ヒュウと乾燥した秋風が私の頬を掠める。普段なら肌寒く感じる冷たい風は熟れた林檎のように紅い頬には丁度良い。

「い、院長、」

ようやく呼び慣れた彼の新しい呼び名を呼ぶと、「何だ」と低い声が鼓膜に響く。耳朶に吐息がかかってくすぐったい。
「六月一日院長、降ろして下さい。」

そして仕事して下さい。冷静を装って冷たくそう言うと、否定するように腰に回った腕にさらに力がこもる。

「もう少しだけ、頼む。」

な、琴子。公私混同を人一倍避ける不器用な彼なりの甘えかた。それが小さな男の子に見えて、クスリと景一さんに聞こえないように笑う。

「もう少しだけ、ですよ。景一さん」

もう少しだけ、曖昧なそれはいったいどのくらいなのかは私たち以外知る由がない。


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