「深く考えたら負けだ、って思うの」

心地よい音楽が流れる。こちらを向いて「え?」と少しだけ口を開いた月の顔は、穏やかなオレンジの照明に照らされて、半分だけ明るい。
本物の月みたいに。

「あのね、あいつといるときに、あいつの行動を予想したり期待したり、そういうことしたら負けなの」
「…へえ」
「うん」
「でも、それって難しくない?」
「…頑張ればできるもん」
「…ふふっ、無理してるなぁ」
「そんなことないよ!」
「そう?」

とにかく女の扱いが昔から上手い。驚いた顔すら演技なんだと思う。

「昔から意地を張るからなぁ、マユは」

もうそんなことを警戒するのも面倒なほど、月とは長い付き合いだ。この人を本気で好きになったこともあった。それももう昔の話で、今は相談相手であり、ただの友達。なんて小回りのきくわたしの心だろう。
こうしてわたしの愚痴に付き合ってもらうのも恒例行事だ。

「竜崎は、ちゃんとマユのこと考えてるよ」
「うーん…。あんたたち、正反対のようですごく似てるよねぇ」
「僕もたまにそう思うよ」
「あーあ、そーやって月に竜崎の味方されると辛いな」

わたしがうなだれると、はは、と軽く笑いながらグラスを回す。氷が控えめにゆらりと光った。切れ長の綺麗な目が細められる。
相変わらず月は綺麗だ。他にちゃんと好きな人がいても、そう思うことに罪悪感を感じないくらいに、素直に綺麗だと思う。ずっと、怖いくらい。

「会いたいなら会いにいけばいいじゃない」
「ん。そーですね」

無愛想に言うと月は少し黙ってしまった。
別の話題を振ろうとした瞬間、真面目な顔でわたしを見る。

「竜崎がいなくなっても平気なの?」

怒っているのかと思ってしまうほど真剣な声に、驚いて見つめ返す。そのあとのことはよく覚えていない。何も答えられずにいたら、月が近づいて来て、あたたかい唇が触れた。



罰のようなもの。戒めのようなもの。

そう解釈している。
それ以外に何があるだろう。






「マユ」

呼ばれて振り向くのと竜崎のあたたかい指が髪をすくうのはほとんど同時だった。

「ぼんやりしてますね」

髪を撫でた指は静かにわたしから遠ざかった。

「ん…。思い、出してた」
「何を?」
「月」

隠し事や嘘は嫌だった、竜崎の前では。

どんな顔をしてるだろうか。わたしを怒るだろうか、月を憎むだろうか。
竜崎が怒っていても、悲しんでいても、それを超えて月に惹き寄せられる瞬間がたまにある。あのキスはもしかしたら、わたしからしたのではないか。記憶が曖昧だから結局答えは出ないのだけど。一つわかる事は、あれはやはりダメな事だということ。

「ごめんね」

竜崎を見上げると、思いきり眉間にシワを寄せていた。
こうもハッキリと不機嫌を示されると笑ってしまう。わたしが声を出して笑うと「何がおかしいですか」と拗ねた声で言った。

「大丈夫、もうしない」
「…。何かしたんですか」
「ううん」
「本当に?」
「うん、でも大丈夫、もうしないよ」
「何を?」

何かしたと言えばした、してないといえばしてない。だってわたしはあの後もあなたの傍にいることをやめてない。気持ちは変わらなかった。

「秘密の一つや二つはあるでしょうが…しかし、マユ、」
「竜崎を好きなんだなーって再確認出来たから、大丈夫だよ」
「……。」
「ふふ」

納得いかない顔でわたしを睨む竜崎に、もう一度「大丈夫」と言った。



月はいつも怖いくらいに綺麗だ。
でも太陽はいつも変わらずあなたなのだ。






Fin.


ライトを“月”表記にしたのはわざとです。わかりにくくしたかったんです。

あースマホ打ちにくいー(T_T)

20120304




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