ハンジさんに、好感を覚えたことは一度もなかった。

この際認めるが、女性でありながら私にこんなことをするなんて、という差別心がまず一つ。

というか、自分が対象になった、というその事実が大きかったんだと思う。

次に、単純にこの人は拉致監禁をする人なんだ、ということ。

彼女は犯罪者だ、好意を抱くわけがない。

ましては自分は直接の被害者なのだから。

でも、彼女に本当に気では反抗したことはなかった。

不思議だったけど、結局私は彼女が怖かったんだろう。

それでも、こんなことを言われたら怒らざるを得なかった。






6.反抗する







「なまえ、リヴァイって知ってる?」

きっかけはこの一言だった。

「…聞いた、ことは」

「リヴァイ兵長、ほら、人類最強」

「……知ってます」

「あはは、やっぱさすがにリヴァイは知ってるんだあ、有名だもんね」

「みたい、ですね」

人類最強、さすがに有名で、私も知っていた。

だから、なんだという話なのだが。

「じゃあ、エルヴィンは?」

「エルヴィンさん?」

「調査兵団団長の」

「…ああ、一度、お会いしたことが」

「え、嘘。聞いたことないよ!」

ハンジさんが心底驚いたような顔をする。

「別に…、お会いしたといっても、パーティーのときに一言、お話しただけです」

「あれ、なまえ程度でもパーティーとか出ることあるんだ」

…どうしてこうも、この人はこういう嫌みな言い方をするんだろう。

私程度、なんて。

「あはは、怒らないでよ。
君の程度が低いって言ったわけじゃないから」

顔に出ていたのか、そんなふうに見透かされたように言われる。

なんとなく、顔を伏せた。

「パーティー自体は、よくありますよ。
仮にも貴族ですし、…そもそも、ちょっとしたパーティーくらいなら友人同士で開くでしょう」

「…ふーん?」

ハンジさんの顔が少し不機嫌そうになる。

「ま、まあ、そういう偉い人にお会いするようなパーティーは、ほとんどないですよ…。
ああいうのは、ちょっとしたおこぼれで参加できただけっていうか…」

「…ふふっ」

ハンジさんが笑った。

「ごめんね、別に怒ったわけじゃないんだ。
ただ、君がまるで本当に貴族の女の子みたいなことを言うから、ちょっと気に障っただけ」

…気に障った、って、怒ったってことじゃないのだろうか。

そんなことも思ったが、もちろん言わないでおく。

……前々から思っていたが、彼女は貴族が嫌いなのだろうか。

「君は貴族は貴族でも没落貴族なのにね」

「…っ」

むかっとしたのが自分でわかった。

「やっぱり嫌?そういうふうに言われたら」

「……」

「なまえ、返事」

「い、嫌です…」

「おかしいな、なまえは、地位には興味がないんじゃなかったっけ?」

「……」

「…返事」

「…ない、ですけど」

「なら、いいじゃない、没落貴族」

「…それでも、そういうこと…言わないでください」

「金もなく、一応の地位しかない家」

「……」

「仕事のうまくいかない父親」

「、やめて、そんなことない」

「家のことしかできない母親」

「違う!」

「それでも、君は家族を大事だと言ったね。
でも、彼らにとって君はそうじゃなかったようだ」

「そんなことない!」

私は叫んだ。

そんなわけない、お父さんもお母さんも私を愛してくれてる、娘だもの。

「じゃあ、何で助けにこないの?」

「…そんなの、あなたが何かしてるんでしょ」

「いや?さすがに私にそんな権力はないよ。
だって君たち貴族、なんだもんね?」

「……」

じゃあ、何で助けにこないの。

「私の姿、ばっちりみんな見ただろうにね?」

「…調査兵なんて、いっぱいいます」

「私、特徴的だと思うよー?
名前だって名乗っちゃったしね?」

「、でも!同じ名前の人だって!」

「いないね。
いたとしても、確実に私の方が役職が上だ。
ハンジ・ゾエと聞いたら、まず私が最初に思い浮かべられるだろうね」

「でも、それでも…!

「なまえ」

ぴしゃり、と、名前を呼ばれる。

いきなりぶわっと涙が溢れてきた。

違う、まさか助けにこないなんて、あり得ない。

「かわいそうにね、なまえ」

泣き出した私をハンジさんが抱き締めようとしてくる。

普段なら怒られるのが怖くてできないのに、このときばかりはそれを突き返した。

ハンジさんがふう、と息を吐く。

「…もう、君は人間じゃないのに」

「えっ!?」

「もう、君は人間じゃなくて、私のモノなんだよ。
私の大事な愛するお人形さん」

「違う…っ!」

「見た目は人間そっくりさ、何より心があるし、意志疎通が可能だ。
まるで人間のようだから、ついつい人間扱いしてしまう」

「人間です!!」

「私のかわいいお人形さん、君の愛するお父さんとお母さんは、君を探しちゃいない」

「そんなことないっ!」

「だって君は売られたんだよ」

「っ、まさか…!」

「かわいそうにね、本当にだよ。
お金を積んだら、君をくれるって」

「そんなの嘘!」

「信じたくない気持ちはわかるけど、まあ、元々娘を男と結婚させて、厄介払い兼金稼ぎをしようとしていた親じゃない」

「ち、違…あの婚約は、そんなんじゃ…!」

「そうなんだよ、そもそも貴族とか王族なんて、昔からそうだったじゃないか。
女は他家に捧げて、子を生ませるもの」

「違う…私は違う」

「違わない、君はまさに他家に捧げられるところだったんだよ。
そして世継ぎを生めば、君の両親は没落貴族から、中流貴族の親戚だ。
地位も手に入る、そもそも娘を嫁に出すなら、何かしらの形で金も手に入るんだろう?
入らなくったって、家で小さく座っているか、子を生むかしか能のない女を厄介払いできる」

「、あなたも女性でしょう…!?」

「それで?」

「なら、女性を子を産む道具みたいに、言わないでください…」

「まさか、全員がそうなわけじゃない。
道具に成り下がったのは君自身じゃないか。
…まあ、でも、道具と言ってしまえば、きっと私だって調査兵団の道具と言えてしまうんだろうね。
それでも私は、自分で命の使い方を選んだよ。
調査兵団に入るというのがどういうことかわかって、心臓を捧げたんだ。
別に、貴族や王族の女性たちを全員責めたいわけじゃない、そもそも責める気がない。
彼女たちが政略結婚という手段において自ら生け贄のようになり、自分の家のために働いたなら、それは崇高なことだ、尊敬するよ。
だけど君はどうなんだ、私は両親に愛されてる、だから私は道具じゃない、必ず助けてもらえるって?
愛してたって売られるときは売られるんだよ」

「違う…っ」

「何が、違うの?」

「私は…売られて、なんか……っ!」

ぼろぼろ流れていた涙がさらにぶわっとこぼれ落ちてきた。

まさかそんなわけない、こんなところにずっといるから彼女の言葉に惑わされているだけ、希望を持て私、違うの、違う…。

「なまえ」

ハンジさんにぎゅっと抱き締められる。

今度は拒めなかった。

「かわいそうにね」

「…っ」

「堕ちちゃえば、優しくしてあげられるのに」

だめ、ぼだされるな、この人はおかしい人なんだ。

「ちゃんと私は傍にいてあげるのにね」

そんなわけない、違う。

「…なまえ、愛してるんだよ。わかって」

「……」

わからない、わかってたまるか。

えぐえぐと涙を流しながら、彼女の言葉を片っ端から頭のなかではねていく。

「…ずいぶんと泣いたね。
顔洗うついでに、お風呂入る?
なまえは、そろそろ入りたいでしょ?」

頷くか、頷くまいか迷った。

それは、彼女と一緒に入ることが条件だから。

だが、首輪やら何やらも外してほしいし、単純に身体を綺麗にしたい。

少し悩んでから、私は首を縦に振った。

「そう、わかった」

そう言ったハンジさんが、私の首輪を外した。




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