昼休み。
突然ざわつく教室。
いたたまれないこの空気。

すべての条件を満たしている。

──奴が来た!

「和早(かずさ)、おいで」

きゃいきゃい騒ぐ女子生徒など眼中にないとばかりに無視をして、やけに通る低音を発して俺を呼ぶその男。
昨日も散々あれだけ二年の教室に来るなと言って聞かせたはずなのに、やっぱり来やがったんだな。

「わざわざ教室に来んなって何度も言ってるだろ!」
「寂しい思いをしているだろう弟を労る兄心だよ」
「そんな思いしてねーよ! アホ兄貴!」

クラスメイトがくすくすと笑って俺を見る。俺たち兄弟は最早この学校の見世物みたいなものだった。

この男は血の繋がった正真正銘の俺の兄である。兄の柚基(ゆずき)は一つ年上の高校三年生だ。
キラッキラのオーラを放ち、周囲にオスのフェロモンを垂れ流しっぱなしで、兄の外見はどこぞの王子様かと思わせる完璧ぶり。
そのクールな顔つきは女を魅了し、男に嫉妬心を抱かせる。

一方俺はというと、容姿の優良遺伝子をすべて兄に奪われたとしか考えられない搾りカスっぷり。
正直、地味でパッとしないと自分自身を評価している。

だからこそ俺は取っつき易いのだろう。あんな兄を持っていても俺には友人が多かった。
俺の容姿があまりにも普通すぎるから、俺は内面の明るさでどうにか世渡り術を得た。

優れた外見だけで何もかもを手に入れている兄に妬ましさを感じていたこともあったが、ガキらしい嫉妬だったと今になっては思う。

高校生にもなれば、世の中にはどうにもならないことがあるってことくらい理解できる。

「ほら行くよ和早。早くおいで」
「……わかったよ!」

俺は乱暴に弁当箱を掴むと、扉の前で待つ兄の元へと向かった。


 ◆


そうだ。世の中にはどうにもならないことがあるってことくらい理解できる。
でも、理解できても、納得しているだなんて言っていない。

「あっ、あんっ……ゆず兄っ、いやぁ……」
「ううん。和早はホントは嫌じゃないって思ってる。和早のことなら何でも分かるよ」

人気のない空き教室で、兄はニコニコと機嫌良さそうに俺を抱く。
俺の体を凶器としか思えないブツで貫いて、恍惚そうに笑ってる。

「なあ和早、酷いと思わないか? 本当にムカつくんだよ、あいつらはさぁ!」
「んっ、んんっ……!」

俺を突き上げながら、兄はいつもの様に愚痴を漏らしている。

「結局あいつらは俺の外見しか見てないんだ! いざ付き合ったらどうせ『そういう人だとは思わなかった! 幻滅した!』って俺を見捨てるに違いないんだ! 和早を迎えにいくといつも耳障りに騒ぐ和早のクラスメイトにも腹が立つ! うるさいんだよ、目障りだ、俺は和早しか視界に入れておきたくないのに!」
「んっ、ぁ……!」
「俺の中身を知っていて俺を受け入れてくれるのは和早だけだよ。和早、愛してる」

優れた容姿を持った兄は、当然これまでに何人もの女性と交際していた。一人別れても、次から次へと予約制だとばかりに取っ替え引っ替えに恋人が途絶えなかった。
しかし、そんな彼女たちにも兄はすぐにフラれてしまう。

兄はクールぶった形姿をしているのにもかかわらず、執着心がすさまじい。病的なまでの彼の束縛癖に、外面のみで釣られた人は耐えられないのだ。
しかも、セックスをすると兄はこんなんだ。幻滅されるのには十分すぎる理由だろう。

それ以来、兄は恋人を作るのをやめた。世間の求める冷淡な体裁を貫き通している。

「ゆず兄、もうやだぁっ……お腹すいたのにぃ……」
「ああ、ごめんね。すぐ終わりにするから。だから和早、もっと可愛いこと言って?」

兄は彼女にフラれる度に俺に泣きごとを言いに来る。わざわざ部屋までやってきて、弟の俺にしがみついて、ひどいひどいと訴えてくる。
毎度毎度面倒だと思いつつも適当に慰め続けていたら、兄の中でおぞましいスイッチが入ったらしかった。

こんな素の自分を見ても幻滅せずに、自分に愛情をかけてくれる唯一。
自分を愛してくれる人間は、弟の俺しか存在しないのだと。

それから兄は俺に『恋人であること』を求めてくるようになった。

「あ、ぁっ、あぁぁっ……」
「いつもみたいに俺のこと好きって言ってくれないの? 早くしないと昼休み終わっちゃうよ。お腹が空いたんだよね、だったら俺が和早を可愛がりながら口移しでご飯を食べさせてあげるしかないな」
「なっ……!?」

驚いて絶句する。兄は俺を犯しながら、手元にある自分の弁当の包みを外して開封した。箸を持っておかずを掴む。
兄弟なのだから、弁当の中身は同じだ。兄が掴んだその玉子焼きの味だってよく知ってる。俺の大好物だった。

「うそでしょっ、やめて……」
「口開けて」

兄は玉子焼きを自ら口に含むと、そのまま俺に口づけてきた。
兄の口から、俺の口の中に玉子焼きが押し込まれてくる。

「んっ、ぅ……!」

俺におかずを吐き出されないようにと、兄はずっと口づけで俺の唇を塞いでくる。俺が玉子焼きを飲み込んだと確認できるまで、兄はそうする。
呼吸がし難くなって、兄に口づけをされたまま俺は咳き込んでしまうが、それでも兄は絶対に唇を離さなかった。

「和早、可愛いな……雛鳥みたいだ」

頃合いを見て、兄は俺の口腔内に舌を送り込んできた。中に固形物が残っていないか、きちんと飲み込んだのか、わざわざ確認をしているようだ。

「……こうやって、全部俺に食べさせるつもりなの……」
「ああ」
「ふざけッ──んぐッ……!」

最後まで反論をさせてもらえないまま、兄はまたもおかずを自分の口に含んでは俺の口の中に押し込み、唇で栓をした。この味は……唐揚げか。
体格の違う兄に押さえこまれてはもう抵抗できないということを嫌でも知っている。こうされたら最後、俺は兄のすることに従った。

「んはっ……! あ、やだ! もういらない! やめてっ!」
「そうなの?」
「うんっ、もういいっ……! ゆず兄すきっ、だいすきっ、ねぇ早く俺のことイかせてっ……!!」
「ああ……和早……」

面倒で重たいこの兄を上手く操縦する手札は持っている。
この男、こうして俺が愛情を伝えてやると途端に俺の言葉を聞き入れてくれるようになる。

「嬉しい……」

先ほどまで楽しそうに俺をイジめていたくせに、今では泣き崩れそうなくらいに顔を歪めて、俺を力いっぱい抱き締めてきた。

「やっぱり俺には和早しかいないよ……もう和早しかいらないっ!」
「ひぁんっ! ゆず兄っ、そこぉっ……!」

急激に再開された兄のピストンに翻弄される。

「気持ちいい? 和早はお兄ちゃんので気持よくなっちゃうやらしい子だもんね。ほら、もっと良くしてあげる」
「や、あぁんっ……! んぁっ、ゆずにぃっ、きもちいいっ……!!」
「はぁ……かわいい……!」

こんな地味な弟のどこがどう可愛いのか理解に苦しむが、俺は縋るような兄の行為に必死で応じる。
何だかんだで俺も兄に抱かれるのは嫌いじゃなかった。むしろ性欲有り余る男子高校生にとっては、兄の行為に興奮を覚えるのも確かだった。

「はぁっ、和早っ……もうだめだ、出すね」
「ばっ、ばか……! また学校でっ!」
「大丈夫、いつも後始末はしっかりやってあげてるだろ?」

兄は異常だ。
そして、そんな兄を受け入れている自分もきっとおかしいのだろう。

「んん、ぁ……和早っ……!」
「うぁっ、あぁんっ……!!」

ぐっと腰を押しつけられて、瞬間、ドクドクと生々しく俺の中で脈打つ兄のモノ。
もう幾度となく体を重ねてきて、すっかり慣れきった中に放たれる感覚。ピンと足をつって、俺も下腹部を微痙攣させる。

「和早はお兄ちゃんに中出しされるのが大好きなんだよな」
「ふ……ぁっ……」

兄は言いながらゆっくりと俺の中から凶器を抜き出すと、体を開いたまま放心する俺の髪を優しく撫でつけた。

「今、この中に俺の子種が入ってるんだね。ああ、幸せだな」

にっこり満悦げに微笑んだ兄は、俺の下腹部をすりすりと撫でてくる。
俺は男なのだから、中に出されてもそこに何かが生まれる余地はないのだけど。

「はぁ……しんど」

俺はぼそっと悪態をついて、体を起き上がらせる。そうして乱れたシャツとブレザーを整える。

「ゆず兄、ティッシュ!」
「俺がやるよ。愛する和早の体だから、大事にしたい」
「もー俺はお腹すいたの! とっとと処理して弁当食べる!」

兄に差し出されたポケットティッシュを奪い取ると、俺は雑に尻の後始末を始めた。
ああ、今から弁当食べるのに尻穴に指突っ込むのすげー嫌だ。そりゃ一応手は洗いに行くけど、生理的な折り合いがつかない。

「ああ、和早の穴すごくやらしいな。また変な気分になってくる」
「やめろ。もう時間ないんだから」

ん、と喉を鳴らすだけの短い喘ぎを漏らして、俺は尻の中の白濁を掻き出す。
とろとろに粘つく兄の精液の量に思わず引いてしまう。毎日のようにセックスしているのに、この濃さは一体何なんだ。永遠の思春期か。

どうにか一段落つけると、俺は下着とスラックスを履き直す。

「どこに行くの」

ただ近くの水道に向かうだけなのに、俺を牽制するような物言いだった。どこか視線も鋭く、妙に威圧感もあった。

「弁当食べるから手洗いに行くんだよ」

空き教室を出る間際の俺の返答に安堵したのか、穏やかな笑顔が兄に戻ってくる。

「すぐに帰ってきてね」

扉を閉じる。
恋人の些細な行動さえ、自分の管理外に出ることを許さない重度の束縛癖。
俺は兄の性格をよく知っているからまだ耐えられるが、普通の人にとってこの束縛癖は絶対にうざったいだろうな──なんて今までの兄の恋人たちに同情してしまう。

黙っていれば誰もが羨む美貌を持つ兄。
つくろうと思えば彼女なんてすぐにできるんだろう。

けれど、兄のすべてはもう俺のものだ。
考えられないが万が一、兄に新しく恋人ができようものなら、俺はそれを許さない。

「……ふふ」

俺をあのように犯す兄の証拠ならたくさん揃っている。これさえあればいくらでも兄を貶めることができる。
こうして兄を肉体的にも精神的にも掌握している優越感。

「俺のこと一生大事にしろよ、ばか兄貴」

そんな兄の脆弱さを、俺はきっと愛しているんだろう。


 了
(2014.04.25)

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