FW・B


宵闇が手招く

2009/11/30 15:31


鉢屋くんが別の顔してます





 おはよう、目の前に表れたのは男の顔で、声はよく知る少年の声だった。

「あれ、僕寝てた?」
 見知らぬ顔の友人は、暮れ泥む陽に照らされながら僕に笑む。くすくすと意地の悪い音が不明瞭に鼓膜を擽る。何だか音が籠もっている。ほのかな違和感を感じて耳に手をやれば、文机に押し付けていたそこは僅かばかり直線に近づいていた。
「耳が変形してしまったよ。」
 僕がおどけて耳蓋を引っ張ってみれば、彼は自分の耳ではそうはならないねと、再びくすくすと笑った。

「で、それは誰なのかな」
 いつもと違う肌色の頬と髪と、諸々。かたちはもちろん違って、けれどそれが気にならないほど、特徴のない男だった。低くも高くもない鼻、大きくも小さくもなく垂れても吊ってもいない眼、唯一左の口角が酷く下がっている以外の印象が薄い、否、印象のない顔なのだ。癖の強い顔立ちを好む彼にしては珍しい変装だった。
「ああこれ、今日街の市ですれ違ったんだけど特徴のなくていい顔だろう?」忍ぶのに持って来いだ。
 自慢気に眉を撫でる細い指はいつもの彼で、違和感というよりも、何かしらの既視感を腹に突き付けられた気がした。
「じゃあ明日からはその顔でいくの?」
 一日の大半を僕の顔を使っている彼は、時々街で顔を「拾って」くる。畑仕事で日に焼けた朴訥な青年や、色街で現つをぬかしていた商家のどら息子、基準は分からないが三郎のお眼鏡に掛かった人々の顔は二、三日学園に存在して、捨てられる。学園内で済めば良いもので、時にはそのまま忍務に出かけるのだから質が悪い。顔の持ち主からしたら、無関係の所で何かを傷つけて誰かの命を奪って、その責任を擦り付けられるのだ。たまったものではない。
「雷蔵は、この顔は嫌い?」
 おずおずと僕の耳を触って形を確認する彼は、果たして自分の罪悪の重さを知っているのだろうか甚だ疑問であるが、結論を突き詰めても結局改善はされない顔真似の悪癖は、どうしようもないのだ。

「僕は君が嫌いだよ」どんな顔を持って来ても駄目だよと、彼の小振りな耳に爪を突き立てた。それは軟骨にゆったりと埋まり、細かな血管を傷つける。上弦型の痣が綺麗についた。
 痛みに対し、ゆったりと笑う彼の顔が闇に飲み込まれた。その顔はとても特徴的で、埋没的であった。
 宵闇が手招く




end
構ってちゃんな三郎くん



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