「なまえ!
なまえだよね!?
なまえ!なまえだようわあああぁぁぁぁあああああ!!
すっげぇ!すっげぇよなまえ!
ほんとに会えると思わなかったよ、なまえーーー!!!」

「あ、あの…どちら様でしょうか」





1.おかしなお姉さんと出会う





…なんだろう、この状況。

今、私は買い物から帰る途中に、兵士のお姉さん…お兄さん?

よくわからないけど眼鏡をかけた、ポニーテールの性別不詳の兵士さんに肩を掴まれ、叫ばれている。

ここはウォール・シーナの街中で、そんななかで凄まじいハイテンションで私の名前を呼ぶ兵士と、叫ばれている一般人の私(とはいえ、私も貴族の端くれなのだけれど)。

周りの視線を集めるには十分だった。

あまりの居心地の悪さに逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、兵士さんの肩を掴む力が強いのと、知らない人にいきなら捕まった恐怖で、私は動けずにいた。

とはいえ、やっぱりこの状況はまずいし、居心地もすこぶる悪い。

私は藁にもすがる思いで周りを見回してみたが、みんな目すら合わせてくれなかった。

ただひたすらこそこそと何かを話しているか、巻き込まれまいとそそくさとその場を去っていくものばかりだった。

すると、私たちの隣を早足でかけていった二人組のおばさま方の一人が、ボソッと呟いた一言が聞こえた。

「あの人、調査兵団よ…」

…調査兵団?

だいたいここにいる兵士は、憲兵団だから、この人も憲兵だと思ったのだけれど、ジャケットを見てみると、そこにあったのは見慣れたお馬さんのマークではなく、二枚の翼のようなマークだった。

「調査、兵団…」

「そう、調査兵団分隊長、ハンジ・ゾエだよ!!」

「ひっ!」

いきなり兵士…ゾエさん?がバッと私がら離れると、ビシッと敬礼をした。

「ぞ、ゾエ、さん…?」

「ハンジだよ、なまえ!」

「ハンジ、さん…」

「何だい、なまえ!?」

「あ、あの…私、ハンジさんとお会いしたことは、ないと思うんですが…」

「忘れちゃったの!?」

ずりずりと引き腰になっていた私との距離を一気に縮めるように、ずいっ!と一歩前に進み、ぐいっと私の腰を引き寄せたハンジさんに、私は思わずひぃっ!と何とも情けない声をあげてしまった。

「あははっ!
なまえかーわいい!」

うっとりと頬を染め、鼻と鼻が触れてしまいそうなほど顔を近付けてきて、私は思わずうつむいた。

ハンジさんが私の頬を撫でながら、「照れてるの?」なんて聞いてくるけれど、決してそんなことはない。

私はこの人からできる限り距離をとろうとしているだけである。

残念ながら、あんまりに強い力で腰を抱かれているせいで、それは叶っていないのだけれど。

しかし、これはさすがにもうこの人を突き飛ばして、なりふり構わず逃げた方がいい状況かもしれない。

さっきまでの異常なハイテンションとうって変わって、顔を真っ赤に染めて恍惚とした表情で私を見つめてくるこの人を見ていると、なんとなくこれはもうやばいんじゃないか、と思えてきた。

本能が警告をしているような、そんな感じ。

私はよし、と心のなかで呟いて、ぐっと腕に力を入れた。

「ねえ、なまえ」

「っ!?」

まるで見透かされたようなタイミングで名前を呼ばれ、思わずびくっとしてしまう。

ハンジさんはふふっと笑みを浮かべると、いきなり真剣な表情になって、私をより近くに抱き寄せると、頬を撫でていた手で私の顎をぐいっと持ち上げた。

鼻と鼻なんてものじゃない、もう唇がくっついちゃうんじゃないか、ってくらいの距離まで顔を近づけてきたハンジさんに、私はもう恐怖で動けなくなった。

しばらくそのまま私を見つめてくるので、私はどうにも動けずただそのままいると、ふっと力が抜けたようにハンジさんは顔を離し、また微笑を浮かべ、顎を持ち上げていた手を私の後頭部に回して、撫で始めた。

「ひどいね、なまえは。
私のこと忘れちゃうなんて」

「え…、す、すみません…っ?」

「ねえ、なまえ?
君は家は大事かな?」

「えっ、そ…そんなの当たり前じゃないですか…」

「それは地位があるから?
下流とはいえ、れっきとした貴族だから?」

「ち、違います!
そんな、地位なんて…」

「そう、君は地位には興味がないんだね。
じゃあ、家族は大事かい?」

「…それは、もちろん大事です、けど」

「友達は?友達は大事?」

「…大事、です」

「じゃあ、この前決まった君の婚約者は?」

「…っ!?」

意味がわからなかった。

いや、この問答自体意味がわからなかったが、この質問はよりわからなかった。

というのも、私はまだ両親から婚約者が決まったと教えられ、彼と顔をあわせたばかりなのだ。

容姿がいいわけではないが、第一印象としては誠実そうな青年で、印象はよかった。

だが、まだ婚約者の存在は世間には知らせていなかったし、親戚や貴族の人々が知っていたならまだしも、こんな兵士が、しかも内地とは最も離れた調査兵が知っているはずがなかった。

「ねえ、大事?」

ハンジさんが、より一層笑みを深めながら聞いてくる。

「ねえ」

「わ、わかりま、せん…!」

「わからないの?」

「わかんない、です…!
も…っ、離してください…!!」

一気に怖くなった私は今にも泣き出しそうな声を絞り出したが、ハンジさんはそんなことも構わず、むしろ嬉しそうに私を撫でている。

「逃げないで、なまえ」

「離してください…っ!」

「泣きそうななまえもかわいいよ」

「うう…っ」

「はは、泣いちゃった。
かわいいね」

遂にこぼれてしまった涙をハンジさんはいとおしそうに拭ってくれる。

これが、自分の大好きな人だったら、きっとこんなに嬉しいことはないのだろうけれど、この状況ではそんなことも言っていられない。

「なまえ、私は鬼じゃないからね。
君が大事だといったものは、守るよ。
だけど、その代わり」

ハンジさんが私から手を離す。

「君は私のものだ」

世界が暗転した。




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