※ヒッチちゃん枕営業
苦手な同期がいじめてくる理由を聞いたらとんでもないことが発覚した
私、なまえは、今年新たに憲兵団に配属された新兵である。
憲兵団といえば訓練兵のときに10位以内で卒業しなくてはなれないもので、なら私は実力のある兵士なのかといえば、そうではない。
いや、自分で言うのも難だが、おそらく人より成績はよかったと思う。
けれど、まさか憲兵団を志願できるとは思わなかったから、私はずっと駐屯兵団を志願していた。
だが、蓋を開けてみればまさかのぎりぎり10位。
私はびっくりして、しばらく訳がわからずにいたけど、自分のことのように喜んでくれる友人たちや、同じく10位以内に入った人たちからの激励で、やっと私は大喜びすることができた。
もちろん、所属兵団は、憲兵団を志願した。
当たり前だ、こんなことを言ってはいけないのかもしれないけれど、みんな行けるものなら内地に行きたい、なるべく巨人の脅威から遠ざかりたいのだ。
そうして晴れて憲兵団に所属できた私だったが、最近少し悩みがある。
現在同室で、訓令兵時代も同期だったヒッチが、私をいじめてくるのだ。
例えば、上官に押し付けられた雑務をこなしている最中に、書類にコーヒーこぼされたり、寝ているところを平手打ちで起こされたり。
ヒッチは憲兵団の新兵の中でも浮いた存在だから、みんな同情してくれたけど、別に助けてくれるわけでもなかった。
たまに、同じく同室のアニが気にかけてくれたりはしたけれど、彼女も他にやることがあるといったふうに、特に何も私にはしてくれなかった。
まあ、それでも同情してくれるだけましだった。
きっと、これでみんなにまでひどい扱いを受けたら、私はここでやってはいけなかっただろう。
「あんたさあ、よく憲兵団なんか入れたよね〜?
何かしたんじゃないのー?」
夕食時、私がちょうどいたアニと一緒にご飯を食べていると、横にどんっ!とぶつかるようにヒッチが座ってきた。
「じゃ、私は部屋に戻るから」
食べ終わったアニが面倒くさそうに席を立つ。
「ああ、アニ!」
やっぱりアニは白状にも私を見捨てた。
わかっていたけど、それでも期待をしてしまった私を、ぶん殴ってやりたい。
「えー、何?
あんたアニがそんなに好き?
ばっかみたい、あんな無愛想なのにさー」
「…アニは、確かに愛想はよくないかもしれないけど、優しいよ。
アニのこと、悪く言わないで」
「はあ?何、庇ってんの?
気持ち悪ー」
…何が気持ち悪いだ。
そりゃ、私とアニは友達とさえ呼んでいいかわからない間柄でしかないけれど、それでも一応話したり一緒にご飯を食べたりする子のことをバカにされれば、嫌な気分になる。
私もさっさと食べてしまおうと残っていたスープに手をつける。
すると、横から熱々のコーヒーをぶっかけられた。
「っ、熱!」
「当たり前じゃん、淹れたばっかだし」
熱い、とりあえず冷やさなきゃ、と思ってとりあえず近く男の子が飲んでた水をひったくって身体にかける。
「あ、あのこれ…」
別の男の子が、水をさしだしてくれる。
「ありがとう!」
ヒッチにコーヒーをかけられた腕に、受け取った水をかける。
そのあと、さっき私が水をひったくってしまった男の子が樽に水を入れて持ってきてくれて、それに腕を浸したり、その男の子二人に医務室に連れられていったりして、とりあえず重症にはならずに済んだ。
事情を話して、その日は部屋には帰らなかった。
火傷したのが利き腕だったから、しばらく雑務もできない。
それはある意味でラッキーかもしれないけど、でも元々役立たず集団みたいな憲兵団でいながら、何もできないというのは、ある意味つらいかもしれない。
ヒッチは今まで私にたくさんひどいことをしてきたけれど、こんな大怪我をさせてきたのは初めてで、痛いやら悲しいやらで涙が出てきた。
腕に包帯を巻いたまま、今朝部屋に戻った。
事情を知っている人はもちろん、少し話したことがあるような子はみんな心配して声をかけてくれた。
それは確かにありがたくて、思い足取りが少しだけ軽くなった。
けど、重いことは変わりなくて。
それでも部屋に着いてしまった。
部屋に入ると、ヒッチだけがいた。
ベッドに腰をかけている。
「……みんなは?」
「知らないよ、朝ごはんでも食べに行ってんじゃないの」
私を見ても謝る様子もなく、あくびをしている彼女にむかっとする。
「ねえ、ヒッチ」
「何?」
心底面倒くさい、といったふうにこちらを見てくるヒッチに、さすがに私も堪忍袋の緒が切れた。
「こんや火傷させて、あんたは悪いとか思わないの!?
せめて一言謝るとか、できないわけ!」
「はあー?そんなんだるいし…。
まあいいや、ごめんねー」
「この……っ!」
もう殴ってしまいたい。
けど、そんなことしたら自分もヒッチと同じになってしまう。
もっと怒鳴りつけてやりたい気分になるけど、きっとそうしたところで彼女は反省も後悔もしない、どうせさっきみたいな気の抜けた返事をして、私をイラつかせるだけだ。
ぐっ、と私は怒りを堪えて、一度深呼吸をする。
「ヒッチ、あんた、何でこんなことするわけ?
私が何かしたなら言えばいいし、どうしても気にくわないなら、関わらないようにすればいいじゃない。
そりゃ同室だから関わらないといけないときもあるかもしれないけど、お得意の枕で上官にお願いすれば、部屋くらい変えてもらえるんじゃないの!」
さっきまでヘラヘラとしていたヒッチが、ギロッとこちらを睨んでくる。
さすがの私も、ああ言い過ぎた、と思って、言ってからすぐに反省した。
ヒッチが枕営業して憲兵団に入ったというのは、新兵のなかでは有名な噂で、というのもヒッチはどう見ても馬鹿で、憲兵になんかなれるような、つまり10位以内で卒業できるような優秀なやつには見えないのだ。
まあ、成績が身の丈に合っていないのは私も同じで、私にも何かしらのそういった噂はあったが、ヒッチほどじゃなかった。
「あんたも、私が枕で憲兵団に入ったと思ってるけ?」
「……ごめん、言い過ぎた」
「そんなこと言ったらあんたもじゃん。
どう考えても10位になんかなれる成績じゃないし、なんかしたんじゃないの?
憲兵団に入るためにさ」
「…そう思われても、仕方ないとは思う。
けど、私はしてないよ。
たぶん、たまたま運が良かっただけ…」
「そうだよ!あんたは何もしてない!
ならわかれよ!!あんたは運が良かったわけでも、実力があったわけでもない!
だったら、誰かが裏で糸引いてるに決まってるだろ!」
立ち上がって、いきなり怒鳴って私に迫ってきたヒッチに思わずのけ反る。
「どういうこと?」
「そうだよ、教官と寝た!
それで、憲兵団に入れるように、頼んだんだよ!
でもなきゃ、10位以内なんて入れるわけないじゃん……私も、あんたも」
「え…?」
唇を噛み締めてふるふると震えるヒッチに、何も言えなくなる。
まさか、でも…どうして?
一つの考えが、頭の中をぐるぐると巡っている。
「まだわかんないわけ?
ほんとに馬鹿だね、あんた」
…ヒッチに、言われたくない。
「…でも、何で、どうして。
理由がないじゃない、どうして…」
「…特に友達でもない、ただの同期のためにそこまでするなんて、理由は一つしかないじゃん。
なのに、昨日だってアニや、他の男といちゃいちゃしたりしてさ…。
あんたなんか大っ嫌いだよ。
巨人に食われて死ねばいいのに」
ヒッチが、はあ、とため息をつくと、「邪魔」と言いながら私を押し退けて、部屋を出ていってしまった。
……意味がわからない。
その後も、ヒッチは私をいじめてきた。
きっと、彼女は本気で私を恨んでいるんだと思う。
けど、その裏に何かしらの特別な感情があると思うと、何とも複雑な気持ちになった。
結局、最終的に私もヒッチも別に彼氏ができたりして、段々私たちの関わりはなくなっていった。
それでも、自分が憲兵団であるということを実感するたびに、その裏でヒッチが汚い男たちに股を開いて汚されていたのかと思うと、…いたたまれなくなった。