──あいつの呼ぶ『真咲』は、たぶんきっと俺≠カゃない。


 ◆


「……真咲」
「よっ、公生」

公生は深夜のコンビニバイトで生計を立て、ボロアパートに一人暮らしをしているそうだ。少々やつれているように見える。

「中身は俺と同い年でも見た目はガキなんだから家に帰れよ、通報するぞ」
「今に始まったことじゃないだろ、大目に見てくれよ」

今日もコンビニで夜食を買うという名目で、公生の様子を窺いに来たのだ。

「深夜は客もいないし暇そうだな」
「やることはある」
「公生ってこんな気難しいヤツだったかなぁ〜。学生やってた時はもっとこう愛嬌があったっていうか」
「……」

俺の知らない空白期間=Bその間に公生に何かあっただろうことは想像に難くない。
あの勤勉で優しかった公生が逮捕されて、これほどまでに人が変わってしまうような出来事。

だが俺はその時クローン実験体として父さんに身を捧げてしまっていた。
だから俺はまだ生まれていなかった≠アとになる。
どうあっても、その時の公生に起こった出来事を知ることはできないのだ。

前にそれとなく尋ねたことがあったが、公生は決して口を割ろうとはしなかった。
酷く怯えたような──見てるこちらが泣きたくなるような悲痛を浮かべるだけで。

俺は別に食べたくもないおにぎり一つとペットボトルのお茶を持ってレジ前に立つ。
公生は愛想もクソもない無表情な顔で事務的に俺の接客を始めた。

「……」
「あ、今30代≠チてとこ押しただろ」
「間違いではないだろ」

こんなに見た目や中身が変わってしまっていても、彼の茶目っ気は抜けていない。
俺の知っている公生≠フ姿を垣間見るたびに、心が嬉しさで満ちる。

「……なあ」

ふと、珍しく公生のほうから俺に声をかけてきた。
今までもこのようにコンビニで会っていても俺が一方的に話しかけているだけで、とても会話のキャッチボールをしている風ではなかったのに。
今までのアレはまるで言葉のドッジボールだ。

「公生?」
「……」

公生はそれからまた黙ってしまった。
何かを言いかけて──後悔した、と言いたげに。

「あのなぁ。俺たちはそんな気を使う仲でもないだろ、言えって」
「……」
「公生?」
「……この真咲は、」

この真咲──それは問うまでもなく俺のことだ。
公生はいつも遠まわしの言葉で俺を否定する。案外ネチネチとした男だ。

俺たちは互いに口を閉ざす。
俺以外の客がいない深夜のコンビニは、有線放送だけが音を許されていた。

しばしの沈黙の後、小さな小さな、けれども衝撃的な公生の声がそれを破る。


「……お前は、俺のことが好きか」
「──」


息が止まってしまったかと思った。

愛しい幼馴染へ向けたこの恋心を明かすことは絶対にないと思っていた。明かすつもりもなかった。
俺たちは互いが一番の親友で、そのポジションを捨ててまで玉砕する勇気と覚悟が俺にはなかった。

だが俺はずっと昔から公生を愛してきた。好きで好きでたまらなかった。
俺の『クローン技術の確立』という将来の夢を笑わずに心から応援してくれた。俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれた。

愛おしかった。彼の何もかもが愛らしかった。
だから当然、その感情もそっくりそのまま受け継いだ今の俺≠ェ在る。

──俺が生まれた時から、公生への愛は変わらない。

「お前も、俺が好きなのか」
「公……生……?」

もう一度、先ほどと代わり映えのない問い。
けれども──決定的な違い。

「お前……も=c…?」

俺はその違いを聞き逃さなかった。聞き逃せなかった。

「誤魔化さなくてもいい。俺はもう真咲から聞いている=Bそして俺はその気持ちを受け入れて、抱かれた」
「──ッ!」

俺の知らない真咲≠ヘ、この胸に秘めた想いを正直に伝えて、公生を抱いたのか。

「……ぁ……」

なんということだろう。悔しい。俺であるのに俺でない俺≠ェ妬ましい。
俺の知らない真咲の時間≠ェひどく羨ましい。

「……そうなんだな、コピー」

俺は、真咲だ。正真正銘の。
でも公生が想っている真咲は俺じゃない。

この感情は俺のものなのに、俺のものではないような感覚。
よく分からない。胸が痛い。苦しい。

確かにこれは俺の気持ちであるはずなのに。
確かに俺は彼を愛しているはずなのに。

どうして俺は今、胸を張ってそれを言えないのだろう。

「お前はその想いが本当に自分のものなのか確信が持てない。ただそう思い込んでいるだけで、その気持ちは本来お前のものじゃない。お前の想いも、性格も、記憶も、すべてオリジナルの複製品に過ぎない。お前はオリジナルのように生きたわけではない」

淡々とした口調の中に込められた、深い憎悪。怒り。
まるで俺の心を見透かしたかのような言葉で、彼は無慈悲に、残酷に、俺の中を抉っていく。

「……結局、お前は俺の愛した真咲とは別モノなんだよ」

言い終えると、公生は袋詰めが終わった俺の夜食を押し付けるように差し出した。

「だから、俺はお前の存在すべてを否定する。俺は絶対にお前を認めたりしない。それがあいつに報いる唯一の道だからだ」
「──」

俺は何も言わずに、差し出されたそれを受け取る。
公生の視線は、そのまま人を刺し殺せそうなほどに鋭くて。

俺は公生に認められない。この気持ちは報われない。
オリジナルの記憶や人格を持ち越しているとしても、幼馴染で、親友で、恋人だったあのオリジナルとは別人なのだと断言される。

だったら。
幼馴染でも親友でも恋人でもない、この俺≠ヘ──。

「……公生。お前は俺に追いつけないよ、きっと」

両極の位置に立つ、敵として。

「言ってろ」

愛する男の前に開かるしか、道はない。


 了
(2011.08.16)


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