FW・B
缶切りで殺害
2009/07/27 02:41
※まさかの現代パロディ
かぷかぷか
鼻先に漂う紫煙を億劫そうに掌で拡散させる彼は、ああそんなに煙たいのならば煙草なんて吸わなければいいのに、僕の右手を凝視していた。
「それ、何本目?」
彼の小さな黒褐色が見ていたのは、1缶135円の缶チューハイだった。味は悪いし度数は低い、僕にとっては水道水と変わらないトマト風味の甘露。
「ええと、23かな」
節分は年齢の分の豆を食べるけれど、この熱帯夜では年よりも多い本数を飲んでいたことになるわけであって、……ええと。
「急性アルコール中毒になっても知らねぇぞ」
くわんくわんと廻る世界では、彼の高めの声が船頭変わりになって僕を連れて歩く。急性アルコール中毒って、膀胱を生理食塩水で洗浄するんだよねー、あはは。尿道カテーテル射すのって気が引けて仕方ない。
「留さんだって肺炎になっちゃっても仕方ないんだからねー」
「肺癌の間違いじゃねぇの、それ」
僕が24本目のチューハイ、次はカシスオレンジだ、を開けている間に彼は新しい煙草に火をつけていた。もくもくと立ち込める煙は、僕の背後にある換気扇に吸い込まれて行く。
煙たい煙たい、煙が目に染みてしまうじゃないか。不運だなぁ。
子供のときから身に降り掛かる数々の不運が脳内を駆け巡っていたときに、不意に思い付くことがあった。
そうだ。
「留三郎、自殺しよ!」
ほら、缶切りあるし、缶切り。とツマミを買った際におまけで貰った、灰色の簡易缶切りを彼の手首に押し付けた。煙草を挟む右手には体勢的に届かないので、テーブルに放置されていた左手の静脈を狙う。
「あ、痛いって伊作、おい」
ぎいぎいぎいぎい、押しては引いて、押しては引いて、しかしヘモグロビンがこんにちはする気配はなくて、幾筋かのミミズ腫れが誕生しただけであった。
「やだ、一緒に死んでよー」
「酔っぱらい!」
くわえ煙草に進化を遂げ、自由を勝ち取った彼の右手が、僕の缶切りを奪いさった。
「あー、僕のジャスタウェイがー」
「なんだそれ」
「ヘミングウェイの知人じゃないかな」
適当に返事をした僕から24本目のチューハイを奪った略奪者は、再び、なんだそれと苦笑してカシスオレンジを飲み干した。ああ、さよならあかいこよ。
END
食満→大工見習い。ニコチン中毒
伊作→医学部在住。アルコール中毒
手首切っても死なないことは理解しているけど、食満にはそうして死んでもらいたい伊作くんでした。
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