「もう12月に入って何日もたつわけだが、四年生はもうすぐ卒論提出の時期が迫っているわけだ」
「分隊長…何の話ですか」
「いいから聞いてくれ、モブリット、そしてみんな。
我がゼミの今年最後の授業は24日、だけどこの日は、クリスマスイヴだ。
ドイツじゃクリスマスは家族で静かにお祝いする日だが、日本じゃイヴが恋人同士の日なんだろう?
25日からは冬休みだけど、もう卒論提出も終わったその日に、わざわざ5限の授業に出ろというのは、私も酷だと思うんだ。
つまり、どうせだったら、24日は休講にしてしまって、その前に補講をした方が、みんなのためだと思わないかい?」
「分隊長、つまり何が言いたいんですか…」
「24日彼女とデートしたいんでゼミ休講にさせてくださいお願いします」
同棲中の彼女とクリスマスを祝ってみた
「それで、今日休めたんだ」
「そう。みんないい子でよかったよ」
12月24日朝、紅茶を飲みながら、そんな話をする。
「よかったの?
そりゃ、クリスマスは私だってハンジと過ごしたいけど、明日でもよかったんだよ?
明日からは、冬休みなんでしょ?」
「そうだけど、明日は家ですごしたいな、って」
「どうして?」
「いや、特に理由はないけど、イヴは思い切りデートして恋人してさ、クリスマスは家でケーキ食べたりして、家族しようよ」
「…家族」
「そう、家族」
なんとなくほっこりする。
「で、お姫様。今日は恋人の日だ。
どこか行きたいところはあるかな?
一応、ディナーの予約だけしておいたけど」
「さすが私の恋人!
…って、予約一緒にしたんだけどね」
「まあね」
「じゃあ、すっごくベタなデートしようよ。
映画見て、カフェでお茶して、イルミネーション見て、夜景の綺麗なレストランで食事して」
「本当にベタだね。なまえってそういうの嫌いだと思ってた」
「好きでもないけど、たまにはいいでしょ?
見てみたいイルミネーションもあったんだ。
レストランの、近くの駅」
「いいね、じゃあ、そうしようか」
ハンジが、ごくりと紅茶を飲みきる。
私もカップを空にして、立ち上がる。
「さて、行こうか」
「うん」
朝食を片付けて、コートを着て、マフラーに手袋、防寒も完璧に、ブーツを履いたら、手を繋いで、出発。
駅までの寒くて何もない道のりも、幸せ。
「映画だっけ?何が見たいの?」
「特にないけど、ベタなデートって、映画行かない?」
「わからないけど、そのイメージがあるのは確かだね。
いいや、行ってから決めよう」
「うん」
結局、デートだしね?とばかりに、普段はあまり興味のない恋愛ものなんかを見たりした。
そのあと行ったおしゃれなカフェで、おいしいお茶なんかを飲んでいるときに私たちが話して笑ってしまったことと言えば、ハンジが言った「同性愛者が男女の恋愛見ても共感できるはずないよね」という、よく考えれば当たり前の一言。
まあ、実際には両方バイだったりするのだが、今後一生男性とお付き合いする気がないなら、世間的には同性愛者ってことでいいんだろうか。
「でも、話としては面白かった」
「そう?ハンジはそういうの興味ないと思った」
「あるわけじゃないけど、恋愛なんて生きてる人間の大半はすることだしさ、形は違えど。
そう思えば、恋愛を題材にした話があるのも納得だよね。
そういう意味で、興味なくはない。
なまえを好きになった頃は、レズビアンものの映画とか、見漁ったし」
「私も、映画からネットから本から、全部使ってレズビアンの世界を覗こうとした」
「まあ、あくまで人の、もしくは人の創造した恋愛だから、参考にしかならないんだけどね」
カフェを出て、買い物して、ランチを食べて、夜になるまで時間を潰してから、電車に乗って、イルミネーションを見に行く。
「わあ…」
「これはすごいね、圧巻だ」
手を繋いで、寄り添って見上げる。
「こういうところって、恋人同士ばかりでしょ」
「そうだね」
「だから、一度ハンジとここに来て、その雰囲気に酔ってみたかったの」
「そっか」
「うん」
「…ねえ、なまえ」
「何?」
「キスしよっか」
「…何言ってるの、人前じゃない」
「ここじゃみんな、キスしてるよ」
「でも、私たちは…」
「こんなところに手を繋いで来ている時点で、もうバレバレだって。
それに、きっと私は男にも見える」
「……」
「えっ?」
男にも見える。その一言に思わずいらっとして、ハンジの顔を隠すマフラーを取り上げる。
そして、ポニーテールにされた髪を、ゴムをとって下ろしてやった。
「な、何?」
「そうしてれば、少しは女の子に見えるよ」
「え、な、何で…」
「…ごめん、私が最初に女同士だから人前でキスできない、って思ったのが、そもそも悪いのに」
「なまえって案外、頑固?」
「頑固っていうか、どうせするなら見せつけるから」
「…ずいぶん男らしいね」
「嫌?」
「いいや、惚れ直した」
額をこつんと合わせて、手を合わせる。
手袋越しじゃもの足りなくて、私が手袋を外すと、ハンジも同じように外してくれた。
冷たい空気に晒された手を合わせて、どちらともなく指を絡ませる。
「いつも私がリードしてるのに、今日はなまえが王子様みたいだ」
「何それ、私そんな柄じゃないよ」
「そうかもね」
「でも、ハンジはお姫様だと思う」
「…それこそ、私はそんな柄じゃない」
「そんなことないよ、かわいいもん」
「調子狂うなあ」
近い距離で、見つめあって、ふふ、なんて互いに笑う。
「ね、しよっか」
ハンジにそう言われて、うん、と返事をする。
どちらともなく唇を重ね合わせて、こんなのクリスマスイヴの、この時間の、この場所でしかできないな、なんて思ったら、何だか死にたくなるほど嬉しくなった。
もし、人前でキスをするなと怒られたら、私たちは反省する。
だけど、もしここにいる他の恋人たちは許して、私たちにだけそう言ってハンジを傷付けるなら、私は、許さないから。
「おいしかったね」
「そうだね、なまえが喜んでくれてよかった」
おいしいレストランで食事をして、帰ってきて、とりあえず私はメイクだけ落として、ベッドに腰掛けるハンジの隣に座る。
ハンジが私の肩を抱き寄せる。
「ねえ、好きだよ」
「私も、ハンジのこと好きだよ」
「うん…」
そのままキス。
触れるだけだったのが、段々深くなってきて、彼女に押し倒されるようにベッドに倒れこむ。
「明日さ、一旦早起きして、用事済ませなきゃなんだよね」
「何?」
「明日リヴァイの誕生日なんだけど、リヴァイ班がパーティー開くんだって。
エレンに準備手伝ってくれ、って頼まれちゃって」
「彼女放っておいて、他の男の誕生日祝うの?」
「まさか。ただ、手伝う代わりに、ってことで実験に付き合わせちゃったからね。
朝のうちには戻ってくるから」
「何時に起きるの?」
「5時。だから今日できるのは、一回だね」
「…5時までする、って手もあるけど」
「……本気で言ってる?」
「嫌?」
「まさか、遠慮なくいただきます」
「召し上がれ。…待って、やっぱり私も食べる」
「えー?」
ハンジが私の服に手をかけたと同時に、私も彼女の服に手をかける。
お互い抱きつきながら服を脱がせて、この寒い夜を人肌を求めて乗りきった。
幸せ。