novel | ナノ


それは、無自覚で儚い


 万事屋に突如電話の音が鳴り響いたのは、空が徐々に暗くなり始めた夕暮れ時の事だった。

「銀ちゃーん!日輪さんから電話アルよー!」

 いつもの事だが、神楽の明るい声はよく通る。二日酔いの時には頭がガンガンするので少々辛いが、こういった距離が離れている時にはとても便利だ。
 銀時も、負けずに声を張り上げて何の用だーと聞き返す。

「ツッキーがなんかヤバイらしいアル!」
「あー?ヤバいって、どうヤバいんだよ。ヤバいにもいろいろ意味があんだろ」
「そんなの私に聞かれてもわからないネ。とにかく代わるアル。」

 んだよめんどくさいなぁ…今ジャンプ読み始めようとしてたのにさー。

 しかしそんな事を思いつつも、銀時は少し焦っていた。ヤバいってどんなヤバイだ。
 普段の月詠は、銀時には考えられないほど真面目で優等生で。自らヤバい事態に陥る事はあまり考えられない。
 どこか怪我でもしたのだろうか。何かのトラブルに巻き込まれた?もしかして見廻りに行ったきり戻ってこないとか…

 …イヤイヤ、ちょっと考えすぎ。

「はいー俺ですけどー」
「あ、銀さん?ちょっと今…月詠が大変な事になってて…」

 暗い考えを振り払うようにして電話に出たが、予想以上に深刻な様子の日輪に銀時は思わず体を強張らせる。

「どうした?行方不明か?もしかしていい歳して家出しちゃったとか?」
「あの子がそんな事するわけないでしょ。そういうんじゃなくて…」

 次の瞬間、銀時の耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。

「あの子、お茶と間違えてお酒を飲んじゃったみたいなの。」
「………………」

………
……………は?

 万事屋に銀時の絶叫が響き渡る。
新八がなにやら銀さんどうしたんですかーっ?!≠ネどと言っているような気がするが、残念ながら返事ができる状況ではなかった。

 え、だって、え?
それやばくない?なんでお茶とお酒を間違えるの?あの子馬鹿なの?
 そういや月詠に酒飲ませるのが一番ヤバいことだったわ!
 さっきちょっとでも心配しちゃった時間返してェ!
 そもそも日輪さんもなんでそんな死地に俺を赴かせようとしてるの………

 脳裏に暴れまわる月詠の姿がまざまざと蘇る。酒瓶で頭を殴られる俺。指の関節を折られる俺。ボクサーでもあんなに殴られた事などないだろう。
 もはや立派なトラウマ……あれ?なんか体が震えてきた?

「ちょっと銀さん?聞いてる?」
「あ、ああ…ちと思考回路がショートしてたわ…ハハハハ」
「そう…それならいいんだけど…」

 日輪はこちらの反応はよそに言葉を続ける。

「それでね、月詠の様子が何だかおかしいのよ。いまいち掴めないというか…。だからちょっと悪いんだけど、銀さんこっちに来てくれないかしら?」

 …イヤイヤなんっにもよくないから!つーか様子がおかしいって当たり前だろ!あんな酷い酒乱は見たことないよ!?やっぱりこの人俺を殺そうとしてるー!

「それ完全に死亡フラグでしょ。銀さん今度こそマジで死んじゃうよ。いや、マジで。ね?」
「あぁ、その心配をしてるなら問題ないわ。とにかく変なのよ。晴太と私だけじゃちょっと対応に困るから…」

ーーーとりあえず待ってるわね。

 そう言い残し、電話を勝手に切られてしまった。

 …まぁ、大事でなかったことは良かったと思うが…酔った月詠という言葉は銀時にとって完全なるNGワード。
 しかし、日輪のその心配なら問題ない≠ニいう言葉が引っかかる。
 問題ないってどういうこと?アーノルド酒乱ツネ子じゃないってことですか?
 仕方ない。ここまで言われて気にならない人間は珍しいだろう。とりあえず、銀時は月詠のもとへ向かうことにした。

--------------

 ひのやに着くと、そこには眉を下げた晴太と、これまた眉を下げた日輪が待っていた。

「銀さん…わざわざ悪いわねぇ」
「いつも言ってるけど日輪さん、あんた結構強引だよね」
「そうかしら?」

 なんだか…笑顔が怖い。銀時は慌てて本題に入る。

「んで、問題の月詠はどこにいんだ?」
「部屋にいるわ。あんな様子だから今日は働かせないようにしてるの…」

 そう言って2人は困ったように顔を見合わせた。

「月詠姉、この前と全然様子が違うんだ。お酒の種類が違うと酔い方も違うのかな」
「あいつは一体何を飲んだんだ?」
「お客様に出すために用意してたブランデーを麦茶と勘違いしちゃったみたい。私があんな容器に入れておくから…」

 日輪が指をさした方には、なるほど確かに透明な器があった。

「んー、まあだいたいわかった。とりあえず暴れないんだろ?それなら多分大丈夫だわ」

 それを聞いた日輪は頼んだわね、と呟き、晴太に銀時を部屋の前まで連れていくよう命じた。

--------------

 意を決して恐る恐る襖を開けると、顔を真っ赤にした月詠が座っていて、側には布団がきちんと敷かれていた。もしかしたら晴太が敷いてあげたのかもしれない。

「おーい、月詠ちゃーん?」

 部屋に入りつつそう問いかけると、月詠がこちらを向く。潤んだ大きな菫色の瞳、上気した滑らかそうな頬、ついでに大きく肌蹴た着物。完全に酔っ払いのそれだが、美人だと何処か色気があるものだ。

「ぎん、とき…?」

 しかもやたら舌ったらずである。月詠が口を開くたびに赤くぽってりとした唇から舌がちらちらと覗き、ひどく官能的で。

ーーーこれは…男としての耐久力を試されている…

「のう…ぎんとき…ちょっとこっちにきなんし…」

ーーーなんか誘われたし!しかも両手広げちゃってるよ!なぁにこれ?抱きしめてほしいってこと?やっぱり2人が言ってた通り様子がおかしいね!?

「えっ、と…太夫酔ってるから、ちょっとそれは…」
「いいからこっちにきなんし!!」
「え、ちょ、」

 ぐいっと引かれて逆にこっちが抱きしめられた。自分の胸のあたりに柔らかいものが押し付けられる。

 あの…太夫〜おっぱい当たってるよ〜あの〜これなんの罰ゲームですか〜暴れん坊将軍になってた方がまだしっくりくるんですけど…

 それに胸だけではない。全体的に肉付きがよく、抱き心地が素晴らしい。つまり、月詠はスタイルが抜群に良かった。着物の上からでも何となくわかっていた事だが、実際に感触として伝わってくると…男としてクルものがある。

「ぎんときは…背中がおおきくて…あったかいのう…わっちは、ぬしの背中が…だいすきじゃ…」

 酔って何もわかっていない月詠の攻めは止まらない。

「ぬしとずっと…こうしていたい…ぬしとずっと…」
「…月詠ちゃん?大丈夫?なんか俺すっごい恥ずかしくなってきたんだけど?」

 そんな銀時を完全にスルーし、じっと見つめてくる。その目には激しい思慕の情が宿っているのがわかった。

「ぬしがすきじゃ…たまらなく、すき…」

 こいつ…絶対無意識に言ってるよなァ…

「月詠、それってもしかしてもしかすると告白ってやつだよね?」

 銀時の問いかけに対する返事はない。

「まぁ俺も…」

ーーーずっとお前の隣にいられたらいいなって、思うよ。

 朝になったらこいつはなーんにも覚えてないんだろうな。少し残念な気もするが、きっと、それが俺たちなのだろう。それぞれの道を歩み、たまに交わる。そんな関係なのだろう。

 寒そうに身震いをした月詠に、布団をしっかりとかけてやる。

 月に照らされながら安らかに眠る美しい顔を見つめ、銀時は月詠の頬の傷を撫でた。


***

銀さんのちゃらんぽらんだけどすごく優しいところが大好きです。

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