく晴れた朝の光ような、見ているこちらまで元気にしてくれる、明るくてきらきらとしたものばかりだった。そんなミナが見せた、これから迎える夜そのもののような綺麗"すぎる"笑みにユリの胸の内がさざ波をたてる。

「ああ、ユリちゃん」

いつもは忙しなく動く口からやっと吐き出されたその声色また、普段よりもいやに落ち着いていた。波をたてる風が、強さを少しずつ増していく。訪れる沈黙がそれを助長してしまうように思えて、ユリは慌てて言葉を見繕った。

「ミナちゃん。もう、暗くなっちゃいますよ」
「そうですね」
「帰らなくちゃ」
「うん…」
「私達、もう」
「あのね! ユリちゃん」

ミナの明るい声が、ユリの言葉を遮る。さっきまでの静かな雰囲気が嘘のように、いつも通りのはつらつとした声だった。こちらに駆け寄りながら、ミナが早口に喋り出す。

「今日、岡目くんちで、タコパするんだって。あっ、タコパって分かりますか? たこ焼きパーティーのことなんですけど」
「え?」
「一緒に行きましょーよ、ユリちゃん。楽しいですよ、きっと! それで今日はそのまま、岡目くんちにみんなで泊まってくのはどうですか? お布団だけ引いて、雑魚寝なんて良いですよね! あたし、みんなで雑魚寝するのすっごい憧れてたんです。あの家めちゃくちゃ散らかってるけど、ちゃちゃっと片付けちゃえば平気ですよ」
「ミナちゃん…」
「あたしの家族なら大丈夫ですよ。もうさっき連絡しておきました。岡目くんも保手くんも、準備して待ってるって。あとは、あたしたちが行くだけなんです。だから…」
「………」
「だから、今日はまだ、帰らなくたっていいじゃないですか。もうちょっとだけ、ここにいたっていいじゃないですか」

ミナの声はだんだんとまた勢いを失って、最後にはどこか懇願するような響きに変わっていた。空の朱色はついに消え去って、いつの間にかユリのすぐ側にあった街灯が明かりをつけていた。ミナのあどけなさの残る顔がその明かりによって青白く照らし出される。笑った顔をしていた。けれどもその瞳は、何がしかの感情を帯びてゆらゆらと水を張って揺らめいている。袖口を掴む白い手はいつもよりもやけに頼りなさげに見えるのに、ユリにはどうしたってその手を振り払うことができなかった。まるで、細くてけれど丈夫な糸のようなものに絡みとられてしまったみたいに。

「…うん」

だからユリは、ただそうやって頷くことしかできなかった。ユリが眉を下げて困ったように笑えば、ミナもまた同じような表情を作ってみせる。ミナの左手がするりと下がって今度はユリの右手に繋がった。怪力の持ち主であるはずのミナの手は、相変わらず今にも解けてしまいそうなほどに弱々しい力でユリの手を包んでいる。

「もう少しだけ」

そう言って、今度はユリがミナの左手を握り返した。自然、二人で手を絡め合う。離れないように。いなくなってしまわないように。

「…もう少しだけ」

ミナがユリの手を引くと、ユリの身体が街灯の光が差す空間から連れ出される。そうして暗闇に消える間際、最後に一度だけユリは誰もいない後ろを振り返った。

明日になれば元通り。目を覚まして、食事をして、学校に行けば大切な人がたくさんいて、好きかもしれない人もいて。そんないつも通りの日常に、気付けば戻っているのだろう。過去も、未来も、つらいことだらけだけれど、そこが自らの帰る場所なのだと思える日々の中へ。ユリも、そしてミナも分かっている。それでも、今だけは――。

ユリは前に向き直って、ミナと絡めた手に少しだけ力を込めた。ミナはきっと、またあの暖かくてきらきらした笑顔を見せてくれる。大好きな友達だと言って笑いかけてくれる。ここは帰るべき場所ではないけれど、やってくる人をどこまでも暖かく優しく迎えてくれる。決してユリを一人ぼっちにはしない。いつまでだって。

だからユリは、この手を離さない。離せない。

「ごめんなさい」

小さくどこへともなく呟いた言葉は、ミナに聞こえてしまっただろうか。暗がりの中に見えるミナはユリの隣でご機嫌そうに口角をあげている。タコパなるものが余程楽しみらしい。その表情がなんだか可愛らしく思えて、ユリは笑った。

未だ胸の内から何かを知らせるさざ波の音には、聞こえないふり。



170114
ちょっとよく分からない感じになってますがちょねくんの勝手な妄想なので気にしたら負けです。


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