※クズ主
「おい…何してるんだ…?」
終わった。
浮気したら彼氏がプッツンした
「エ、レン…」
「なまえ、誰だ?そいつ…」
人影になる廊下で、いわゆる壁ドンの体勢で、他の男にキスされそうになっている、今。
エレンの大きな目に睨まれた彼が、さっと私から離れる。
別になんでもないんだ、な?なまえ、と、不自然なほど目をきょろきょろとさせながら慌てる彼に対し、エレンはじっと私たちを見つめていた。
「…じゃあ、俺はこれで」
「待てよ」
薄情にも(私の言えたことじゃないが)、私をおいてその場を離れようとする彼を、エレンの低い声が引き留める。
「そうだよ、てめえだよ間男」
かつ、かつ、とブーツが音を鳴らす。
じりじりと後退りする彼に、怖い顔のままエレンが近づく。
やがて、私の目の前を通りすぎて、エレンが彼の胸ぐらを掴んだ。
「てめえ…何、人の彼女に手出してんだよ!?あぁっ!?」
「やめ、エレンやめて、ごめんなさい… 」
「なまえ…?ああ、そうだよな、浮気なんざしておいて、だったら謝るのが普通だよな…。
でも今は黙ってろ…。
逃げたら承知しねえからな…!」
ひっ、と情けない声を出しながら、こくこくと必死で頷く。
「てめえ、なに考えてるんだよ、本当に…。
なまえが誰の彼女か、てめえ知ってんだろうが…っ!」
がん!とエレンが彼を殴る。
やめて、と言いそうになるけれど、エレンが怖くて、唇の隙間から出てきたのは乾いた息だけだった。
しばらくたって、彼のうめき声すら聞こえなくなる。
「エレン…もう死んじゃうよ…!」
「……なまえ、こっちこい」
がたがたと震えながら、壁を背に座り込んでしまった私に手をさしのべる。
「エレン…っ」
「早くしろよ」
「……っ!」
エレンの低い声があまりに恐ろしくて、恐る恐る手を伸ばす。
エレンが私の手を引っ張って立たせ、ぎゅっと握られる。
「行くぞ、なまえ」
「……」
行かない、とは言えなかった。
浮気したのも、ちょっとした出来事。
エレンが嫌いになったわけじゃない、むしろ好き。
でも鈍感で意外と奥手というか…純粋なお付き合いだったところに、ちょっと刺激が欲しかっただけ、それだけ。
「エレン…」
「なんだ?」
彼を置いて、エレンに手を引かれて外に出る。
「……ごめんなさい…!」
エレンの手を握ったまま、崩れ落ちる。
なんでエレンは今、こんなに冷静なんだろう。
「捨てないで、エレン…っ!
ごめんなさい、もう、しないから…」
「…ふーん」
「エレン…!」
エレンの淡白な反応を見て、悲しくなる。
わかっている、私が悪い。
だからこそ、言い訳ができない。
だから、私はこうやって惨めにすがるしかできない。
「……なまえ、別れたくないか?」
「別れたくない…!」
「じゃあ、なんであんな男に手出したんだ…?」
「ごめんなさい…っ!」
「ごめんなさい、じゃねえよ。
何でなのか、俺は聞いてるんだ。
答えられるだろ…?」
な?
エレンがしゃがみこんで私の肩に手を置き、目を合わせてくる。
その目があまりに優しいから、声とのギャップにただただ驚く。
「…寂し、くて」
「俺、いつも一緒にいてやっただろ?」
「だけど…ミカサやアルミンもいて、二人っきりに…その…、ごめんなさいっ!」
「ふーん…。要するに、二人っきりになりたかったのか?」
「う、うん…」
「それで?俺と二人になりたかったのに、何で他の男に手出すんだよ」
「…代わりに、」
「代わり?」
「声、かけられて…、もしかしたら、エレンの、代わりに、彼が、色々、…その、してくれるかも、って……」
「ふーん…そっか」
がっと胸ぐらを捕まれる。
「んっ!?」
エレンが乱暴に唇を合わせてくる。
思わず頭を引くと、彼が私の後頭部に手を回してくる。
「あんま上手くできねえな」
「、っは…」
顔が離れて、ぽつりとエレンが呟く。
「したかったなら、言えばもうちょっとちゃんと、してやったのにな?」
エレンに頭を優しく撫でられる。
「まあ、お前馬鹿だから、そういうのわかんねえか…」
「エレン…?」
「はは、泣いてんじゃねえよ…」
言われて気がつく。
涙がぽろぽろ流れて、わけがわからなくなる。
「捨てねえよ」
「えっ?」
「だから、俺はお前を捨てない」
「なん、で…私、ひどいこと…」
「本当だよな。
だけど、お前は馬鹿だから、ちゃんと判断できなかったんだろ?」
「……」
「俺がちゃんとお前のこと見とかなかったのが、悪かったな。
大丈夫だ、お前にまた手出したりするやつがいたら、俺がきちんと排除してやる。
だから安心しろ……全部、俺が、」
「エレン…」
「……帰るぞ」
「うん…」
あの日から、エレンが変わった。
男の人が、私に話しかけたり、触ったりするだけで、怒るのだ。
特に、男の人に。
だから、私に男友達はいなくなってしまった。
「エレン…」
「何だ、なまえ」
エレンが優しい目で私の頭を撫でる。
「…なんでも、ない」
私には、優しい。
私にも、あんまり男としゃべるなよ、とかは言ってくるけれど、あくまで私には優しい。
だから、怖い。
「エレンは…」
「アルミン……」
私が唯一、話しても怒られない男の子。
「君は馬鹿だから、仕方ないっていうんだ」
「うん…」
「でも、僕は、そうは思わないよ」
「…うん」
「エレンは、僕の大事な幼馴染みで、」
「……」
「だから、僕は、君を許せない」
「うん……」
「けれど、エレンがそう思って、」
「……」
「君を、許せているなら、」
「…っ」
「君は、エレンの傍に、いるべきだ」
「…わかってる」
「……」
「私は、離れない、から」
「……そう」
私は、エレンの傍にいたい。