「俺、今週末に親父の研究を見せてもらえることになったんだ!!」

大学に着いて早々、幼なじみの真咲は嬉しそうに笑いながら俺の傍へ駆け寄ってきた。そして誇らしそうに父親のことを語った。

「へぇ、よかったな! 真咲はようやく父親に認められたってことか」
「ああ! 俺、いつか親父の研究を手伝いたいってずっと思ってたんだ! 今日まで勉強頑張ってきた甲斐があった……! 本当に、本当に嬉しい!」
「ったく、はしゃぎすぎだって。人が見てるぞ?」
「あっ、わりぃ! でも声抑えられなくてさ」

真咲は興奮すると声が大きくなるきらいがある。
でも今回ばかりは素直に祝福してやろうと思った。

真咲は幼い頃からずっと父親を尊敬していたのだ。
父親の仕事がどれだけ素晴らしいものか、耳にタコが出来るくらい何度も熱弁を振るっていた。

真咲の父親は人体クローンについての研究をしている。
一部団体からは批判的な意見をぶつけられているそうだが、それでも真咲は父親の考えを信じている。

人を救う力になると信じている。

『不慮の事故で死んだ人がもう一度人生を全うできる。二度と逢えなくなった人にもう一度逢える。これで救われる人がいる、助けられる人がいる。こんな素晴らしい技術を親父は全人類のために捧げようとしている。俺はそんな親父を世界で一番尊敬している』

クローンに関して俺は特に意見を持っているわけではなかった。
むしろ肯定的な真咲と一緒にいるから、知らずのうちに肯定派に靡いているかもしれない。

恐らく真咲の進む道は苦難の連続であろう。
けれど、真咲が人類を想って人並み以上に努力している事を知っている。
だから俺は真咲を心から尊敬しているし、応援していた。

「ああ、もう楽しみすぎてどうにかなりそうだ! 結果報告に期待していてくれよ!」
「はいはい分かった分かった。耳の穴かっぽじって、一言も逃さないようによ〜く聞いてやるよ」
「言ったな? 来週絶対に聞いてもらうからな。覚悟しろよ、公生(きみお)!」
「はいはい」

俺と真咲の付き合いはもう十年以上にもなる。
互いの好きな食べ物も、好きな音楽のジャンルも、好きな女の子のタイプも手に取るように分かる間柄。

だから、よく分かる。
真咲は本当に嬉しそうで、幸せそうだってこと。

親父さんの手伝いとやらが終わったら真咲をメシに誘うのも悪くない。
大学でもその研究の話をしつこいほどするのだろうに、きっとメシを食いに行ってもその話ばかりするのだろうな。楽しそうに話す真咲が容易に想像できて、ちょっと笑える。

そしてそれが生きている$^咲との最後の会話だった。


 ◆


週が開ける。その日、真咲は大学に来なかった。
もしかしたら頑張りすぎて体調を崩したのかもしれない。

だから俺は何も気に止めず、心配のメールを一通だけ入れておくことにした。

しかし翌日も翌々日も、真咲の姿を見かけることはなかった。
そしてとうとう次の週になっても真咲が大学に現れることはなかった。

欠席の理由も知らされていない。
メールを送っても、電話をしても、それらに真咲が応えてくれることはなかった。

何かあったのだろうか。

(……今日の講義が終わったらまっすぐ真咲の家に行こう)

いつも一緒にいた親友が傍にいないことがこんなにも不安で息苦しいだなんて、実際にそうなってみるまで気付かなかった。

──真咲は無事でいるのだろうか。



今日一日の講義が終わり、足早にキャンパスを出て真咲の家へ向かおうとした矢先、携帯の着信音が鳴る。

画面には見慣れた文字列の表示。
それは俺が今もっとも気にかけていた人物の名前だった。俺は迷うことなく通話ボタンを押す。

「おい、真咲かッ!?」
『……』
「一体どうしたんだよ!? 何かあったのか!?」

──真咲だ。真咲からの着信だ。

俺は興奮を抑えきれない。何があったのか、今どうしているのか尋ねたい衝動を塞き止められない。
なのに、電話の向こう側からは一切言葉が返ってこない。

「真咲!? なあ、どうしたんだよ!?」
『……』

受話器の向こう側には人がいる。微かな吐息が聞こえてくる。
けれど、やはり言葉は返ってこなかった。

「今からそっちに行く! いいか、大人しく待ってろよ!!」
『……』
「切るぞ!?」

俺が電源ボタンに指を掛けた瞬間。

『……待て』

受話器から低い声が聞こえた。その声は真咲のものではなかった。
それに、今聞こえてきた言葉はいつもの真咲の口調ではない。

「……っ!? 誰だよ!?」

真咲に何かあったのではないかと内心怖くて、発作のように心臓がバクバクしている。冷や汗もかいていた。
だがそれらを相手に感じ取られないようにと、どうにか口調だけでも取り繕う。

『公生くんか』
「なっ……!?」

それは確かに自分の名前だった。
それにこの声、どこかで──。

『私だ。真咲の父親だよ』
「おじさん!?」

先程までの緊迫感が嘘のように安堵へ塗り替えられる。
よかった、真咲の傍には親父さんが付いていてくれたのか。なら、安心だろう。

「よかった……! 真咲に何かあったのかと心配していました……」
『そうか』
「それで? 真咲の容態は大丈夫なのですか?」
『君は真咲からどこまで話を聞いたのだね?』
「……え?」

受話器の向こう側の親父さんは、いつもの親父さんの口調ではなかった。
厳しくて冷ややかで、無意識に恐ろしさを抱くほどに冷淡な物言い。

いつもは穏やかで優しくて、俺もたまに羨ましくなるほどの理想のお父さんだったのだ。

──なのに、この記憶の差異は何だ?

『君がどこまで知っていようが、何も知らなかろうが、もう関係ない。どうせ君は真咲に会いにくるつもりだったのだろう』
「はい……そのつもりでしたが」

今だって真咲の家に向かっている最中だ。
何と言われようと、今日こそは彼に会いに行くと決めたのだ。

「たとえ止められても、俺は真咲の家に行きますよ」
『……』

俺の決意に押されてか、受話器の向こうは深い溜息を吐いた。
そして──。

『本当に──真咲に会いたいか?』

当然、俺は二つ返事で頷いた。


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