同棲中の彼女に仕事について聞いてみた
「ねえ、知ってて聞くけど、ハンジの職業って何」
「大学教授」
「だよね…」
「いきなり何?」
オムライスをスプーンでつつきながら、リビングで遅めの昼食。
もう付き合って二年以上だが、未だにお盛んな私たちは、次の日がお互い休みだとどうにも歯止めがきかずに夜更かししてしまうので、どうしたって起きるのはお昼過ぎで、昼食を食べるのが遅くなってしまう。
「一応聞くけど、その大学教授って、助教授とか、准教授とかとは、違うんだよね」
「そうだよ、本当に大学教授」
「…今さらだけど、本当にハンジってすごいんだね」
「好きなことしてただけだけどね」
「好きこそ物の上手なれ、とは言うけど、それでも才能ないと中々大学教授にはなれないよ」
「ねえ、褒めてくれるのは本当に嬉しいんだけど、今日はなまえどうしたの?」
ハンジが食べる手を止めて、こちらを見る。
「ん?いやね、私の大学時代の先生にこの前会ったんだけど、その人がやっと教授になれました!って喜んで報告してくれたんだよね。
私からすると、この人教授じゃなかったんだ、って感じだけど。
それで、色々聞いたんだけど、ストレートで上手くいっても、大体教授になれるのは、40代とかそこらだって聞いたから」
「ああ、よくわからないけど、そうらしいね…」
「そもそも、ハンジって何で教授になったの?」
「え?うーん、好きなことしてたら、いつの間にか与えてもらえたって感じ」
「そうじゃなくて、もっと詳しい経緯が知りたいの」
「ずいぶんと、気になるみたいだね」
「婚約者の過去を知りたいのは、普通でしょ。
もちろん、言いたくないならこれ以上聞かないけど」
「いや?別にそんなことはないよ。
ただ、話す機会がなかったから話さなかっただけで、あなたが聞きたいのなら、喜んで話すさ。
どこから話せばいい?」
「んー、じゃあ生物学に興味を持ったところから」
「じゃあ、随分遡らなきゃだな。
そうだな…最初から変なこと言って悪いんだけど、私は、何だか抑圧された子供だったんだよね」
「ごめん、わからない」
「だろうね。
上手く言えないけど、何か抑圧されていて、自由を求めるような子供だったんだ。
別に、ぐれたりしていたわけじゃないよ。
ただ、妙に世界が狭く感じていたというか、とにかく自由になりたかった、なぜかね。
前世に、何かにとらわれでもしてたのかな?」
「案外、あるかもよ。
なんか変な生命物体が人間滅ぼしかけて、生き残りとして戦ってたとか」
「嫌だな、それ」
「ハンジはきっと、その生命体の実験を担当してたんだろうね」
「本当にそんな世界があるなら、そうかもね。
まあ、とにかくそんな感じで、やりたいことがないわけじゃないし、子供なりに生き甲斐も見つけていたけど、何か負の感情を糧に戦ってるみたいな感じがあったんだ。
でも、ふと、生物の生態に、興味を持ったんだ」
「ずいぶん唐突だね…」
「うん。なんであの動物は大きな体を支えられるんだろうとか、そういう小さな疑問だったよ、最初は。
だけど、それが気になるとどんどん知りたくなって、止まらなくなった。
それで、大学に行って、ひたすら勉強と研究をしたんだ。
だけど物足りなくて、私の分野の第一人者が日本にいるって知って、一年でやったこともない日本語勉強して、留学したんだ」
「一年!?」
「そう、一年。独学」
「はあ…」
ハンジって、やっぱり天才かもしれない。
「それで、その教授に手伝ってもらって、こっちの大学院に入学したんだ。
研究は死ぬほど楽しかったけど、貧乏でさ、大変だったよ。
自分でバイトしてたから」
「そのとき、どんな生活をしていたの?」
「風呂なしのトイレ共同アパートに住んでた。
ご飯もまともに食べれなかったし、まともに寝てなかったから、大変だったなあ」
「…なんか、」
「ん?」
「生きててよかったね…」
「え?あはは!本当だよ」
「それで?」
「うん、私生活は崩壊してても、研究は順調で、あれよあれよという間に博士号とれちゃったんだよね。
そしたら、今の大学から直々に大学教授になりませんかって」
「……一回でいいから、ハンジが仕事でつまずいてくれないかな」
「ひどいな!私だってつまずいたことあるよ!
…でも、そうだな、学生時代は本当に、研究に関してだけは、順調も過ぎたよ。
私ね、初めて給料貰ってからしばらくたって、この部屋に引っ越して、初めてある程度まともな生活ってのを自力でしてみたとき、本当に燃え尽き症候群じゃないけど、私のなかで、いきなり空白と言うか、余裕というかが、生まれたんだ。
今まで研究に没頭してから、将来のことなんて一度も考えてなかった。
本当に、研究だけに冗談でなく命かけてきたから、他のこと考える余裕が、なかったんだと思う。
ほら、私生活ぼろぼろだったから。
バイトして、でも研究は人一倍、将来何で食べていけるかもわからない、最悪過労死しちゃうかも、なんて状態だったから。
だけど、引っ越して、ご飯きちんと食べて、たまにだけどお風呂も入って、ちゃんとしたベッドで寝てみたら、私来るとこまで来ちゃったな、って、思ったんだ。
もちろん、研究への熱が冷めたわけじゃないけど、研究で食べれるようになったことで、やっぱり私も安心したんだと思う。
これで食いっぱぐれたり、お金がなくて研究断念なんてことは、なくなるんだって。
それで、やっとカフェでコーヒーだって飲めるようになった。
金銭的にも、心の余裕的にもね」
「ふふ」
「あのとき、ぶつかったのがなまえでよかった」
「本当。たった410円で将来を誓い合う人と出会えたんだから、奇跡だよね」
「うん。タイミングも、最高だったんだと思う。
大学院時代は、私コーヒー奢り返すとか、できなかったもん、きっと」
「そうだね…」
「そんな柄じゃないけど、何気に私、シンデレラストーリー辿ってない?」
「え?シンデレラって、能力っていうより、人間的な良さを地位ある人に認められて上り詰めた感じだから、ハンジは違うんじゃない?
ハンジは、自分の力で自力で上り詰めたわけだし」
「それでも、私だって大学から与えられた仕事をしているだけだよ」
「お金は出すんで、趣味をめいっぱいしてくださいって?」
「そう」
「ならやっぱり、ハンジの実力だよ」
「ふふ、そんなことないけど…でも、ありがとうなまえ」
「どういたしまして」
「…シンデレラで思い出したんだけど、」
「何?」
「この前、ウェディングドレス見に行ったでしょ?」
「ハンジ、今さら着たくないとかなしだからね」
「そうじゃなくて…」
この前、ペトラや兵士長さまのコネを頼らせてもらって、何軒かのデザイナーさんの店を回らせてもらった。
二人が勧めてくれただけあり、デザイナーさんもものすごく感じのよい人で、一人は自身もレズビアンで、女性のパートナーがいる人もいた。
もちろんデザイン自体も良いものが多く、私もハンジくらいお金があれば、お抱えのデザイナーさんにでもなっていただきたいくらいだった。
「最初は私、タキシードでいいよって言ってたじゃない?
あれ、未だに嘘じゃない、タキシードもありだなって思ってる」
「それは、お色直しとかにしようよ」
「うん、そのつもり。
だけど、やっぱりね、こんな男みたいな見た目してても、仕事中毒で頭のなかも男みたいで、それでも、やっぱり、私も、…ドレス着たい」
「…そ、そんなの着ればいいじゃない。
当たり前だよ、女の子なんだから」
「女の子って年でもないけど」
「そりゃ、着たくない女の子もいるよ。
その子達を普通じゃないなんて言うつもりはないけど、でも、大抵の女の子は、どんなに男っぽくたって、着たがるんだから!ハンジは、女の子でしょ!」
「あんまり女の子、女の子、連発しないでよ。
恥ずかしいから…」
「だって…!う…」
「えっ!?なまえ!?何で泣くの!」
ほろほろと、思わず涙が溢れる。
「だって…」
「うん」
ハンジが私の頭を抱き寄せて、よしよしと撫でてくれる。
「よくね、言われるの。
友達に、なまえの彼氏は髪長いけどイケメンでいいねって。
違うの、っていいたいけど、限られた人にしかなるべく言いたくないから、彼女なの、とは言えなかった。
私、ハンジを男の代わりにしてるんじゃない。
今ここで、ハンジがいきなり男の人になっても、ハンジがハンジなら私愛せるよ。
でも、今のハンジは女の人だもん、それでもハンジがいいの」
何が言いたいのか、自分でもわからなくなる。
肩を震わせて、泣きながら紡ぐ私の言葉が、彼女にどこまで伝わっているだろう。
「大丈夫だって。
いくら好きだからって、私はなまえのすべてがわかるわけじゃないよ。
でも、なまえだってそうだ、私のすべてをわかってもらえるわけじゃない。
それでも、お互い、今のお互いが好きで好きでかけがえがないのは、一緒だから。
それでいいだろ?…って言っても、なまえが悩むんだろうから、これ以上何とも言えないけど」
「ごめんね…」
「いいよ。別に」
ハンジの撫でる手が心地いい。
「私は、自分でもかなり男っぽいというか、中性的だなって思うけど、別に男になりたいわけじゃない。
かといって、女であることにこだわりもない。
それでも、女の子を好きになっちゃったときは、さすがに迷ったけどね。
私ってもしかして心は男?って…そんなことはなかったけど。
ただ、それでも私は性癖的には攻めたい方だし、家のことより仕事のが得意だし、人から見れば、男にも見えるよ」
「…そのことでね、この前嫌なこと言われたの」
「そのこと?…どのこと?」
「仕事のこと。
どこから漏れたのか知らないけど、付き合ってる人が大学教授だって聞いた後輩が、聞いてきたの。
せっかく玉の輿なのに、何で仕事やめないんですか、って」
「あはは!典型的な専業主婦思考だ!」
「…確かに、ハンジの稼ぎに頼ってるところはある。
けど、別にそういうので結婚決めたわけじゃないのに…」
「わかってるって」
「仕事ね、やめた方がいいかなって思うこともある」
「何で?」
「その分、家事をもっとちゃんとやって、ハンジを支えようかなって」
「なまえがそれがいいと思うなら、任せるよ」
「ハンジは、どっちがいい?」
そろそろ涙も止まった。
顔をあげ、またそのままハンジに寄りかかった。
ハンジも寄りかかってくる。
「なまえが選んだなら、どっちでも」
「それはそうだけど、ハンジの独断なら、どっちなのか、参考にさせてよ」
「そうだな…私は、やめないでほしい」
「どうして?」
「私は、家をあけることが多いだろう?
なまえも大事だけど、仕事も大事だ。
私の生きる意味でもあるし、稼がなきゃ生きていけない。
だから、そりゃなまえが倒れたりしたら駆けつけるけど、いくらなまえが寂しいと言っても、常に傍にいてあげられるわけじゃない。
そのときに、日中なにもやることがないのは、つらいんじゃないのかな。
万が一仕事をやめるにしても、何かしら毎日、用事を持ってほしい。
バイトでも、習い事でもいい、何か外に出て、人と接する用事を。
その方が、私も安心して仕事ができる」
「そっか…」
彼女の腕に、ぎゅうっと抱きつく。
「ハンジ、大好き」
「私もだよ」
「ハンジじゃなきゃ嫌」
「うん」
「だから、傍にいてね」
「もちろん」
「私よりかわいい子がいても、浮気しちゃだめだよ」
「浮気したら、何してくれるの」
「ハンジがもう嫌ー、って言うまで、一晩中抱いてあげる」
「そりゃご褒美だ!」
「あれ、嫌じゃないの?」
「全然?」
「じゃあ、浮気したらもう口聞かない」
「それは勘弁!」
「じゃあしないでね」
「しろって言われても、なまえ以外は嫌だよ」
「相変わらず口が上手くて嫌になっちゃう」
「好きなんだろ?」
「そう調子にすぐ乗るところ、嫌い」
「だって本音だからさ」
「そういうこと言うからもてるんだよ」
「いいじゃないか、もてるのに、浮気もせず一途に自分だけを思い続ける嫁」
「本当、最高だよ」
「あはは、なまえも最高だよー!」
ハンジが、私の腕に甘えるようにぎゅうっと抱きついてくる。
かわいい、かわいいと彼女を撫でると、照れたように「やめろよ…」なんて言うから、もっともっと撫でてやった。