ぐつぐつと鍋が煮る音、肉の匂い。これは肉が大好きな人間じゃなくても空腹を誘われる。 こちらとしては彼女と一緒に居れれば何だっていいが、今日は良い肉の日らしい。どっかの単純な肉好きが食べる口実に作ったものに違いないが、たまにはこういうのも悪くないと思っている自分もいる。 ずっと見ているのも飽きるので視線を鍋から真っ正面に変える。 そこには目を輝かせて鍋(主に肉)を見ている芽衣の姿が。 薄く笑いながら「もう大丈夫だと思うぞ」と言うと、「いえ!まだその時ではないです。」と箸を構えながら言う。思わずプッと笑ってしまう。 まるでお預けを喰らわれた野良犬だ。 (いや、野良犬という割には可愛い過ぎるか。) そんなことを考えている内に食べ頃になったのか鍋を抱え込むように芽衣が肉に食らいつく。 (これじゃ、俺は食えそうにないな。) 仕方がないとふと無我夢中に食べる肉食小動物に目をやる。一瞬肉鍋じゃない料理を頼もうとしたが此方の方がお腹が膨れそうだ。 まだ熱い肉鍋をはふはふしながら食べる姿が何故か子犬ように見え、少し笑みが漏れた。 「ふぅ………」 肉鍋を食べ終えお腹を擦りながら店を出る。「さっ、とっとと帰るか」と言う音次郎さんの声にはっとなり、慌てて声をかける。 「あ、あの…音次郎さん。」 「ん?どうしたんだ?」 「ご、ごめんなさい!肉鍋全部食べてしまって……お腹空いてますよね?」 私がそう言うと、ああ何だその事か。ときょとんとした表情で返す。 「ごめんなさいも何も食べてしまったものは今更戻って来ねぇだろうが。」 「う゛っ……そ、そうなんですけど……。」 ぽんっ 「そんな顔すんなよ、別に怒ってねぇから。」 途端大きな手が私の頭に置かれる。 「それに言っただろ?今日は奮発するって。別に俺はそこまで腹減ってねぇから。」 「音次郎さん………」 音次郎さんの紡ぐ言葉にジーンと心に染みる。 「そういうお前は久々に食ったみてぇだがどうだった?」 「えっ?そりゃとてもとてもとてもとてもとーっても美味しかったです!!!」 「はははっそりゃあご馳走した甲斐があったぜ!!」 そう言いながらわしゃわしゃと頭を撫で回す。 「……。」 ピタッ、と。音次郎さんは頭を撫でるのを止め、真顔で私の顔を見る。 「???」 突然なことに私の頭には?マークが浮かぶ。 「あっあの音次郎さっ…「芽衣」…!?」 いつの間にか腰と肩を抱かれ、距離が近くなる。視界一杯に音次郎さんの整った顔が映る。いつ見ても綺麗な顔立ちだ。 「お、音次郎さん」 「あんだけ、沢山肉鍋食ったんだ。……いいだろ?」 耳元で呟かれた声が甘く響く。その途端くいっと顎を上に持ち上げられたかと思ったら、さらに顔がゆっくりと近づいてくる。 「っ!!」 (おっ音次郎さん!此処外ですよ!!?) 何てことを口に出来ることができず、反射的に目をギュッと瞑る。 が、訪れたのは口付けではなく、 プニッ とお腹の「お肉」を指で掴まれた。 「たくっ、お前いつから帯緩めた。贅肉、掴めるぞ。」 「なっ…ななななな!!何をするんですか!!?」 思わずパンッと軽く手を叩いて、大股一歩ぐらい後ろに下がってしまった。 「何って……腹の肉触ったんだよ。ほら今日は『良い肉の日』なんだろ?」 「肉は肉といっても肉違いですよ!!!」 思わず声を張り上げてしまう。不思議そうに眺める傍観者たちの存在に慌てて口を手で塞ぐ。(本日二回目) 「最近確かに食べ過ぎちゃったせいでぽっちゃりになってしまいましたが、食後の乙女のお腹を掴むのは酷いですよ。」 「はははっ、乙女か。つーても今は食後だから腹に溜まってるだけで別にお前は太ってねぇよ」 「それは絶対あり得ません!」 「はっ、そんな細っこい体でよく言うぜ。」 そう言い、腕を引き寄せられ、耳元で「まぁ、正直俺は別に何でもいいんだけどよ」と囁きながら、腰に手が回る。 心地の良い、少し色っぽいハスキーボイスにドキッとなる。 「何でもよくないです。それに見ただけじゃ分かりづらいだけです。」 ボソボソと音次郎さんの胸に顔を当てながら言う。 「ほー」と少し間抜けな声が頭上から聞こえたと思いきや、「あぁ、そうだ」と何か思いついたような事を言う。 「そうだったら直接見せて触る、それだったらいいだろ?」 「………………………………………………………………………へ?」 唐突な提案に間が空く。我ながら間抜けな声が出た。 「な、何でそうなるんですか!」 「あ?だって見ただけじゃわかんねぇんだろ?それだったら触感で確かめるしかねぇだろうが。」 「まぁそうかもしれませんけど…でも嫌ですよ!」 「まぁ『乙女』だから嫌かもしれねぇが俺としちゃこうなった以上確かめておかなきゃ気が済まねぇんだよな。」 「人のお腹を触って何が気が済まないんですか!?」 思わず大声で突っ込みを入れる。普段だと比較的手を引いてくれる彼だが今日はやけ強引である。 「そりゃあ―――…」 耳元でひそひそと呟かれた台詞に顔が真っ青になる。 「さぁ、行くぞ。」 気づいた時には肩を抱かれ体を半ば強引に置屋へ帰ったのであった。 |