上司の真似してポニテにしたら上司が変態化した
今朝、やっと十分な長さまで伸びた髪をポニーテールにまとめた。
まだまだ長さは足りないし、髪もぱらぱら落ちてきて少しうっとうしいけど、とりあえずポニーテールができた、という時点で私は満足していた。
「ポニーテール?
なまえ、結構似合うね」
「本当?ありがとう!」
朝食を食べながら、隣に座る仲良しのペトラにまで褒められて、私の機嫌はうなぎ登り。
「そういえば、なまえってずっと髪、短かったよね」
「うん、立体起動のとき、邪魔になるかな、って」
「じゃあ、なんで最近伸ばしてたの?
いつ聞いても、秘密ー、としか言ってなかったじゃない。
まさか、彼氏がポニーテール好き、とか?」
「…ペトラ、私に彼氏がいないの知ってて嫌味言ってるでしょ。
ペトラだっていないくせに」
「私はいいの。
だってリヴァイ兵長がいるから!」
「はいはい…」
ペトラは常々、リヴァイ兵士長に入れ込んでいるようだった。
それが憧れなのか、すでに恋愛感情に昇華してしまっているのかは、わからなかったけど、とにかく彼女が兵長を心から尊敬しているのは伝わってきた。
「…で、結局どうして髪を伸ばしたの?」
意外と食いつくのね、ペトラ。
「別に…立体起動のとき、髪が短いと逆に髪が目に入ったりして痛かったから、まとめた方が楽かな、って、伸ばしただけだよ」
「えー、つまらない。
秘密、なんていうから何かもっと理由があると思ったのに。
大好きなハンジ分隊長の真似がしたいとか」
「ブッ!!」
「え、ちょっと汚いよなまえ!」
思わず飲んでいた紅茶を吹き出してしまった。
それこそリヴァイ兵長でもいたら、舌打ちされそうな光景だ。
私は何かからかいたそうな目で見ているペトラをよそに、テーブル周りを簡単に拭いてから、朝食を再開した。
このスープ、少し味が薄いな。
「でも確かにね…、ちょっと変なところあるけど、ハンジ分隊長かっこいいもんね。
同じ女性だとは思えないくらい」
「え…分隊長って女性なの」
「え、知らなかったの?
まさか男の人だと思って好きになってたとか?」
「ううん…どっちかなあ、って思ってた」
「あんたねえ…せっかく分隊長の直属の部下になれて、しかもあんなに可愛がられてるんだから、性別くらい聞けばいいのに」
「いや、何となく…。
近くで見ていると、どっちでもいいや、って」
「…尊敬するよ、なまえのそういうとこ」
「ところでペトラ、ペトラはどうして分隊長が女性だって知ってたの?」
「ああ、リヴァイ兵長がね、『どうして女はあんな汚い女が好きなんだ』って言ってたの。
それで女性なんですか、って聞いたら、お前知らなかったのか、って」
「え…分隊長って、リヴァイ兵長が見てて気づくくらい女性人気高いの?」
「そりゃあ、まあ…変人だけど、一応分隊長だし、何だかんだかっこいいし、そこそこ。
もちろんリヴァイ兵長ほどじゃないわよ」
「へえ…意外」
油断してた。
正直、上司の奇行を間近で見ていると、この人をこんなに好きになるのは、私くらいだろう、と鷹をくくっていたのだ。
「まあ、でも大丈夫だよ。
どう見ても、なまえが一番可愛がられてるし、思いは通じるよ」
「うん…。
まあ、問題は私も女でハンジ分隊長も女ってことなんだけど」
「あれ、なまえ?
なまえって…そっちの意味で分隊長のこと好きだったの?
性別どっちでもいいって言ってたし、てっきり憧れの部類かと…」
「ち、違うよ。
違う、私は、分隊長のこと、ち、ちゃんと、す、好きで…」
「…なまえって同性が好きなの?
私危ない?」
「冗談言わないでよ、ハンジ分隊長だけだって。
確かにペトラはかわいいけど…」
「あはは、ごめんごめん。
わかってるよ、ありがとう。
なまえもかわいいよ。
まあ、そもそもなまえが女の子好きでも、男の子好きでも、両方でも、私はなまえの友達、やめるつもりはないしね」
「…ありがとう、ペトラ」
「どういたしまして。
さて、じゃあそろそろご飯片付けようか。
もう時間も時間だし…」
「あ、ちょっと待って」
私は残っていた薄味スープを一気に飲み干した。
実は、私はペトラといつまでも話続けているわけにはいかなかった。
このあと重要な…他の人にはどうでもよくても、私にとってはいつだって重要な、用事があるのだ。
見る限り、ペトラはそのようだった。
「ねえ、なまえ、昨日話したけど、私…」
「うん、兵長に呼ばれたんでしょ、知ってる」
「どうしよう…緊張してきた」
「うん、私も」
「…?なまえはいつも通り、ハンジ分隊長のところに行くだけでしょ?」
「毎日緊張してるんだよ!」
「それ、大変だね」
「ペトラだって、毎日兵長のところに行くことになったら、嫌でも毎日緊張するよ」
「…確かに」
「でしょ」
食器を片付けてから、互いに検討を祈ってペトラとは別れた。
私が向かうは、ハンジ分隊長の部屋…もとい研究室。
ペトラと話していたように、私は毎朝毎朝ハンジ分隊長の部屋を訪れているのだけれど、未だに慣れない。
彼女の部屋の前に立ち、一呼吸おいてからノックする。
「ハンジ分隊長、なまえです」
返事はない。
おそらく、徹夜でそのまま机に突っ伏しているとか、そんなところだろう。
昨日は夜中まで巨人の研究をしていたみたいだから。
「分隊長?」
もう一度強めにドアをノックしてみるが、やはり返事はない。
仕方なく私は、「失礼します」と小声で言ってから、部屋に入った。
案の定、ハンジ分隊長は書類を広げたままの机に突っ伏して、寝息をたてていた。
彼女の肩にかかっている隊服は、おそらくモブリットさんの。
少し嫉妬心を覚えてしまうけれど、ここは我慢。
今の私の任務は彼女を起こし、おそらくもう一週間は浴びていないシャワーを浴びさせ、服を着替えさせて、できれば朝食も食べさせて、会議に間に合わせること。
きちんと眠れていないだろう上司を起こすのは気が引けたが、会議に遅れて困るのは彼女なのだから、ここは心を鬼にしなくてはならない。
「ハンジさん、起きてください。
ハンジさん!!」
「んあ…?ソニー?」
「誰が巨人ですか!!
なまえです、分隊長!
起きてください、会議遅れますよ!」
「…なまえ?あれ…」
ハンジさんが寝ぼけ眼でこちらをちらっと見た。
もう一息。
「そうです、なまえです!
起きてくださいよ、ハンジさん!」
「うっひゃああああ!!」
「ひいっ!?」
いきなり覚醒し、私の首に腕を回してきたハンジさんに、思わず私は奇声をあげた。
ミケ分隊長よろしく、彼女は私の首に鼻をよせ、すりすりしてくる。
彼女の奇行はいつも通りだけど、こんなふうにスキンシップを図られたことはないので、私の頬は一気に紅潮した。
「は、ハンジさん!
離れてください、シャワー浴びないと…!」
「はあ…なまえ。
かわいいね、かわいい。
食べちゃいたい」
「分隊長、聞いていますか!?」
そのまま私の頭を抱き抱えるような体勢になったハンジさんは、息を荒くしたまま背中をのぞきこむように頭を動かしてから、また何とも言えない奇行をあげた。
彼女の私の首を撫でる手が妙にこそばゆくて、変な気分になってくる。
「あはは、なまえ顔赤いよー?
照れてる?照れてるの?ねえねえねえ」
「ぶ、分隊長…!
ふざけないでください…!」
「ねえ、なまえ。
ちょっとこっちおいで」
「は、はい…?
ぶんたいち…きゃっ!!」
いきなり私はハンジさんのベッドの上に投げ出された。
うつぶせに倒れた私の上に、ハンジさんが乗っかってきた。
彼女は身長のわりにスレンダーで軽いけれども、でもこんなふうに腰にのし掛かられては、重い。
でもそれより、彼女の熱い息がポニーテールにしたせいでむき出しになった首にかかるのがくすぐったくて、身をよじってしまう。
「私、ずっと我慢してたのに。
何でポニーテールになんかしちゃうかなあ」
「どういう、ことですか…」
「ん?だから、ずっと我慢してたんだよ」
「ハンジさん、息…っ!」
「感じる?」
「か、感じません!」
「なら、いいじゃない」
「ひゃあっ!」
ハンジさんがべろっと私のうなじを舐め上げた。
思わず変な声が出る。
「ずっと我慢してたんだよ。
だって、こんなに美味しそうで」
「ハンジさあん…っ」
「…声に興味はないんだけどな。
これはこれでいいかな」
「は、ハンジさん…!
離してください…、シャワー浴びないと…!」
「一緒に浴びる?」
「浴びませんっ!」
「あはは、まあそれは追々ね。
ああ、にしてもさすがだね。
すっごいそそられる…!
ねえ、なまえ、何でいきなりポニーテールなの?
最近、君髪伸ばしてるみたいだったから、首が隠れちゃって残念だったんだけど、かーらーの、ポニーテールって…!!
もうそれ君ねえ、私を煽ってるとしか思えないよ…!
すっげえ美味そう!!」
「分隊長…?
う、美味そうって…」
「うなじ」
「は…?」
「だから、なまえのうなじ」
「ひゃぅっあ…っ!」
ハンジさんが私のうなじにかぷっと噛みついてくる。
そのまま舐めたり、歯をたてたりするものだから、どうしても声が出てしまう。
「もしかして、私が君のうなじが好きでたまらないの、知ってて、こんな髪型にしてくれたの?」
「え、ち…違います…。
ハンジさんが、ハンジさんが好きで…!」
「え?なまえ、私が好きなの?」
「ハンジさん、が、好きで…っ!
髪、型…真似、したくて…ぇっ!?」
うなじをちゅーっと吸われる。
ぷはっ、とハンジさんが私のうなじから唇を離す。
吸われた場所がじんじんと痛い。
「なまえ、君ちょっとかわいすぎるよ!
なまえ、付き合おう!
むしろ結婚しよう!
こんな綺麗なうなじ、もう二度と会えねえ!」
「え、えぇ…!?」
嬉しくない、わけではなかった。
だって、大好きな分隊長に、結婚、なんて言われて…。
けど、それ以上に私は混乱していた。
今まで何度も奇行は見せど、自分にはあくまで優しい上司だったハンジさんが、いきなり朝っぱらから押し倒してきて、うなじを舐めたり、甘噛みしてきたり…。
「なまえ、もう一個キスマークつけてあげる」
「ひぅ!」
ハンジさんがさっきみたいにうなじを唇で吸ってくる。
痛い、んだけど、何だか気持ちよくて、思わず恍惚としてしまった。
私が抵抗しないのをいいことに、分隊長はちゅっちゅと私のうなじにキスしたり、舐めたりしてきた。
ときに肩口や耳、頬まで舐められたり撫でられたりしながら、私はもう自分の任務も忘れてベッドに身を預けていた。
しばらくこんなことが続いてから、ハンジさんがちゅっと音を立てて首筋にキスするとパッと私から体を離した。
私の腰から降りて、ベッドからも降りてしまったハンジさんに、思わず寂しくなって、私は体を起こして彼女を見つめた。
「ハンジさん…?」
「物欲しそうな顔してるね、そんなに気持ちよかった?」
「ち、違います…!そんな…」
「私もなまえのうなじをずっと愛でていたいところだけど…、ほら、もう時間がさ」
「…ああっ!」
私はとろけた頭が一気に覚めた。
時間を見ると、私が部屋にきてからもう30分はたっている。
「は、ハンジさん!
シャワー、シャワー!
さすがにその頭で会議はだめです!」
「うん、わかってるよ。
10分で浴びてくるから、なまえは食堂からご飯持ってきてくれるかな。
大丈夫、とっておいてもらうように頼んであるから」
「は、はいっ!」
それから本当に10分足らずでシャワーを浴びてきた彼女に服を着せてから、持ってきた朝食を食べてもらい、その間に私は彼女の髪を乾かした。
時間がないので彼女が食べ終わり次第、生乾きのままどうにか綺麗に髪をまとめあげ、必要な書類などを確認してから、ハンジさんに渡した。
「ハンジさん、間に合いますか」
「うん、大丈夫。
これから普通に向かえば間に合うよ、ありがとうね」
「いえ、これが仕事ですから…」
「君はできた部下だね。
じゃあ、いってくるよ」
「はい、いってらっしゃい。
ハンジさんが帰ってくるまで、あそこの書類、やっておきますね」
「ああ、ありがとう。
そうだ、なまえ。
ちょっと後ろむいてごらん」
「は、はい…?」
さっきがさっきなので少し警戒はしたが、今のハンジさんはもう仕事モードなので大丈夫だろうと思って、素直に後ろをむいた。
…が、それが間違いだった。
「っ、いったあ!!」
「あは」
「あは、じゃないですよ!
何するんですか、分隊長!!」
「何って…マーキング?」
「キスマークならもう二つもついてます!
かみ、噛み跡なんてつけなくったって…!!」
「なまえは私のものって印だよ。
じゃあ、そろそろ本当に行かないと。
それじゃあ、書類、よろしくね」
「は、はい…」
うなじを押さえながら怒鳴る私も気にせず、ハンジ分隊長は部屋を出ていった。
甘噛みなんてレベルじゃないほど強くうなじを噛まれた私は、何がなんだかよくわからないまま、とりあえず彼女のたまった書類を片付けようと、机にむかった。
…いや、その前に掃除をしようかな。
その後、ちょうど昼食時に帰ってきたハンジさんは私に無言で薄手のマフラーを巻き、「プレゼント」といった。
いきなりよくわからなかったが、プレゼントは素直に嬉しいので、お礼を言えば、腹減ったといって食堂に連れていかれた。
そこにはなんとリヴァイ兵長の隣に座るペトラの姿があって、思わず彼女にぐっと親指をたてた。
するとペトラも私の隣にいるハンジ分隊長を見やってから同じように親指をたててくれた。
そういえば、ペトラや兵長の周りにはオルオや、あとエルドにグンタがいる。
なんとなく珍しい組み合わせだな…と思いながら見ていると、いきなりハンジさんに肩をぐいっと抱き寄せられた。
気がつくと私たちはは食堂の真ん中にいて、みんなの注目を集めている。
居心地が悪くて、「あの、ハンジさん…?」と彼女を見上げると、いきなり唇を塞がれた。
「んぅっ!?」
「きゃあっ!」
少し遠くからペトラの何ともかわいい悲鳴が聞こえた。
いきなりのことに訳がわからず、とりあえず顔を離そうとするも、いつの間にか頭の後ろに回されていた手のせいで、頭が固定されて動けない。
しばらくそのままで、時折角度を変えて唇を啄んでくるハンジさんは、私を解放する気はないらしい。
恥ずかしいやら何やらでどうしていいかわからないまま、なんだかんだで触れ合った唇の熱さが心地よくて、もう溺れてしまおうか、なんて思ってしまった頃、静まり返った食堂に思わず竦み上がりたくなるような低い声が響いた。
「おいハンジ…、いい加減にしろ」
「んっ…ぷは。
あはは、ごめんよリヴァイ!
ちょっと見せつけてやろうと思ってキスしたら、思いの外良くってさ!
止まらなくなっちゃった!」
「分隊長…?」
「あは、そんな潤んだ目で見上げないでよ、なまえ。
またキスしちゃうよ」
「やめろ」
「リヴァイもそんなに怒らないでよ、仕方ないでしょ。
こんなにかわいい恋人なんだから、我慢してるだけでも褒めてほしいなあ」
「恋人!?」
ペトラが叫ぶ。
ああ、恥ずかしい。
そもそも私はまだ返事も何もしていないのだけれど…。
「よし、いいかいみんな!
なまえは今日から私の恋人だ!
まあ惚れるまではいいにしても、告白したり、ましてや手を出すなんてことは許さない!」
「は、ハンジさん…っ!」
周りがざわざわと騒ぎ出す。
当たり前だ、いきなりこんな宣言をして。
「あ、そうだ、もう一つ」
「ハンジさん、もうやめてください。
恥ずかしいです…」
「それはいくらかわいいなまえの頼みでも聞けないなあ。
いいかい、君たち。
もし、もし君たちの誰でも…リヴァイでも、ペトラでもだ。
ちょっとでもなまえのうなじに触れでもしたら……ソニーかビーンの餌だ」
いきなり真剣な顔をしたハンジさんに、みんな一気に静まり返った。
そのあと、なまえって巨人?なんて噂が少し出たりもしたけど、普段優しい分隊長の鋭い視線のお陰でそれはいつの間にか消えていた。
その代わり、話しかけはすれど巨人の餌になるまいとみんな私と距離をとるようになってしまった。
少し寂しいが、相変わらずペトラは仲良くしてくれるし、リヴァイ兵長も同情からか声をかけてくれるようになったし、何だかんだで大好きなハンジさんは今日も今日とて私の首に絡み付いているし…。
一応、幸せです…?