同棲中の彼女と婚約をして早3ヶ月。
式場だとかドレスだとかも準備は整ってきたし、最大の難関(と私は思っていた)両親への報告も、どうにかなった。
ハンジは両親がすでに亡くなっているらしいから、残念ながら挨拶はできず、とりあえず私の父と母にだけ。
最初は面食らって色々言われたが、私の、ハンジと一生添い遂げるという覚悟を聞いて、しぶしぶだが納得してもらえた。
その"しぶしぶ"の理由はハンジが女性だからだと思っていたのだが、後で本当はハンジが外国人で、私が日本を離れてしまう方を心配してしぶしぶの了承だったと聞き、そういえばそっちの壁もあったな、なんてあとで思って、笑いあったのが記憶に新しい。
そんな彼女だが、彼女は趣味である研究を仕事にしており、大学に勤務している。
彼女にはマッドサイエンティストの気があり、たまに論文の提出が迫ったりすると、大学に泊まり込みで研究をしたりしてしまう。
かわいいかわいい婚約者を家に放っておいてだ。
まあ、寂しくないと言えば嘘になるが、たまには一人になれて気楽なのも嘘ではないので、そういうときはこちらも勝手に気ままに一人を満喫する。
毎日電話もするし、メールもするので、言うほど孤独感はない。
ハンジはもちろん、私も日中は一応仕事をしているのだから、何通もメールのやりとりをするわけじゃなく、今日何食べた?とか早く寝なよ、とかそういう話をするだけだったが、まあこの年になるとそんなものだ。
それでも、二週間という、あまりに長い期間閉じ籠ると、さすかのハンジも妙に寂しくなってきたらしく、メールを送ってくる回数が増えた。
論文が納得いくようにまとまらないらしい。
そして三週間たって、私の仕事が休みだった日、ハンジからこんなメールが来た。
「なまえの肉じゃが食べたい」
同棲中の彼女の大学を訪ねてみた
何で肉じゃが?と聞けば、なんとなくお袋の味っぽいから、という返信があった。
私はお前のお母さんか。
そもそも、私はほとんど肉じゃがなんて作ったことないぞ。
そんなことを思っていると、次には、あと昆布おにぎり。なんてメールが来て、こいつ完全に舌が日本人化してるなあ、なんて思いながら、私はスーパーに材料を買いに出掛けたのだった。
お互い、別に家事が得意なわけでも好きなわけでもなかった。
私も料理が上手いわけでもないが、まあ三週間も会ってない恋人が、なまえのご飯食べたい、なんていうなら、叶えてやってもいいだろう。
会いにいっていい?と連絡すると、ハンジが誤字たっぷりのメール(たぶんテンションが上がったのだ)で、6時に来てくれ、と寄越した。
私のミッションは、それまでに肉じゃがを作り、おにぎりを握って、大学に向かうことだ。
ハンジから、校門に助手を向かわせたから、彼に着いてきて、という連絡を受けた。
その彼を探しながら大学に向かうと、それらしき人物が見えてきて、彼が駆け寄ってきてくれた。
「ハンジ分隊長の婚約者の方ですか」
あ、本当に分隊長なんだ。
「はい、なまえです」
「モブリットです、ハンジさんの助手をやっています」
「……苦労しますね」
お互い。
そんなことを言いながら、モブリットさんに研究室まで連れてきてもらう。
会話内容は、大体ハンジの愚痴。
風呂に入らなくて汚いとか、研究熱心なのはいいけど生き急ぎすぎだとか。
きっと、彼のような人が傍にいてくれるから、ハンジは死なないんだな、なんて思ったりした。
研究室について、ノックする。
「なまえ!」
扉がばたん!と開いて中から出てきたハンジがぎゅうっと私を抱きしめて、モブリットさんや研究室の中にいた助手の人たちが見ているのも気にせず口付けてきた。
「んっ!?」
「っ、ごちそうさまです!」
「はあ!?馬鹿!」
「いってえ!」
何だか最近自分達のなかで恒例になってきてしまったような、この一連の流れに、見ていた人たちがぽかん、とした顔をする。
「…っと、なんかすみません……」
「い、いえ…」
思わず居心地悪い思いをしながら謝ると、助手らしき一人の人がそう口にする。
「なまえ、肉じゃが、肉じゃが!」
「あ…はい。どうぞ」
「やっほう!」
ハンジがタッパーにつめた肉じゃがにがっつく。
モブリットさんがせめて座って…と言いながら、彼女を席につかせる。
「あと、ハンジ…これおにぎりね。
いっぱいあるから、その…皆さんもどうぞ」
「えっ、全部私のだよ!!」
「…全部で10個も作ったから、無理でしょ」
ハンジは、研究室でもこんな調子なのか…みんな、苦労しているんだろうなあ。
「あの…」
「ん?」
ふと、横から一人の青年が声をかけてくる。
あ、イケメン。
「えっと、婚約、おめでとうございます」
「あ、ありがとう、ございます…」
お互いに頭を下げる。
ちらっと彼を見ると、何だかすごくやつれている。
…たぶん、ハンジに色々付き合わされたんだろうなあ、と気の毒に思い、とりあえずおにぎりを差し出してみる。
「よかったら、食べてください」
「あ、ありがとうございます」
「ああっ!エレン、食べちゃだめだよ!
全部私のなんだから!」
「えっ?」
「ハンジ、黙って。
ね、大丈夫なんで、食べてください」
「エレンだめだってー!」
「…あの、俺。
……いただきます」
「どうぞ」
「ああっ!」
ハンジがまるで絶望したような顔になるが、気にしない。
「えっと…エレン、さん?」
「あ、はい!
エレン・イェーガーです」
……顔もだけど、声もイケメンだな。
「なまえ、浮気しちゃだめだよ!」
「…………しないって」
「何その間!」
「…仲、いいんですね」
「じゃなきゃ、こんなやつと婚約しません」
「こんなやつって!ひどいよ、なまえ!」
「…好きだってば」
「私も大好きだよ!」
「……」
エレンさんが何だかすごく複雑な顔をしている。
「あ、なまえ。
そういえば、その子だよ、医学部の鈍感なイケメン」
「………ああっ!この人が!?」
「…え、え?」
エレンさんがさらによくわからない、という顔をする。
それを見てハンジが、プロポーズに至るまでの過程を事細かく話始めるから恥ずかしくて仕方がなかったけれど、一応私たちがここまでこれたのはこの実直な青年のおかげだろうとは思ったので、黙っていた。
「俺は、何もしていないですけど…」
「なにいってるの、エレンのおかげだよ!」
「はあ…」
「本当に、エレンさんのおかげです。
ありがとうございます、でなきゃ、この変態、たぶんプロポーズなんかしてくれなかったし…」
「俺は、何もしてないですよ」
「ねえなまえ、最近私に冷たくない?冷たいよね?」
「…ハンジ、この前スカート履いてくれたの、あれは本当にかわいかったよ」
「え!?」
「言うなよ、なまえっ!!」
「スカート履いたんですか!?」
「繰り返すなエレンんんん!!!」
「じゃあ、ハンジ。私そろそろ帰るよ」
「えー」
「えーじゃないの」
「ふふ、わかってるよ。
肉じゃがとおにぎり、ありがとう。
おいしかった。
…というより、安心した。なまえの味だって」
「そっか。…いつ頃帰れそう?」
「もうちょっと。早く帰りたいよ」
「…私も、早く帰ってきてほしい」
「帰ったらいっぱい抱いてあげるから!」
「馬鹿」
「痛ぇええっ!!
グーは痛ぇよ、なまえ!」
「じゃあ、私帰るから」
「無視かよ!」
「あの、俺門まで送ります!」
「あ、大丈夫ですよ」
「そうたよ、エレン!送り狼!
…っていいたいところだけど、頼んでいいかい?
広いし、ここから遠いから」
「はい」
「え…ええと…、じゃあお願いしようかな」
「あの、俺絶対年下だし、敬語はやめてください」
「そうですか?
…じゃあ、そうさせてもらうね」
広い校内を歩きながら、色々話をした。
なんと、彼はリヴァイさんの生徒だそうで、ペトラのことも知っているそうた。
…あれ、でもエレンくんは医学部で、ペトラは文系だったような……。
「兵長は、何学部の生徒でもとりますよ」
「……すごいんだね」
お礼に、とエレンくんが遠慮するのを説得して、飲み物を買いにいく。
まあ、そうはいっても学内の自販機でジュースを買っただけだ。
エレンくんも、研究室に戻らなきゃだろうし。
「ねえ、エレンくんはどうして医学部なのに、ハンジの手伝いをしているの?」
「…ちょっと、身体的に特別な事情がありまして」
「ああ、深くは聞かないけど、ハンジに目、つけられちゃったんだね…」
エレンくんと少し話ながら買った飲み物に口をつける。
ちょうどあったお菓子の自販機で買ったオルオ、じゃなくてオレオも食べながら、大学内のハンジの話を聞く。
「ハンジって、大学だとどんな感じ?」
「まあ、あんな感じですよ……。
ずっと、研究の話をしています」
「…私の話は」
「ほとんど聞きません」
「……こういうときはのろけ話でもしてるもんじゃないの」
「…すみません」
「エレンくんが謝ることじゃないよ」
結局私より研究なのかよ、と思いながら、ため息をつく。
「…でも、ハンジさんは、いつでも家に帰るとき、楽しそうですよ」
「……そっか」
…そして、たったそれだけのことで嬉しくなる自分もため息もの。
「じゃあ、送ってくれてありがとう」
「いえ」
「……ハンジにね、言ってほしいんだけど」
「はい?」
「していいよ、って」
「何をですか?」
「聞かないで」
「は、はあ」
それじゃあ、と言って帰っていくエレンくんを見て、少し気恥ずかしくなる。
早く帰ってきてね。
「ハンジさん
「なあにエレン!?」
「(すげえテンション…)
なまえさんから、伝言です」
「え!?何何!?」
「していいよ、だそうで」
「……え?」
「……ええと」
「…うわ、やっべえ早く帰んないと」
「……?」