何だか妙に暖かい。
こう、心地よいというよりは、ぬるま湯に使っているような…。
……ぬるま湯?
2.なぜかお風呂に入れられる
「うわっ!」
目が覚めると、私は裸で、目の前には細身の女性がいて…真正面から私を抱き締めるように寄りかかっている。
今、私がある状況は普通ならありえないものなのだが、とりあえず整理をする。
ここは、浴槽。
個人用の、狭い浴槽で、そこに私は寝ていたらしい。
そして、目の前の女性。
髪も下ろしているし、眼鏡もしていないから、一瞬わからなかったけど、彼女はさっき私に掴みかかってきた、調査兵団のハンジ・ゾエさんだった。
…女性だったんだ。
彼女ももちろん裸で、私に抱きついて…、髪は、血がべっとりとくっついている…。
「あの、あのっ!」
「ん…?」
私はとにかく目の前の女性を起こすために、彼女の肩を揺らした。
「あれ…なまえ…?
ごめん、君を綺麗にしてあげようと思ったんだけど、寝ちゃったみたいだ。
お湯、覚めちゃったね、つぎたししようか」
「あの、血、血が!血!」
「え…、ああ、これ…。
大丈夫だよ、私のじゃないし」
じゃあ誰のものなの!
「それよりさ、なまえ。
別に私はいいけど、一応君はお嬢様なわけだ。
自分も、相手も、綺麗でいてほしいと思うよね?」
「…そりゃあ、そうですけど!」
「うん、だよねえ。
やっぱり私もなるべくシャワー浴びた方がいいよねえ…。
面倒だなあ、そんな時間あったら巨人のことを考えていたい…!」
巨人…。
生まれも育ちも内地、一人で外に出かけることさえあまりしなかった私は、巨人なんてものを見たことは一度もなかった。
ただ、人を食べるらしいとか、ウォール・マリアを奪ったとか、その程度の知識しか、私は持っていない。
だから、巨人の血が赤いのかなんてわからなかったけど、この状況から見て、きっと彼女の髪にべっとりとついたこの血は、巨人のものなのだと思った。
少なくとも混乱した、知識のない私には、この判断が、精一杯だったのだ。
そう思った途端、一気に怖くなって、鳥肌がたつのを感じた。
「血、血…落としてください!
怖いです…っ!」
「え…まあ、あんなやつの血がついてたら、気分は悪いかあ。
うんうん…ねえ、なまえは血が怖い?」
「はい…っ!」
「落としてほしい?」
「は、はいっ!」
「ふっふっふ〜、そうかあ。
これ落としてほしいかあ…。
じゃあさ、なまえ、私の髪」
なまえが洗ってよ。
恐る恐る、彼女の髪にお湯をかける。
まずは、お湯で念入りに汚れを落とそうと思って、何度も何度も髪をゆすいでいると、彼女は面白そうに笑っていた。
石鹸をたっぷりつけて、髪を洗い始める。
私はなぜかとても冷静に、ああこれは二度洗いしないと泡立たないな…なんて考えながら、爪を立てないように、指で頭皮から汚れを落とし続けていた。
本当に、念入りに、念入りに。
今考えると、私は彼女の髪を洗い終わるのが怖かった。
今の仕事を終えれば、また彼女が何をしでかすか、何をしてくるかわからない。
だが、いつまでも洗い続けるわけにもいかず、汚れた髪が見違えるくらい綺麗になったところで、泡を落としてお湯でゆすいでから、髪から水分をきった。
鏡越しのハンジさんはものすごく満足そうな顔をして、しかしたまに不思議そうに自分の髪を見ながら、またにこりと笑った。
「私、こんなに髪がつるっつるになったの、いつぶりだろう!
ね、今度からさ、毎回なまえが洗ってよ!
風呂なんて面倒だって思ってたけど、なまえに頭洗ってもらうの、なんかすっげえ気持ちよかったし」
ね?と首を傾げてくる彼女に、私はどうしていいかわからずうつむいた。
しかし、彼女は「けってーい!」と楽しそうに呟くと、髪を無造作にまとめあげると、私をひきよせた。
お湯で火照った肌と肌がくっつく。
「なまえ、なまえの髪は私が洗ってあげるよ、こっちにおいで」
ハンジさんは私を抱え込むように後ろから抱き締めてきた。
背中にぴったりと、胸もお腹もくっつけて、そのまは彼女が私の頭にお湯をかけてくる。
びしゃびしゃとお湯を浴びせられて、それから石鹸でわしゃわしゃと私の頭を泡だらけにした。
「すっげえ!
めっちゃ泡立つ!
面白え!」
ハンジさんは楽しそうに私の頭で遊んでから、私に目を瞑るよう指示してから泡を流した。
彼女はもう一度石鹸を手にとると、そのまま私のお腹に手を回して、やわやわと撫で始めた。
「やめ…やめてくださいっ!」
「何で?恥ずかしいの?」
「やめ、て」
「女同士じゃない、何がそんなに嫌なの」
そういう問題じゃない。
いや、でも彼女が女性だというのは、若干違った。
男性なら、私はもっとなりふり構わず逃げたかもしれない。
逃げたらひどいことをされるかもしれない、けど、逃げなくてもきっとひどいことをされる。
裸の男女が一緒で起きることなんて、嫌でもわかる。
けれど、裸の女性同士というのは、友達同士で一緒にお風呂に入ったりすれば、あり得る状況。
私とハンジさんが、もし気心の知れた友人同士なら、今の光景も別段おかしくはなかったのだ。
実際は、問題大有りなのだが。
それでも、私が逃げなかったのは、ハンジさんが女性だったからだと思う。
どうしたって、相手が男性だった場合とは話が違う。
ところで、人間は連れ去られたり、人質にされたときなど、大抵はすぐ逃げ出そうとはしないという。
大人しくして、犯人と良好な関係を築いた方が、生存率が高まるから、らしい。
きっと、今の私も、本能に従ってここにいた。
この異常な状況で私の本能は、今は彼女に従順なことを選んでいた。
このとき、私はこんなに複雑なことを考えていたわけではない。
でもきっと、そうだったのだ。
私は生まれもって持っていた防衛本能だけで判断していた。
「あ、の…」
「ん?
あは、なまえの胸やわらけえ!
すっげえかわいい!あはは!」
ハンジさんが後ろから泡で手を滑らせながら、私の胸をまさぐってくる。
それがすごくくすぐったくて、私は身をよじった。
ハンジさんは楽しくなったのか、手を太ももや、二の腕や、色んなところにすべらせては私の反応を楽しんでいた。
たまにくすぐったくて、私が声を出すと、彼女は嬉しそうに奇声をあげた。
ここはお風呂なので、声が響いて耳が痛い。
最後に、彼女は私の体についた泡を流すと、さっと自分の体も洗い流して、私を抱き上げた。
お互い水で濡れているし、そもそも安定感のない体勢なので、私は思わず声をあげた。
しかし、彼女は気にもせず、自分も一緒に私を湯船に浸からせた。
さきほどのように私はハンジさんに背を向けさせられて、後ろから抱きすくめられる。
「お湯をつぎたして、もう少し暖まったら、出ようか」
お風呂から出ると、まずハンジさんがさっさと服を来て、そのあとすぐに私も体を拭いて服を着せられた。
といっても、下着と、ぶかぶかのシャツ一枚だけ。
さすがに抗議したかったが、「すっげえかわいい!」とか、「超襲いてえ!」とか叫ぶ彼女に私は何も言えず、できることといえば、シャツの裾を下に引っ張って、なるべく下着が見えないように努めることだけだった。
「今日は疲れただろう、なまえ。
まだ少し早いけど暗くなってきたし、もう寝ようか」
ハンジさんは私をベッドに連れてくると、そこに寝かせると、彼女もその横に寝そべった。
彼女の見た目に反してごつごつとした手が私の頭を撫でる。
「おやすみ、なまえ」
決して安心したわけではない。
けれど、彼女の優しい声を聞いて、私は眠りに落ちてしまった。