FW・B


お見通し

2009/11/06 23:27


六のい+伊作
文次郎さんかわいそう



「文次郎も、飲む?」
化け猫が、笑った。




沈没しかけた陽のなか、荒々しい足音が響く。それは己の立てている物だと自覚するには、余りにも酷かった。
忍にあるまじきその行為を叱責する側の己が、後輩、それこそ一年生のような(否、体重が増えている分悪質である)足音は板張りの廊下を虐待している様でもあった。
(きもちわるい)
錯乱する思考は吐き気へと繋がり、段々と帳の落ちる空もそれを助長するばかりである。視界がブレる。意識が遠退く。気持ち悪い。


「文次郎、口を開けて」
留三郎の唾液と呑まされていた薬の残留した指が咥内に侵入する。細く骨張った彼の指が、己の粘膜を蹂躙する間、反抗の二文字は浮かばず、炯炯と輝き、しかし濁りきった目の前の眼を睨み付けるしかなかった。
「んぐ、ぁ」
喉奥に到達した爪先に誘われた嗚咽が、脳内に響く。舌に広がるなんともいえない苦味がおぞましかった。
生理的な涙が溢れる。
「ははは、泣いちゃった。我慢我慢」
上顎、咽喉を人差し指と中指に挟まれ、擦られ。多量の唾液と上りつめた胃液が口端から溢れた。

呼吸ができない、頭に酸素が行かない、嗚咽と涙が止まらない、膝が笑う。死にそうだ。俺がその段階に至ったとき、ようやっと奴は咥内から指を引き抜いた。
得体の知れない粉末を含んでいるであろうそれが、糸となり切れる。俺の顔に擦り付けている伊作の指は、いつもより骨張って見えた。

「文次郎、ばっちぃの」
さあさて、留三郎のお世話するから、じゃあね、早く帰った帰った。
そう宣った後、化け猫の笑みの男は襟首を掴み、男を部屋の外に摘み出した。
未だ治まらない嘔吐感と、この涙をどうやって処理すれば良いというのか。理不尽な伊作の行為に憤りながら、しかし薄い障子の向かいから零れる甘ったるい声に辟易とし、重い身体を引きずり自室へと向かった。


(畜生、なんなんだ一体)
今日の俺は厄でも憑いているのか。級友の調子がおかしいと心配してみれば頭突きされ、尚々心配してみれば同室の者からのあの無体だ。
紆余曲折したが、元の目的は留三郎の不調についてである。結局風邪ではなさそうであると、結論づけは、した。部屋に入った留三郎の様子を見るかぎり、本日の異変は伊作が原因なのだろうか。それともあれは、問題を解決するための対応なのだろうか。腐っても奴は保健委員、そして留三郎の同室であり、最も仲の良い友人であるはずだ。相手の不利になることはしないであろう。

では、彼らの間に漂っていた空気は。伊作の俺に対する仕打ちは。
問題はなにも解決していない。
けれど、もう、なにも、考えたくない。なんだか、視界がぼんやりと、する。


「文次郎、早かったな」
西日はもう死にきった。月は貧弱な肋骨であり、手元を照らすのは行灯の炎のみである。私は目を細め、読書に耽っていた。

毎夜毎夜草木も寝付き、呪行為をする者も力尽きる時間まで鍛練する馬鹿文次郎は、私の同室である。そんな奴が、夜半よりも随分前に帰ってきたのだ。一言くらいからかってやろうと、視線を上げた。
「…………どうした」
奴は無言で部屋に入ってきた。元々、細やかな挨拶を気にする間柄ではない。根本的に自分は相手に干渉する気がないし、文次郎もしかりであろう。あやつだって思うことがあり、考えるであろう。自室に戻ってきた瞬間泣き崩れようが、叫び出そうが、私には無関係であり、私は無関心である。しかし、今回は私の背中は、ひんやりとした冷気になぜられる。
「せん、ぞう」
濡れて乾いてを繰り返している眼尻と口端からは、悲鳴が溢れていた。


そこからの私は迅速である。文次郎を私の布団にねじ込み、毛布を被せてそこから動かないようにと念を押す。
反抗する気もないだろうあやつは、小さく頷くと、寝息を立て始めていた。少し、呑気すぎて腹立たしかったので、枕を引き抜いてきてやった。様を見ろ。寝違えておけ。

さて。
後ろ手で障子を閉める。しんと冷えた空気と湿り気は、寝巻の隙間から侵入する。不愉快である。だが、それよりも不愉快の原因である、気狂いを懲らしめることにした。名前など気かずとも分かる、どうしようもない奴ばかりであると、私、立花仙蔵は静かに嘆息するしかないのであった。



お見通し



end
文次郎はかわいそうでなんぼ!とか思いながら打ってた自分・∀・
なんか…すんません



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