「美味しいかい?」

「……」

「返事」

「…は、はい」

「言っただろう、返事はきちんとしなさいって」

「ごめん、なさい」

「ううん、いいよ。
きちんと謝れたからね、許してあげる」

ベッドに腰かけてスープとパンを食べる私の頭を、ハンジさんが優しく撫でる。

そのまま、持っていたハンカチで口元を拭われた。

「…あ、の」

「何?」

「もう、お腹いっぱいで…ごめんなさい」

「そっか…。
まあ、頑張った方だよ、偉いね。
でもさ、パンはあと一口じゃない。
ちょっとだけ、頑張れない?」

ね?と首をかしげるハンジさんを見て、どうすべきか迷ったが、どうにかぱくりと口に押し込む。

がぶがぶと咀嚼して、水で流し込む。

「よし、偉い偉い。パンは食べきれるようになったね。
次は、スープも飲みきれるように、頑張ってみようね」

「……はい」

「うん、それじゃあ私は食器を片付けてくるよ。
いいこで待っててね」

「はい…」





4.無理やりキスをされる






ぱたん、と彼女が部屋から出ていくのを確認してから、ほっと息をつく。

緊張の糸が切れたのがわかった。

ハンジさんは、毎食私に食事を持ってきてくれたが、私はどうにも完食できなかった。

最初は反抗心や毒などへの恐怖もあってほとんど手をつけなかったのだが、最近はさすがに身体が参ってしまうので、なるべく食べるようにしている。

何かあったときに、体力がなくて逃げられませんでした、では話にならないし、考え事にも食事は必要だ。

何の考え事かはまた後に話すとして、どうしても食事が喉を通らない件に関しては、おそらく部屋に閉じ込められて全く動かないということと、あと精神的に参っているのが原因だと思う。

やはり一歩も部屋を出ることを許されず、外の空気も吸えず、ハンジさん以外の人と関わるのを許されないというのは、あまりにつらかった。

だが、最近少し学んだことがある。

ハンジさんは、意外と私の要望や質問を聞いてくれるのだ。

例えば空気が悪くて気持ち悪いといえば、私には開けることも、覗くことも許されなかった窓を、ハンジさんがいるときにたまに開けてくれたり、鎖だっていつの間にか絡みにくいものに変わっていた。

とはいえ、相変わらず首と、手首足首の五つから鎖は伸びていて、ものすごく歩きずらい。

しかし、これが彼女にとっての妥協点らしく、いくらお願いしても、外してはくれなかった。

さて、では私の考え事、についてだが……何てことない。

この前彼女が言っていた戦うことがどうとか、そういうことについて。

よくわからないけれど、色々考えてないと、いざというときどうしようもなくなってしまうと思う。

それ以上に、何か考えていないと、やることがなさすぎて、おかしくなりそうになるのだ。

「ただいま」

「お、おかえりなさい……」

びくびくしながらそう言う。

今日はいつも以上にびくびくしている。

というのも、今日は彼女に色々聞いてみようと思っていたからだ。

さっきも言ったが、意外とハンジさんは私の話すことをしっかり聞いてくれる。

それに、初対面のときのような、あのハイテンションも最近は見られない。

大丈夫、きっと大丈夫。

「あの、ハンジさん…」

「何だい、なまえ!」

ベッドに腰掛ける私の横にずかっと座って肩を抱いてくる。

正直やめてほしいが、我慢する。

「ハンジさんは、私の何が目的なんですか…」

「え?この前言わなかったっけ」

「よく、わかりませんでした…」

「そう…ふーん」

がっ、と彼女が私に身体を向けて、いきなりぎゅっと抱き締められる。

「な、何…?」

「好き。愛してる」

「え…」

「ずっと私のものにしたかったんだ」

「…な、にを」

「君をだよ」

「……何で、私」

「……本当に、覚えてないんだね」

「…ごめん、なさい」

「いいよ。仕方ない。
ああでも本当にかわいい、かわいいねなまえ」

「そん、な」

「だからね、私のものにした。
閉じ込めて、私のものにする」

「……」

「…何か聞きたいことがある?」

…ある。

色々あるけれど、私が一番気になっていたことが、これ。

「ハンジさんは、…女性ですよね」

抱き締められたまま、ハンジさんが私の首に埋めていた顔をあげる。

そのまま頬を撫でられる。

「そうだよ。何か問題かな?」

「…私が好きで、閉じ込めたんですよね」

「そう。君を愛してるんだよ」

「おかしい、ですよ…それは。
だって、私も女ですよ」

「知ってるけど、何か問題でもある?」

…逆に、この人はないと思っているんだろうか。

私がなんて答えていいのかわからず、黙っていると、ふっと彼女が息を吐いて、両手で私の頬を覆って、まっすぐ目を見つめてきた。

「あの…」

「なまえは、女が女を愛しちゃいけない、っていうの?」

「い、いえ!そんなんじゃ、」

「いいや、君が今言ったのはそういうことだよ。
……そう、私はなまえを愛してる。
もちろん、娘が母を愛すとか、女の子同士の友愛とかじゃないよ。
君はもう、察してるみたいだけど」

ぐいっと距離を縮めてくる。

思わず顎を引いて目をつむる。

けれど、それも無視されてもう一度、顔を無理やり上げさせられる。

「やめて…」

「お家で大事に大事に守られてきた箱入りのお嬢様は、こういう人間がいるって知らなかった?」

「そういう、わけじゃ…」

「なら、おかしいなんて言わなくてもいいじゃないか。
まあ、珍しいことは事実だからね、驚くのは別に構わないよ」

「ごめんなさい…」

「謝ってほしいわけじゃないんだ。
ただ、私は君に、知って欲しいだけ。
…君は、私みたいな嗜好の人間がいないと、いないと思っていたわけでは、ないんだろう?」

顔が近づいてくる。

初めて会ったときのようだ、鼻と鼻がくっついてしまいそうなくらい。

なにが"初対面のときのような、あのハイテンションも最近は見られない"だ、最近ないってことは、逆に近々爆発するってことでもあったかもしれないのに。

「目をそらさないで、私を見て」

「う…」

「なまえは、本当になにも知らないね。
まあ、私だって知らないことはたくさんある。
内地の御貴族様がどんな生活をしているかなんて、さっぱりだね!
だから、君の無知を叱ろうなんて、そんなことは全く思っていないんだ。
だけど、知ろうとしない、っていうのは罪じゃない?」

「…… 」

「だんまりか、まあいいよ。
君さ、まさか自分が同性に好かれる日なんて、来るとは思ってなかったんだろうね。
今まで差別心なんて私にはないわって、思ってたんだろ?とんでもない!
でもそれはこの際どうでもいい、別に私は君のその差別心を糾弾したいわけでもないんだ!」

こつん、と額を合わせられる。

「私はなまえを愛してるんだって、知って欲しいんだよ」

「え…」

ハンジさんが真顔になって、何だか視線も熱っぽい。

「ね、なまえ」

「やだっ…!」

頬を両手で押さえられたまま、なるべく顎を引いて、顔を横に向けて避けようとする。

だけど、彼女の力は私と比べて相当強いようで、私が腕を突っ張っても、なるべく身体を後ろに引っ張っても、だめだった。

「いただきます」

「やっ、」

「ん」

「んぅ…っ!?」

ハンジさんの唇が重ねられる。

逃げようとしても頭はがっちり押さえられているし、それに抵抗できる力もないしで、結局されるがままだった。

「っはぁ!」

「ふふふ〜奪っちゃった!」

「奪っ…!」

何を楽しそうに言っているんだこの人は!

「は、初めてだったのに…!」

「え、マジで?やったラッキー!
なまえの初ちゅーかあ…うんうん」

「も、離してください…!」

相変わらず私をがっちりホールドしている彼女から逃げようとするも、どうにも上手くいかない。

「ねえ、どう?初めてキスした感想は?」

「……」

「ねえ」

「わから、ないです…」

わかるはずない。

私の頭のなかは、彼女の腕の中から逃げることでいっぱいだった。

「ふうん…そっか。じゃあもう一回する?」

「えっ!?」

「わからないなら、わかるまでするだけだよ」

「え、いや、そんなっん!」

抵抗もままならぬまま、思いっきり唇を合わせられる。

「っは、何、いきなり…も、やだ」

「どう?どうだった?人生二度目のキスだけど」

「もうっ…やめてください…」

「言えばやめるよ」

「わかんない、です…。
私、全然、わかんない…。ただ、怖くて……」

「怖い?私が?それとも、キス?」

「…どっち、も」

「ふうん、そっか…。
じゃあ、怖くなくなるまでする?」

「言えばやめるって!」

「冗談だよ、怒らないで」

「……怒って、ないです」

「そう。……まあ、慣れだよ慣れ。
君はもう二度とするまいと思ってるかもしれないけどね」

ぱっと身体が離される。

そのまま彼女は少し距離を置いて、私の目の前にたった。

「いいこと教えてあげるよ」

「……」

「もし君が私を怒らせてしまったり、機嫌を損ねてしまうときがあったときは…」

腰を折って、ぐいっと私に顔を近づけてきて、にやっと笑う。

思わず後ずさった。

「キスすれば、少しは機嫌、直るかもよ」

ちゅっ、と頬に口付けられた。

腰を掛けていたベッドに乗り上げて、なるべく彼女から距離をとる。

「そんなに怖がらないでよー」

けれど、抵抗むなしくハンジさんがベッドに乗っかってくる。

「今日はもう何もしないって」

「……あの」

「うん?」

「い、いえ、別に何でも…」

「そう?…じゃあ、私は仕事をしようかな。
なまえは何かしたいことある?」

「…何なら、していいんですか」

「え、うーん。
じゃあ、本でも読む?
何でも読ませてあげるわけにはいかないけど、世間に流通しているような童話みたいのなら、いいよ。
たぶん、いくつかは私でも持っていたはずだ」

「……じゃあ、お借りします」

「うん、じゃあちょっと待って。
うーんと…はい、これでいい?」

「…はい」

ハンジさんから受け取った、それこそ誰でも知っているような有名な本を開く。

内容は大体覚えてしまっているが、改めて読み返しても面白いだろう。

…別に面白くなくても、何もやることがない今は、読んだだろうが。

書類に目を通しながら、何かを必死で書く彼女の横顔を、本からちらちらと目を離しながら覗き見る。

さっきまでふざけていた彼女の顔は真剣そのもので、私のことなんて見もしない。

……私にひどいことをするこの人は、普段一体どんな人なんだろう。

純粋に気になった。




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