※クラスでいじめられてるけどあんまり気にしてない中三ハンジさんと新任教師主
※女子中、not巨人中学校
※ナナバさんは女性




大人すぎる生徒を気にかけていたら唇奪われた




夢だった中学校の教師。

初の担任だし、女子中学だったし、夢だったとはいえ中学生という微妙な年頃の子たちが相手だし、いきなり受験生だし、もう不安で仕方なかったけれど、思っていたより、私の教師生活は好スタートを切った。

正直みんな生意気でムカつくこともあったが、年の近い同性の教師ということで親しみやすかったのか、仲良くしてくれていて私も嬉しい限りだ。

クラスも雰囲気もいいし、順調だな、と思いながら迎えた二学期。

最初はいつも通りに思えていたのだが、残暑が続くなか、私はある違和感に気がついた。

ハンジ・ゾエさん、という生徒。

彼女のこと自体は、教師としてこの学校に来たその日から知っていた。

何って変人として有名だったのだ。

元々成績優秀なのもあるが、特に理科、さらに生物分野についての知識が入学当初から飛び抜けていて、今では高校、大学レベルの問題に手を出しているような子だった。

一部では天才少女としてもてはやされているらしいから、彼女がいるクラスを自分が担当すると聞いたとき、一体どんな子が来るのかと思えば、もちろん何もかも一般的、とはいえない見た目ではあったのだが、でも、別に言うほど突飛な子ではなかった。

ただ、髪がぼさぼさで、スカート丈も校則通り、ただこの年にして中性的な美しさを持っていて、背も高い、でもその程度。

まあどこにでもいる、ちょっと目立つ子、くらいな印象だった。

授業中も、彼女はある程度真面目に聞いてくれて、休み時間も一人でいることは多いが、別に自分が殻に閉じ籠っている、というよりは気の合う友人がいないだけ、という感じ。

理科の授業中もさぞ騒がしいかと思えば、そんなこともないらしく、ただ授業内にレポートを書かせると、とんでもなく正確な答えを、プリントの裏にまでびっしり書いてくるとか…、確かにその点においては明らかに普通ではないのだが、そこさえ目をつむれば、私にはちょっと変わった子くらいにしか思えなかった。

と、いうことで、私は彼女を気にしつつも、そんなに心配はしていなかったのだ。

が、二学期になって、どうにも私は彼女がいじめられているような気がしてならなかった。

彼女は、一人が多かったが、どちらかというと積極的に周りに話しかけていたし、変わった子ではあったが、別に嫌がられるタイプではないと思っていた。

それに、私は彼女が後輩に告白される現場さえ目撃してしまったこともあったのだ。

中性的な彼女だから、女子中だしそういう目で見られることもあっただろう。

でも、だからこそ浮いていると思われはしても、嫌われるような子じゃないと思っていたのだ。

そのいじめというのが、例えば無視や仲間外れといったそういう類いのもの。

あるとき、グループワークみたいなので、近くの人と四、五人組を組ませたことがある。

大体、こういうとき彼女は近くで組まれたグループに声をかけて、いれてもらっていたのだけれど、そのときは彼女を挟んだ二つのグループ、どちらに声をかけても決して彼女を入れようとはしなかった。

いい子だと思っていた子たちの行動としては信じられなかったけれど、とりあえず助けようと立ち上がったとき、彼女が言った一言が、私は忘れられない。

「どっちかが私をいれてくれないと、困っちゃうんだけどな」

何てことない台詞、でもジャケットのポケットに手を突っ込んで、言葉通り困ったような笑みを浮かべてそういう彼女が、私は大人びてるとかそういうのじゃなくて、まさに"大人"に見えたのだ。

これは、このいじめに関する違和感と同時に、彼女に覚えた違和感。

彼女はまるで、どうしようもない意地悪をしてくる中学生に仕方なく対応する大人だったのだ。

その後もあからさまにそんなことが続くので、私はあるとき私の周りに集まってきゃいきゃいと騒いでいた生徒たちに、彼女のことを聞いてみたりもしたが、彼女たちはハンジ・ゾエという生徒の悪口を次々と言ってくるだけで、収穫はなかった。

さすがにどう対応すべきか迷って、しかしもうここはハンジさんに直接聞いた方が早いだろうと思い、彼女を呼び出してみたのだ。

「ねえ、ハンジさん、放課後空いてるかな」

「空いてますよ、何かお手伝いすることでもありますか?」

「あー、うん。ちょっとそんな感じ」

そう話していると、後ろから女子生徒が一人抱きついてきた。

「先生ー、何かやることあるならうちらが手伝うよ!」

「あー、ありがとうね。
でも、理科室に関係することだから

「えー、なんでなまえ先生がやるの?」

「ちょっとお願いされちゃって」

「あのハゲのお願いなんて断ればいいじゃん!」

「だーめ」

そういって抱きついてきた生徒や、周りに集まってきた生徒たちを引き離す。

「じゃあ、放課後理科室にいればいいですか?」

「あ、うん、よろしくね」

「はい」

そういって笑顔で教室を出ていってしまったハンジさんの背中を見ながら、なんとなく、放課後何から話すべきかと緊張してしまった。



「お疲れ様です」

理科室に行くと、ハンジさんはすでにそこにいて、何やら難しそうな本を読んでいた。

たぶん、もう私にはまるでわからないレベルだろうな、なんて思って悲しくなる。

「で、お話はなんですか」

「え?」

「私と話したかったんでしょう?」

彼女の女性にしては低い声でそう言われ、なぜかどき、とする。

いや、これは考えが言い当てられたからどきっとしただけだ、なんて誰に言うでもなく言い訳する。

とりあえず彼女が座る椅子の横に座って、こう切り出す。

「う、うん…。
単刀直入に聞くね、ハンジさん、クラスのみんなにいじめられてない?」

「ああ、嫌がらせみたいなのは受けますよ」

「…やっぱり」

「でも、先生が気にするほどでもないですよ。
ああ、でも二人組作らなきゃなときとか、うちは偶数クラスなのに頑なに三人組を作ろうとする子たちがいるときとかは、助けてほしいかな。
さすがにあれは、私も困りますから」

" どっちかが私をいれてくれないと、困っちゃうんだけどな"…。

あのときのセリフを思い出す。

「…そう、だよね。
私も、ああいうのはやめるように言ってるんだけど…」

「先生が気にすることじゃないんですってば」

「でも…っ!ハンジさんは、私の生徒だよ」

「ありがとうございます」

「……」

言葉に詰まる。

「え、えっと、ハンジさん…友達っている?」

「え?いますよ。他校だけど友達というか、腐れ縁とか」

「どんな子?」

「人類最強とヅラ、あと匂いフェチとモブ顔」

「…ん?」

「ふ、っはは!
すげえ意味わかんねえって顔してるよ!」

あはははは!といきなりハンジさんが爆笑しだした。

見たことも想像したこともない光景に、思わず目を見開く。

「あっはは、ヅラとか言ったのバレたらまた怒るんだろうなあああ…っ!
地毛なのはわかってるんだけどさ…っぶ、はは!」

「…え、ええと?」

状況が、わからない。

…けれど、たぶん、今言った彼らは、彼女にとっては本当に仲が良い存在なのだろう、と推測した。

「あ、じゃあこの学校には、友達いる?」

「えっ?ふふっ!
ああ、えっとまあ、普通にいますよ。
ナナバとか、ペトラとか…あとミカサとかクリスタとかも割りと話すかな」

「う、うん…」

…意外と、彼女は交遊関係に問題はないんだな、というのが正直な感想だった。

私は、彼女が割りと話すという生徒たちと、彼女が話しているところをろくに見たことがない。

それだけ、私は彼女に無関心だったんだな、と反省した。

「そっか、ごめんね。
クラスにはあまり友達がいないように見えたから、気になっちゃったんだ」

「構わないですよ、それが仕事なんですから。
実際、友達と呼べるほど親しい子はいませんし」

「やっぱり、ハンジさんはすごく大人だし、みんなとは話合わない?」

「え?ああ…まあ、合わないですね。
彼女たちの話す内容は、私にはちょっと、難しすぎるかな」

「えっ、むしろハンジさんの方がいつも難しいこと考えてるんじゃないかな」

「そんなことないですよ。
みんな、やれ今年は何色が流行るとか、どこどこのグループの誰々がかっこいいとか、一見単純に見えて、彼女たちはそれを本気で考えているんだから、すごいですよ。
さすがにクラスにも友達はいた方が楽だから、色々見てみたけど、付け焼き刃じゃ全く歯が立ちませんね」

…そういうのを、馬鹿とか言って馬鹿にするタイプでもないんだな、と思った。

よく考えたらそんなの当たり前なのかもしれない。

彼女は何かを見下したりするタイプには、到底見えなかった。

「そうなんだ…。
ハンジさんは、服とか、恋とか、興味ないの?」

「なくはないですよ。
ただ、服とよりは、その中身の方が興味ありますね」

「…人体ってこと?」

「…まあ、そうですね」

さすが理系女子は言うことが違うなあ、なんて頭の片隅でぼんやり考える。

「あ、これは私の個人的な興味だから、答えたくなかったら答えなくていいんだけど、ハンジさんって彼氏とかいるの?」

「いません。そういう興味はないから」

「そ、そっか」

「先生は?」

「え?」

「先生は、いないの?…恋人」

…少し、安心をした。

この子も、ちゃんと年相応に、こういうことに興味があるんだ、と。

「いないよ、募集中」

「…へえ?」

彼女の笑みがなんとなく挑戦的で、一瞬目をそらす。

「私、自分が嫌がらせを受ける理由、知ってるよ」

「…え?」

「なんだと思う?」

「え…ええと…」

迷う。

当たり前だ、何となく変わっているからかな、とか色々考えるが、どう口にしていいのかがわからない。

「噂、聞いたことない?私がレズビアンだって」

「…えっ!?」

「あながち嘘じゃないよ。
でも、あんなに排他的にならなくてもいいのに」

ね?そう言って彼女が笑って、どうしたらいいかわからない。

「わざわざ言うことじゃないし、黙ってたんだけど、やっぱりみんな普通じゃないものには敏感だね、よくわかるもんだ。
……ねえ、先生」

「な、何」

「なまえ先生は私のこと、受け入れてくれるよね?」

「え、も、もちろん…大事な生徒だから」

「そう。ありがとう」

「え…んんっ!?」

…キスされた。

「ん、…ふふ、あっはは!」

「え、え、っ!?」

「あはは、ずっごい間抜け面してるね!」

「はっ!?」

がたん、と音を立てて立ち上がる。

椅子が倒れるのも気にせず後ずさった。

「逃げないでよ、大事な生徒でしょ?」

「え…っ!?」

本当は、はっきり大人をからかうな!と言えたらいいんだろうけど、いきなりのことに未だにびっくりしていていえない。

「付き合って、なんて言わないよ。
でも、生徒が大好きな先生にアピールしたって、何も悪くないよね?」

彼女が一歩一歩と詰め寄ってくる。

「何…?」

「先生はませたガキをあしらえばいいだけ、簡単でしょ」

「そういう問題じゃ……」

「だって先生は、私のこと受け入れてくれるもんね?」

「それは、そう、だけど…」

「それとも」

背中に壁が当たる。

「もう一回、キスする?」

「……っ!」

顔が真っ赤になるのを感じた。

彼女を押し退けるようにして、私はこの場から逃げ出した。

「……なまえ、かーわいい」

背中からこんな声が聞こえてきて、赤くなった顔がさらに赤くなった。



……相手は中学生、しかも女の子。

なにどきどきしてるんだろう、いやきっと怖かったんだ。

…いやいや、逆に生徒相手に教師が怖がるってどうなんだ。

家に逃げるように帰って、ご飯食べて、お風呂入って、寝る。

その間にも彼女のことが頭を離れなくて、とうとう朝学校に行くまで忘れられなかった。

ホームルーム前、早めに教室に行くと次々生徒たちが挨拶をしてくれる。

段々、なんとなく教師として普通にまた振る舞えるかな、なんて思ってきたとき、ふと背に気配を感じる。

「先生、おはよう」

「は、ハンジさん…」

「どうしたの、挙動不審になって。
まさか昨日のこと、気にしてるの?」

「そんなんじゃっ!」

「ふふ、はーい」

くすくすと笑いを堪えながら席につく。

みんなが私たちを少し不審げに見てるのも気にならないくらい、心臓がばくばくいっていた。

決して落ちたわけではない。……はず。




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