FW・B


甘い甘い

2009/11/03 23:42


伊作と食満と潮江
地味に長い



理性的でない、効率的でない、今まで大切に築き上げてきたものたちが瓦解する音がする。それは耳鳴りとなり、俺の管理しきれていない感情の起爆剤となり、火の粉となれば。
「うるさいうるさい黙れ」
「黙れとはなんだ、先程から貴様ばかりが騒いでいるじゃないか」
いい加減にしろ。
語尾には盛大な破裂音を纏わせて、目の前の男は俺の肩を掴んだ。老竹色の肩布に皺を刻ませる奴は、短い爪の間に土が挟まっていた。汚い。とても汚い。蛆虫が沸きそうなほどじゃないか。

(触るな。放せ。汚い)
顔面に頭突きを一発。隈のせいでいつも疲弊している時化た面なんぞ見たくなかった。爛々と光る目も見たくなかった。



「なんなんだ」
留三郎が立ち去った後、一人ごちるのは文次郎であった。顔の中央部をほのかに赤くし、痛む場所に手のひらを押し付けている。
廊下をすれ違い、視線がかち合えば態度が気に食わないだのなんだのと言い争いをする己ら。それは自他共に認めるほどの日常であり、最近では喧嘩せずに過ごした一日は何かしら物足りないと思う程度の頻度であった。しかし、今日の様な、大した言い争いに発展しない段階からの暴力行為は珍しかった。腹の虫が悪い所の話ではなく、錯乱状態ではなかったか。

(体調、悪いのか?)
血走った目、蒼白な顔、今日の留三郎を言い表わす一言は「病的」であった。風邪でも引いているのだろうか、今日は大人くしておいてやろうと一言かけてみれば、うるさい、黙れ、汚い、だ。流石に温厚な俺でも怒るぞ、と怒気を露にしてみれば、焦点の会わない両眼から零れたのは、涙。ぎょっとして、奴の肩を抑えてみれば悲鳴と頭突きだ。
明らかに、おかしい。
(身体的なものであればいい)
す、と頭を過るのは教本に載っていた、哀れな忍の末路。

―――――精神をきたし者

まさか六年もこの学舎で寝食を共にした者が、とは思うが、事実四年生ではコレのお陰で幾人かの脱落者が出たものだ。彼の芯がそのように弱いとは信じられないが、多少ヒステリックな部分を鑑みれば、背筋は冷えるばかりであった。
一時的なものであれ……それ以外であれ、彼を追い、医務室か自室に連れて行くしかないだろうな、既に彼の去っていた方向へ動かしている足に追い付いた思考だった。



上背に比べ、小さく見える背を探すのは容易なことであった。
元々、人数の少ない六年長屋にあって、彼を追いかけ始めたのは角部屋となる場所だった。そこからの廊下は一方通行となる。庭に降りた、という選択肢以外の行き違いは存在せず、先日の雨でぬかるんだ地面に足跡は存在していなかった。

随分と早鐘を打始めた己の心臓を情けなく思い、留三郎に近づく前に落ち着け、落ち着け、と息を整える。
そんな余裕を出すくらいには、彼の歩みは緩慢だった。

がらり。
留三郎は障子を引き、部屋に入る。一瞬驚いたが、よく見れば彼の自室じゃあないか。
先の錯乱を感じない横顔に思い過ごしだったのかと、未だに跳ねる心音を情けなく思った。
しかし一応、心配ではあった。頭突きされた分、理由でもないと引っ込みがつかなかったのだ。


隙間なく閉められた障子に手を掛ける。よく手入れされた障子は音も立てず開く。



「あれ、文次郎?」
伊作がいた。人好きのする、穏やかな笑みを湛える彼は、俺の背後から射す西日に目を細めた。その杏仁型の瞳からは、伝わる悪寒があった。殺気である。
「いさ、く」
胡坐をかく伊作の膝には、先程まで立っていた筈の彼が伏せっていた。やはり体調が悪かったのかと二人に近づく。
「近づくな!」
すかさず激しい叱責。先程から隠されることのない殺気が、明確な意志を持って俺に突き刺さる。
「留さんは、今からお薬を飲むの。邪魔を、しないで」
伊作は懐に手を差し込んだ。忍具を取り出す気か、ぞっとして己も懐に隠した苦無を確認すれば、それを視界に捉え、奴は鼻で笑った。

「凄い邪魔だけど」
文次郎も見てく?
にやり、否にまり、否々にんまり?形容のできない嫌な笑みで伊作は留三郎の顔を上げさせた。

「留さん、お薬、飲も」
「ん、や」
「嫌じゃないの」

言葉面を見れば、親と子かもしらない会話である。しかし実際は体格の変わらない男同士であるし、一方は変質した笑み、一方は蒼白であるのに紅潮している色の顔。異様と言えばいいのか、己の計り知れない凝った感情が流れているのが確かであった。

にがい、弛緩した顔面に少しの皺を寄せた留三郎は、それを言い残すと再び伏せってしまった。
「ああ、いい子」
いい子だね、いい子だね、ぐしゃぐしゃになった奴の髪の毛に指を通す伊作は先程よりも幾分も優しい笑みをしていた。しかしその視線が留三郎を見据えるだけでなく、俺を捉えた時、最初の殺気とは比べものにならない怖気を感じた。
「留三郎に何を飲ませた」
それから逃げることも出来ず、俺は愚鈍な問いかけしか出来なかった。
「お薬だよ」
「何の薬だ」
「留さんのための薬」
「何のためだ」
進展のない押し問答に嫌気がさしたころ、あちらも痺れを切らしたのだろう。伊作が留三郎から離れ、俺の元へ歩み寄る。
一歩一歩、近づく奴の目は西日により瞳孔が猫のように、なって。
「文次郎も飲む?」
にたぁ、人からは掛け離れた、むしろもう笑顔でもなんでもない裂けた口からは、厭になる程甘い薫りと言葉が流れだした。


甘言
甘い甘い、怖い怖い、



end

六のは+文次郎
本当は仙蔵も出すはずが、収拾つかなくなったためにおじゃんにorz
計画性、大切




因みに留三郎さんの飲んでるのは毒じゃないよ






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