元々、ものすごく怪我をしやすいタイプだった。
しかも、流血系。
立体起動の訓練のときに、木にひっかけて腕を切るだとか、格闘術の時間に足を思い切り擦りむくとか。
あげくのはてに、座学の時間にまで、本で指を思いの外さっくりとやってしまい、血を流した。
そんな私は毎回包帯なり何なりをしていたので、よく怪我する子、という不名誉な称号のもと有名だった。
ところで、私の友人のうちの一人に、食い意地がすごいことで有名な子がいた。
それがサシャなのだが、彼女は、私が怪我をするたび毎回心配してくれて、それはとても嬉しかったのだが、…その、目がおかしい気がしていた。
うまく言えないのだが、ぞくっとして、嫌な予感がする。
そんな感じ。
別段仲良くない彼女に、私はわざわざそのことについて言うことはなかったが、それが何なのか、それを知るのがまさに今だった。
怪我ばかりしていたら友人が目覚めた
「なまえ!」
「痛っ…」
「大丈夫っ!?」
「だ、大丈夫…」
炊事中、間違って包丁で腕をざっくりいってしまった。
指でなく腕をどう切るんだ、というつっこみはなしにしてもらいたい。
要は手が滑って、あらぬところを切ってしまったのだ。
心配したクリスタが、私に近づいてくる。
止血しないと、と言いながら、ハンカチを持ってきて、私の腕に当ててくれる。
「おい、なまえ、何やってるんだ」
「ユミル…」
「ったく、ドジだな…。
ってクリスタ、それ気に入ってたハンカチだろ」
「いいの、なまえの血を止める方が先決だよ!」
「なまえ、それあとでちゃんと洗ってクリスタに返せよな」
「当たり前だよ」
「いいよ、なまえこのくらい!
それより、顔色が悪いよ、大丈夫!?」
切ったところが悪いのか、本当に血がどくどくと流れる。
クリスタの趣味のいいハンカチがもう真っ赤だ。
彼女と、ユミル以外にも周りにわらわらと人が集まってくる。
貧血だろうか、くらくらする。
こんなに早く症状が出るなんて、元々貧血気味なのか、血がそれだけ出ているのか、元々調子が悪かったのか、なんて、痛みをごまかすように考える。
「クリスタ、なまえを医務室に運ぶぞ」
「うん!」
そういって、ユミルが自分の肩に私の腕をかけさせた。
クリスタがこんなものでごめんね、と血まみれになったハンカチで切ったところを巻いてくれた。
そして二人に支えられながら、医務室に行き、手当てをしてもらった。
びっくりするほど深く切ったから、びっくりするほど血が流れたらしく、私は本格的に貧血を起こし、今日は安静に、ということで医務室のベッドで一夜を過ごすことになった。
「なまえ、ご飯できたら持っていくね」
「私のクリスタがそう言ってるんだぞ、感謝しろよ」
二人のそんな台詞を聞きながら、ずきずき痛い腕に耐えながら、ありがとう、と力なく言い、横になった。
「なまえ?入りますよー?」
「…サシャ?」
「はい、ご飯持ってきました!」
「クリスタと、ユミルは?」
「教官に仕事を頼まれていたので、私が代わりに!
さあ、どうぞ、失った血を取り戻してください!」
「…つまみ食いとか、してないよね?」
「してませんよ!!」
なんと医務室に食事を運んでくれたのはサシャだった。
パンも、スープも無事だ。
よかった、サシャならつまみ食いからの全食いもありえる。
サシャから食事を受け取り、くらくらしつつもお腹はすくので、私は健康体だな、なんて思いながらそれをぱくぱくと食べた。
サシャの物欲しそうな目線は無視しつつ、全て食べきる。
「ありがとう、サシャ」
「うう…、感謝してるなら、パンが欲しかったです…」
「それはだめ」
落ち込んだサシャが、食器を端に置いた。
「それ、包帯取り替えなくて、大丈夫なんですか?」
「え?…ああ」
包帯が真っ赤に染まっている。
さすがに止血はされただろうが、それまでに流れた血の量がすさまじいことがわかった。
「そうだね。取り替えようかな」
「なら、私手伝いますよ!」
「ありがとう、サシャ」
サシャが、ごくりと生唾を飲んだのに、私は気がつかなかった。
彼女に手伝ってもらい、包帯を解いていく。
血がべったりとついていてグロテスクだ。
外してみれば、血は止まっていて、安心をする。
ひとまずお礼を言おうと思い、サシャを見上げる。
「サシャ…?」
「っえ…」
「どうしたの、顔真っ青だよ?
ごめんね、もしかして嫌なもの見せちゃったかな…」
「い、いえ…違います!」
とりあえずまずは止血だと、血が流れる上から包帯を巻いたから、なかなかに気味悪い光景になっていると思う。
血まみれの包帯、血まみれ(だった)の腕、大きな傷口。
得意な人は誰もいないだろうが、サシャは特別苦手なのかもしれない。
そう思うと、申し訳なくなった。
「し、消毒しましょう!」
サシャが誤魔化すようにそう言って、消毒を探し出す。
私も、と言ったが、彼女がなまえは安静に!と言ってくれたので、そうすることにした。
ほどなくして、彼女が消毒と、新しい包帯を持ってきてくれた。
「さあ、消毒しましょう!
これくらいなら、素人がやっても平気なはずです!」
「そうだね。教官も、血が止まったら消毒しろって言ってたから、大丈夫だよ。
まず、水で流してくるね」
「手伝いますよ!」
サシャに寄り添ってもらいながら、腕についた血を流す。
自分で言うのも難だが、どうしてこうも自分で切ってここまでの大怪我ができるのだろう。
水に混じって流れ落ちる赤色を見ながら、ぼんやりと考える。
「っ、サシャ…?」
ふと、サシャを見る。
彼女が固まって、流れる水を眺めていた。
「っ!はいっ!?」
「サシャ…大丈夫?」
「は、はいぃ!大丈夫です!」
「なら、いいけど…」
サシャに支えられて、ベッドに戻って、包帯を巻き直してもらう。
「馬鹿だよね、自分でこんな切っちゃうとか」
「い、いえっ!そんなことないです…」
「あはは、ありがとうサシャ」
「いえ…」
「……?」
やっぱり、サシャの様子がおかしい。
顔が真っ青で、なんとなくもじもじしていて、居心地が悪そう。
「サシャ…?」
「はいっ!?」
「ねえ…さっきから、サシャの方が調子悪そうだよ。
私は大丈夫だから、サシャは早く部屋に戻って休んで」
「いえ!大丈夫です!失礼しますっ!」
サシャが思い切り頭を下げる。
そうして、彼女はそのまま部屋を出ていってしまった。
本当に、今日はどうしたんだろう。
サシャ、変な子だけど、ああいう挙動不審になるような子ではなかったと思う。
…そういえば、といた包帯を捨てなくては。
どこにいったんだろう。
「なまえ、なまえ…」
「クリスタ、なまえは」
「まだわからないよ、ユミル!」
「いや、こりゃだめだ…」
「そんなこと言わないで!」
私の死はあっけなかった。
立体起動の訓練中に、事故して出血多量。
かつて私が包丁で切ってしまった左腕がぶっ飛び、身体中骨折した。
運悪く超硬質ブレードが足に刺さった。
クリスタが泣いている。
ユミルも諦めたようなことを言っているけれど、本当は悲しんでくれているのが、今ならわかる。
壁外ならともかく、壁内の訓練中ということで、私の遺体はきちんと弔われた。
ただ、一つ、心残りなのは、私の左腕。
ふき飛んだ左腕だけは、みんながいくら探しても見つからなかった。
「サシャ…」
「クリスタ…?」
「あの…うまく言えないんだけど、すごく落ち込んでいるみたいだから…」
「おい、クリスタ。
こんなときに芋女の心配なんかしてるんじゃねえよ」
「でも…!」
「そうですよ…。
クリスタが、一番悲しんでいるはずです、なまえが…」
「……なまえ、優しくていい子だったのに」
「……」
左腕、どこに行っちゃったんだろう。