※誰ともくっつかなかった卒業後の栞ちゃんと苗苑さん






ようやく大学生活も一段落し、久々に母校にやってきた。後輩に一通り挨拶した後、中庭に足を踏み入れる。咲く目の前には満開を過ぎた葉桜たち。その桜色と草色を目に映す。
フワッと軽く風が吹き結っていない髪が、揺れる。平和だ、散り行く花びらを目で追いながらふと思う。

「分かってはいましたが、桜ももう見頃を過ぎますねぇ。」

視界が桜でいっぱいになった時、風とともにその声は聞こえた。声がした方向を見ると、そこにはあの波乱万丈な学園生活において関わらざるを得なかった人物がいた。

「お久し振りですね、一条さん。」

何を考えているか分からない笑み、眉尻がやや下がっている困り眉、後ろに小さく結っている栗色の髪、あの頃と変わらない姿がそこには合った。唯一異なる点を挙げれば着衣しているのが制服ではないことだ。

(卒業してるから当然だけど…)

それにしても私服を初めてみた。こんな機会おそらくもうないと思うので、しっかり見ておこうと苗苑を上下に見回す。そんなことをしていると、クスッと笑う声が聞こえた。

「返事もせずに何をしてるかと思ったら……そんなに私服が珍しいですか?」

「あっ…すみません。」

お久し振りです。と軽く会釈すると、地面に散りばめられた桜色と目が合う。

「…大学生活は慣れましたか?」

顔を上げる途中、唐突にそう聞かれる。少し悩んだ末、「ぼちぼち…ですかね。」と苦笑混じりの声で答える。
その言葉通り、大学生活は本当に平々凡々とした毎日が続いている。あまりに平和な日々に数ヶ月前、本当に自分はあの場でだろうか、あれは夢だったのではないか、そう錯覚してしまう時もあったが、自室に飾ってある卒業証書、卒業アルバムがそれは事実だと訴える。パラパラとページを捲れば、脳裏に浮かぶ様々な出来事、個性が強すぎた人物たち、次々とフラッシュバックとなり思い出された。それからだろうか、晴藍高校の様子を見たくなったのは。あいにく大学の授業や課題等が有り容易に足を運ぶことは出来なかったが。

(塚本くん、芽衣、夏絵元気だったな。)

可愛い後輩たちに会え、嬉しい反面ほんの少し羨ましく思った。
風紀委員長であったあの一年間は、大変忙しいだったが『やりがい』というものを徐々に感じていた。
入学当時は無事に非日常な毎日から卒業して、大学に入学して、普通の大学生になって、働いて、その後は普通に幸せな人生を送れる、そう思っていた。しかし現在の私には心に穴が空いたように何かが足らない気がしてならない。そんな生活を続けてだんだん自分にとっての『幸せ』が何か分からなくなっていた。
目を閉じると、風の音ともに数々の思い出が浮かび上がる風が頬を撫でたのを感じて桜の方を見ながら口を開く。

「…会長はどうなんですか?」

一瞬きょとんとした表情をしたがすぐにいつもの笑みを浮かべる。

「まぁまぁ…ですかね。」

そう呟く声がどこか苦し紛れに聞こえ、私は苗苑の方を向くと栗色の瞳と目が合う。

「…少し話を聞いてくれますか?」

いきなりそう問われたのに関わらず、困惑しながらも私はすぐに頭を縦に頷いた。そんな私の様子を見て会長は話をし始めた。

「この数週間、新しい生活が始まったのと同時にお祖父様に用がありこの学校に度々訪れていたのですが…ココに来る度あの頃の生活を思い出してしまうんです。そして現在の生活と比べてしまう…」

「………」

「現在の生活に目立った不満は有りません。しかし、前の生活には合ったものが今の生活にない…それは確かです。」

「この学校に訪れれば何か分かるかもしれないと最初はお祖父様を理由に通っていたのですが、生憎現在遠出してるらしく、最近は桜を理由に来ていたのですが…」

会長は桜を見つめる、また風が吹き、桜の花びらが空中に舞う。

「これでは今週末迄には学校に来る理由が無くなってしまいますねぇ」

いつもの口調だが声音はいつもより低い。

「その、校長はいつ帰って来られるんですか?」

気づいた時には考えるより口が先に出てしまっていた。一瞬目を大きく見開くものの、会長はいつもの口調で言う。

「…さて、いつなんでしょうね。」

「………」

口を閉じ、会長の表情をまじまじと見ようとすると、不意に風が吹き桜とともに会長の髪も、揺れる。花びらに邪魔されて会長の様子を伺えなかった。

「―――では、」

風が止んだ後、静かな声で話す。

「桜の代わりに、私と会う…というのはどうでしょうか。」

自分でも何を言ってるのだろうと思った。ただ、桜の花びらが木から離れたかのように言葉が自然と溢れ出た。それを言うのに下心とかは一切なくごく純粋に言ったものだった。

ただ…ただ、このまま私が引き止めないと会長も風とともに何処かに行ってしまう気がしたのだ。

風はヒュンと声を上げながら桜をおとしていく。表情を変えずにこちらを見つめる彼は相も変わらず何を考えているかわからない。そんな空間の中、私は静かに回答が返ってくるのをひたすら待った。

何分ぐらい経ったのだろうか、急に風が止んだ。風の音と私たちの呼吸で支配されていた空間は一気に静寂と化したその時だった。

「…いつにしますか?」

「え?」

頭の上に疑問符が浮かぶ。風が無くなったおかげか先刻より苗苑の声がよく耳に響く。

「え?って会う約束ですよ。」

自分で話した話題を忘れてしまったんですか?

頬を上げてそう言う彼は心無しか明るい。慌ててスケジュール帳を出す私を会長は笑い声を抑えながら見ていた。


また会いましょう
(桜並木の下で)

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