私、名前はなまえと言います。
職業は、…娼婦というか、なんというか。
両親は、五年前巨人か攻めてきたときに、目の前で食べられてしまいました。
しばらくは悲しみに臥していた私ですが、いつまでも食料の配給があるわけでも、まして誰かが私を助けてくれるわけでもありません。
安定した職、と思い兵士にも志願しましたが、運動神経の悪すぎる私は、最初の適性審査で開拓地送りを命じられました。
しかし、力もなく要領も悪い私は、開拓地でも使い物にはならず、いく宛もなく怪しい地下街や路地裏をふらふらとしては、落ちていたゴミを食べたりして食いつないでいたのです。
どこか雇ってくれるところはないか、探しはしましたがどこもだめでした。
そんなことをしているうちに、あるおじさんが私に声をかけてきました。
お金をあげるから、一晩どうだ、というのです。
普段の私なら、絶対断るのですが、あまりにお腹すいたのと、その金額に、私は頷いてしまったのです。
その夜のことはよく覚えていません。
ただ、ひたすら痛くて悲しかったことだけを覚えています。
ですが私は学びました、あの一時さえ耐えれば、これだけの大金がもらえるのだと、生きていくことができるのだと。
それから、私は娼婦、という職に身を落としたのです。
決して好きではない行為を、お金のために繰り返し、いつしかそれに慣れてきてしまった頃です。
ある、とてもかっこいいお兄さんに声をかけられました。
「おい、お前名前は何だ」
とても綺麗な身なりをしています。
軍服を着ているので、兵士の方のようです。
なぜ私のような汚ならしい娼婦のところに彼のような方が来るのでしょう。
きっと彼ならお金なんて払わなくても女なんていくらでも寄ってくるでしょうし、買うならもっときちんとした高級娼婦を買うことができるはずです。
そう、だって彼は人類の希望である、リヴァイ兵士長様なのですから。
「おい、この耳は飾りか」
「い、痛いです…」
「聞こえてんじゃねえか」
ぐいぐいと耳を引っ張られます。痛いです。
「名は」
「なまえ、です」
「ほう…。
なまえよ、お前は一晩いくらであの汚ぇ男どもに股開いてたんだ」
「…ええと」
言い方が気になりはしましたが、どんな人でも(例え私の身の程に合わないほど素晴らしい方でもです)、お金をくれさえすれば私のお客様です。
私は大体の相場を…いえ、相場より少し高めを言いました。
兵士長様があからさまに嫌そうな顔をしました。
きっと私のような汚ならしい娼婦なら、もっと安値で買えると思ったのでしょう。
「チッ…随分安売りしてんじゃねえか」
「…?」
よく意味がわかりませんでした。
しかし、目をぱちくりさせていた私にとって、もっとよくわからないことが起きました。
兵士長様が、私の目の前に一晩分とは言えないほどの大金を差し出してきたのです。
「え…あの、一回でこんなにいただけません…」
「あ?誰も一晩なんて言ってねえだろうが」
…何度もお相手しろということでしょうか。
それはそれでつらいですが、それにしても大金です。
「一ヶ月分だ、そんなもんだろ」
「…えっ!?」
驚きました、一ヶ月分!
「ええと…私」
「……来るのか、来ないのか」
「…行きます」
このとき、大金に目がくらんで着いていってしまった私を、今はぶん殴ってやりたいです。
人類最強にかわれて躾られた
兵士長様の部屋に連れてこられて、私はまずさらにもう二ヶ月分としてさらに大金を受けとりました。
とりあえず三ヶ月分は前払い、その後は随時払うので、ずっとここにいろ、衣食住は保証する、という彼の言葉に私は喜んで頷きました。
そのときの私もぶん殴りたいです。
「…おい、ここは掃除したのか」
「……はい」
「なってねえ」
「ひっ!」
今、私はリヴァイ様のお部屋をお掃除していたところです。
窓の汚れを見て、なってないと容赦なく蹴られます。
ええ、本当に容赦なく。
「チッ、テメェは本当に使えねえな」
「申し訳ありません…」
なら他の子を雇えばいいじゃない!とは思いますが、ここは素直に謝っておきます。
そんなこと言ったらそれこそぼっこぼこです。
リヴァイ様に買われて以来、私がやっているのは主にお部屋のお掃除です。
他に、料理を作らされたり、お洗濯をさせられたり…娼婦としてのお仕事より、掃除婦さんとしてのお仕事の方が多いのが実情です。
いつもは私が謝れば、そこで舌打ちされて終わりなのですが、今日は違うようです。
「本当にお前はどうしようもねえな」
「すみません…」
「申し訳ありません、だろうが」
「うっ!」
また容赦ない蹴りを入れられます。
倒れ込んで痛みに悶える私に気を使うわけでもなく、彼は何度も何度も蹴ってきました。
「何度も躾てやってるのに、一向に仕事を覚えねえな。テメェのここは空っぽか」
そう言って彼は私の頭を踏んできました。
彼は私が泣くと目障りだと言って蹴るので、私はいつもどんなに痛くても泣かないよう努めるのですが、今日に限っては無理でした。
あまりに屈辱的で、涙が溢れてしまったのです。
「おい、泣いてんじゃねえ。床が汚れるだろうが」
「うう…」
頑張って涙を堪えようとしますが、私の意思とは逆に、涙はぼろぼろと流れてきます。
「チッ…」
舌打ちしたリヴァイ様は、私の髪の毛をがしっと掴み、首を上げさせました。
びっくりして一瞬涙が止まります。
痛いですが、痛いと言ったらきっと殴られます。
「おいなまえよ、どうしてお前はやれと言ったことができない。
俺はお前に無理なんざ言ってねえだろうが。
そんなに俺が嫌いか」
鋭い眼光で睨まれ、どうしたらいいかわからなくなります。
「答えろ、なまえ」
頭を乱暴に揺すられ、私はまた涙を溢しそうになりますが、我慢をします。
しばらく黙ってみましたが、リヴァイ様は何も言いません。
きっと、私が答えるまで、彼はこのままいるつもりなのでしょう。
どうせ、私がこのままだんまりを決め込んでも、正直に答えても、私はどっちにしろ殴るか蹴るかされるのです。
なら、言いたいことを言った方がいいに決まっている。
そう自分に言い聞かせて、震える唇を開きました。
「無理、なんです」
「あ?」
「私、できないんです。
リヴァイ様の求めること、何もできません」
「ほう…。
俺に命令されたことは、意地でもできないと?
こんな馬鹿にでもできることを…」
「違う!!」
いきなり怒鳴った私を見て、彼が驚いたように目を見開きました。
髪を掴む手が離れて、私はそのまま床に崩れ落ちます。
涙もぼろぼろと流れました。
「誰にでもできることじゃない、違うんです…」
「……言ってみろ」
「家事がそつなくこなせるなら私、娼婦になんてなりません…。
何もできなくて、もちろん男の人のお相手だって下手だけど、それでも女なら買ってくれる人がいるから、こんな仕事してたんです。
何にもできません…全然できないんです…っ!」
えぐえぐと泣きながら私は床に突っ伏しました。
きっと踏むか蹴るかされます。
私は覚悟を決めましたが、いつまでたっても衝撃は襲ってきません。
不思議に思って見上げると、リヴァイ様は無表情で私を見下していました。
「これは持論だが…これくらいできないようじゃ、俺は人間とは呼べねえと思う」
「……」
「だんまりか、なまえ」
リヴァイ様が私を抱き起こしてくださいました。
こんなふうに扱われたことはないので、どうしていいか戸惑います。
床にへたりこむように座った私を、たったままのリヴァイ様が見下します。
「なまえよ、お前は自分をちゃんとした人間だと思っているか」
私は答えられません。
だってそうでしょう、私は先ほど、暗に"お前は人間じゃない"と言われているのです。
しかも、ちゃんとした、なんて言葉までついています。
そんななかで、人間ですとは言えませんでした、だって口答えになってしまいます。
でも、思っていないとも言えなかったのです。
ふう、とリヴァイ様がため息をつきました。
今度こそ蹴られるのかと竦み上がりますが、リヴァイ様の口から出た言葉はこのようなものでした。
「なまえ、俺はお前を人間以下だと思う。
……が、テメェがそうじゃねえというなら、そうなんだろう。
それなら、俺はお前を人間だとして、何にもできねえ馬鹿でクズのお前に教訓を与えてやる。
それとも、お前が自分は人間以下だと自分でも思っているのなら、俺はお前をまともな人間になれるよう、教育してやる。
お前は、どっちがいい」
……究極の選択でした。
つまり、人間として扱われる代わりに、無理な要求されて暴力を振るわれるか、人間として扱われない代わりに、身の程に合った扱いをしてもらうか、どちらか選べというのです。
どちらも嫌でした。
でも、リヴァイ様はどっちだ、と再度聞いてきます。
私は腹をくくりました。
「私は……」
「……」
「人間じゃ、ないです…」
「…ほう」
涙がこぼれ落ちて、床に落ちますが、リヴァイ様はいつものように暴力は振るいませんでした。
「なまえ」
「はい…」
「今まで悪かったな」
「え…?」
リヴァイ様がしゃがんで、私の頭を撫でました。
「できねえことをやれと言われて、つらかっただろう」
「……っ!」
私は今、人間扱いされているわけではありません。
要は、犬に対して、今まで人間扱いして悪かった、と言っているも同じなのです。
それでも、彼の撫でる手が優しくて、さらに泣いてしまいました。
「ほら、泣くな」
「う、うぇ…っ」
リヴァイ様がため息をついて、服の袖で私の涙を乱暴に拭われました。
「涙を自分でコントロールできねえようじゃ、人間への道のりは遠いな……」
彼はそう呟いて、私を抱き締めてくれました。
それが暖かくて、私は泣きました。
仕方ねえやつだな、と言いながら私の背中を撫でる手と声が優しくて、私は心の底から安堵というものを、このとき覚えたのでした。