イヴァンルート告白イベント後



ふわっ

鼻先で感じた花の香りで目が覚める。まだ朧気な頭を動かそうと体勢を変えようとすると、花とは違う甘い匂いが鼻を擽る。ふと目をやると、気持ち良さそうに寝るゲルダの姿が。
規則正しく肩を上下させながら幸せそうに寝ているその姿に笑みを浮かべる。

「ゲルダ…」

呟いた言葉は静寂な空間に僅かに響く。起こさないようにそっと頭を撫でる。

「…貴方は私がどんなに貴方を思っているか知ってますか?」

手をゆっくり動かしながら、問いかける。当然寝ている張本人は暢気に夢の中、返事は返ってこない。仕方なく撫でている手を只、只、動かす。柔らかなそれに此処まで来るのに度々見かけた小動物たちを思い出す。

『あっ見てイヴァン!ウサギだよ!』

子どものようにはしゃぎながら兎を追いかける彼女の様子に呆れながらも何かが動かされた、そんな気がした。

(今思えばあの時から少しずつ彼女に惹かれていたのかもしれないな。)

手の動きを止め、ゲルダの顔をまじまじと見る。右に流している前髪を指の腹で起きないように優しく撫でる。

(私は…後何回彼女の笑顔を見ることができるんでしょうか。)

ふと、思い浮かぶ彼女の笑顔。彼女が好きな花のような、暖かな笑顔。それらを心の中で浮かべると自分自身の心まで暖かくなっていくようだ。

「こんな気持ちになれたのもゲルダのお陰ですね。」

ポツリと呟き、すっかり暗くなった星空を見上げる。今頃白の世界にも同じように広がっているのだろうか。
脳裏に思い浮かぶのはまだ不安と孤独で押し潰されそうだった自分。吹雪で見辛かったが、今思えば従者になろうと決心した時もこんな星空だった気がする―――。






『従者になりたい?それは本当なのイヴァン』

『はい、女王様。なので……』

『えぇ、貴方をもう苦しまなくてよくしてあげましょう。』

氷のように冷たい声でそう言い放ち、持っていた杖を上に掲げる。反射的に目をキュッとつぶる。

『その前に…一ついいかしら、イヴァン?』

『?…なんでしょうか』

首を傾げる幼い私を見て雪の女王は微笑む、まるで彫刻のように。

『貴方は誠実だから無いこととは思うんだけど、もしもの場合を考えてほしいの。』

『もしもの場合?』

『そうね………例えば“裏切った”場合。』

『……。』

“裏切り”。幼い私はまだ心が凍っていないはずなのに、その言葉に対して何も感じなかった。それは当時はそんな事をする気が全くなかったから、少しでも早くこの苦しみから解放したかったから。

『では、僕の心臓を凍らし、粉々にする…というのはどうでしょうか。』

思い返せば幼いのによくこんな恐ろしいことを提案したものだ。それも私自身“裏切らない”自信があったから言えたことだ。

『ふふ……やっぱり誠実な子ね。気に入ったわ。これからよろしくね、従者イヴァン。』

『はい、女王様。』





ヒュー

ひんやりとした風が頬を触れようやく意識が戻る。美しく咲く花たち、美しく瞬く星たち、私にもたれて寝るゲルダ。状況に変化がなかったことにほっと安心する。

「ゲルダ……」

傍らにいるゲルダを強く抱き締める。抱き締めると甘い彼女特有の香りが鼻を擽る。

「私は…私は白の世界でどうなるか分かりません。」

幼い頃には考えもしなかった“裏切り行為”をこんな形でそれを犯してしまうとは。

(しかし、貴女を愛したことに悔いはありません。)

「私は…
貴方を守りたいんです。」

もし彼女がこれを聞いていたら茹でたこのように真っ赤になるだろうか、それとも何かあったかと心配してくれるだろうか。

「愛しています。」


誓い

(たとえ、私の身がどうなろうとも貴女だけは――……)
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