訓練兵に志願してから一年、そんなに優秀ではないがどうにかここまでやってきて、私にも仲間がたくさんできた。

そのなかでも親友と呼べる子、それがクリスタだった。

クリスタはその愛らしい見た目と、心優しい性格で、兵団では女神だなんて言われるくらいの子だったが、傍にいても彼女は違わず女神だった。

この前なんて、妙にもじもじしている彼女に、どうかしたのかと聞くと、恥ずかしそうに、「なまえは、私のこと好き…?」なんて聞いてきた。

私はもうたまらなくなって、ああ自分が男だったらクリスタと付き合いたい、なんて思いながら「もちろんだよ!」と返した。

そのときの嬉しそうな彼女の顔が私は今でも忘れられない。

そんな彼女は言うまでもなく男子から絶大な人気を誇っていたけれど、女子の中でもとても可愛がられていた。

特にユミルは本当にクリスタを好いているようで、ユミルはしょっちゅうクリスタにちょっかいを出していた。

私はそれを敢えて邪魔をしては、ユミルと喧嘩をしていた。

とはいっても、別に私とユミルは別に仲が悪いわけではなく、むしろクリスタ好きとして仲がよかった。

ただ、私たちの一番がお互いにクリスタで、クリスタを取り合うことが私たちの友情の形だっただけだ。

他にもサシャやアニ、ミカサなど、私にはたくさん友達ができて、私はとても幸せだった。

そんな私が、さらに幸せになった出来事が最近あった。

それは、ある日立体起動の訓練のときに出会った、駐屯兵団の先輩、その彼に告白をされたのだ。

会ったその日から大好きだったその先輩と晴れて結ばれた私は、まさに有頂天だった。

そして私は、まずそのことをクリスタに報告した。

一番の親友に、一番に教えて、一緒に喜びを分かち合ってほしかったのだ。

きっと喜んでくれるだろう、そう信じて止まないまま興奮ぎみに彼女に、「彼氏ができた」と伝えた。

すると、クリスタはまったく予想だにしない行動に出た。

ぶわっと涙を浮かべ、裏切り者!と罵りながら、私を思い切りぶったのだった。




親友だと思ってたらいつの間にか恋人になっていて彼氏ができたら浮気だと罵られた




「なまえの嘘つき!嘘つき!!」

「いたっ、痛いよ、クリスタ、ぁ!!」

クリスタは背も低く、華奢で、パッと見ひ弱そうだが、彼女も列記とした兵士の端くれなのだ。

思い切り平手打ちされれば、もちろん痛かった。

「なんの騒ぎですか!?
っ!?クリスタっ!?」

外まで声が聞こえていたのか、パンくずを口元につけたままのサシャが、慌てた様子で部屋に入ってきた。

そのまま、私に馬乗りになって頬をぶつクリスタを後ろから抱え込んで、私から彼女を引き離してくれた。

「なまえの馬鹿!
信じてたのに、信じてたのに!!」

「クリスタ、落ち着いてください!
こんなのいつものクリスタじゃないですよ!
一体、何があったんですか!」

「…っ!」

サシャの言葉を聞いたクリスタが、不意にはっとして、いきなり振り返ってサシャに抱きついて泣き出した。

「サシャ…私、なまえにひどいことを…!
なまえ、ごめんなさい!
私、私が悪いの。
私が、なまえに見合わないのが悪いの…!」

一体何のことだかわからなかった。

見合うも見合わないも、どちらかといえばクリスタに見合わないのは私であって、でもそもそもそんなことは、今は関係ないはずだ。

「クリスタ、そんなことないです!
クリスタは可愛いし、優しいし、誰から見ても完璧ですよ!」

「そんなことない!
だって、だったらなまえは彼氏なんて作らないはずだもん、なのに…!」

「え、彼氏!?
なまえ、それは本当ですか!?」

サシャがクリスタに抱きつかれたまま、ずいっと私に迫ってくる。

私は意味がわからないまま、こくこくと頷いた。

すると、サシャはこの世の終わりのような顔をした。

まさに真っ青である。

そして、抱きついているクリスタを抱き締めて、彼女の頭を撫でながら言った。

普段のお馬鹿っぷりからは想像できないお姉さんぶりだ。

「クリスタ、大丈夫ですよ!
泣かないでください、きっと、なまえは冗談を言ってるんです!」

私は冗談なんて言っていない。

だから、本当に意味がわからなかった。

だけど、きっと今何か言ったら、余計状況がこんがらがる気がして、私はひたすらクリスタが泣いているところを見ているしかなかった。



しばらくたつと、ユミルや他のみんなが部屋に戻ってきた。

もちろん、この状況にユミルは怒って、クリスタを泣かせたのはどこのどいつだ、とか、何でサシャが私のクリスタを抱き締めてるんだよ、と私たちに問いただそうとした。

一応、私の頬が腫れていることも心配してくれたけれど、やっぱり専らクリスタのことばかり言っていた。

意味がわからず、ユミルに私は答えられずにいた。

サシャも、しばらく答えられずにいたが、私が答えられないとみて、自分が答えなくてはいけないと思ったのか、ぽつり、ぽつり、と話始めた。

「なまえが、その…クリスタに……」

「クリスタに、何だよ。
ちゃんと話せよ芋女」

ユミルが今にも怒り出しそうな声でサシャを急かす。

サシャはうつむいて、しばらく黙っていたけれど、覚悟を決めたように私をまっすぐ見ると、絞り出すように、こう言った。

「なまえが、浮気した…みたいです」

「浮気!?
なにそれ、そんなこと、私してないよ!」

「はあ!?
どういうことだよ、なまえ!」

「ど、怒鳴らないでユミル!
意味がわからないよ!
サシャ、どういうことなの!?」

「え、ええっ!?
だって、さっきなまえが、彼氏ができたって!」

「できたよ!そう言った!
でも、それがどうして浮気なの!?」

「男なら浮気じゃねえってことかよ!」

ユミルが、大声で私に怒鳴ってくる。

それでも、私が腑に落ちないような顔をしているのを見て、どうにもならないと思ったのか、乱暴にサシャからクリスタをひったくるように抱き寄せて、部屋を出ていってしまった。

それを見て、サシャも待ってください!と言いながら、二人を追いかけて、部屋を出ていってしまった。

部屋に残された私たちは、しばらく気まずい空間のなかで動けなくなっていたけれど、ミカサさすっと私の肩に手を置いて、それから沈黙を破った。

「なまえ、浮気をしたって、どういうこと…?」

私をまっすぐに見るミカサの目は、責めているようではなく、むしろ心底気になる、というような感じだった。

「彼氏ができたって、どういうこと…?」

「どういうことって…そのままだよ。
さっき、先輩に告白されて、付き合うことになったから、クリスタに報告しにきただけ…」

ぐっ、と彼女が私の肩を掴む手が強くなったのがわかった。

「何かの勘違いだと思っていた…。
なまえは、そんなこと、する人じゃないと、思っていた。
ので…とても、失望した」

ミカサの目は、私を責めていた。

意味が、わからない。

「どういうこと…?」

「あなたは、クリスタと恋人になったのでしょう?
なら、他に彼氏を作るのは…浮気。
浮気は、クリスタへの、裏切り。
私は、あなたに、失望した。
本当に…失望した」

……クリスタと、恋人?

彼女と私は、あくまで親友だった。

確かに、恋人同士のように仲がいいとは思っていたけれど、そんなふうになった覚えはなかった。

私はミカサにどういうことかもう一度聞こうと思ったが、彼女も怖い顔をしながら、部屋を出ていってしまった。

私は困って周りを見渡したが、みんな関わらないように目をそらしたり、自分の作業に没頭したりしてしまった。

私も、もうどうしようもなくなって、これ以上の追及はやめた。



それからは、散々だった。

誰も、私に声はかけなくなったし、むしろ避難の目で見てきた。

例外とすれば、何だかんだ私を気にしてくれているらしいサシャと、あとは、アルミン。

アルミンは、私に話しかけてくることもなかったけど、話せば普通に話してくれた。

とはいえ、私がクリスタを裏切ったと思っているミカサとエレンによって、私はあまり彼とは仲良くななれなかったのだけれど。

仕方ない、私は彼とは元々会えば話す程度の仲でしかなかったのだから。

ということで、私と一応友達でいてくれたのは、実質サシャだけだったのだ。

それでもサシャは別に私の味方なわけではなくて、私のもとにきては、「今謝れば、クリスタはきっと許してくれます!」とか、「何か、事情があったんですよね?」といった、的外れな励ましというかなんというかを、してくれるだけだった。

ひとりぼっちはつらいから、サシャが何かと声をかけてくれるのは、本当にありがたかった。

でも、やっぱり私はみんなと前のような関係に戻りたかった。

だけど、そのためには誤解を解かなくてはならない…が、今さらそんなことができるとは思えなかった。

みんな、クリスタを信用していた。

私とクリスタが、付き合っていたと思っているのだ。

まさか、女同士で付き合っているなんて、否定はしないがイレギュラーな出来事に、少しは疑問を持ってくれてもよかったんじゃないだろうか。

クリスタが言う、なまえと恋人になったというのは、彼女の妄言なんじゃないかと、思ってくれる人が、いてもよかったんじゃないだろうか。

だけど考えても無駄だった、みんなクリスタを信じているし、私も肯定もしてないが、はっきり否定もしなかったのだから。

そのクリスタはというと、私を見るたび、悲しそうな目付きでこちらを見つめ、話したそうにしていたが、ユミルによって阻止されていた。

私は無性に腹が立った、お前のせいなのに、と。

訓令兵団内で居場所をなくした私は、自分の彼氏に入れ込むようになった。

彼だけが私の居場所だと思ったし、彼も私を受け入れてくれた。

空いた時間は、なるべく彼に会うために使ったし、できる限り彼に尽くした。

私は彼に対して盲目になっていて、まだ付き合って三ヶ月なのに、彼に別れを告げられた理由がわからなかった。

理由は一言、「重い」。

彼に好かれるために、彼といるために、自分の居場所を守るためにやっていたことが、すべて否定された瞬間だった。

私はそれからひたすら無気力になって、でも彼を忘れられずに、彼の部屋を訪れようとしては、何もできず兵舎に帰って塞ぎ混む日々だった。

さすがにサシャはもちろん、それ以外の子達も私を心配したが、それどころじゃなかった。

ある日、いつも彼が仲間とたむろっていた場所を訪れた。

そこに彼は何人かと一緒にいて、私は思わず隠れた。

けど、ここにいても何ができるわけでもないので、私が帰ろうとすると、ふと彼の口から「なまえ」とこぼれたのが聞こえた。

私は少し驚いてから、どうしても話が聞きたくなって、木の影に隠れながら、できる限り彼らに近づいて、聞き耳をたてた。

「そういやお前さ、最近できた彼女どうしたんだよ、ほら、訓練兵の」

「あー…別れた」

「何でだよ、さては振られたな!」

「ちげーよ、なんかあいつ重くてさ。
つか、そもそも俺、あいつのこと好きじゃなかったし」

「は?じゃ、なんでわざわざ付き合ってたん?」

「ほら、知ってるだろ?
訓練兵のなかにいるクリスタ・レンズっていうめちゃくちゃ可愛いやつ。
元カノがすげえ仲良かったんだよ。
でも、さすがに会ったこともない高嶺の花に声かける勇気はねえし、じゃあと思って、面識あったあいつと付き合い始めたわけ。
どうにかそれでお近づきになれねえかなーって。
でも、結局空振りだったな。
無駄な三ヶ月すごしちまったわー」

私は泣きながら走り去った。

結局大好きな彼も、クリスタだった。

あんなに大好きだったクリスタが、今は憎くて仕方なかった。

けど、ふと、私からすべてを奪ったクリスタが、私の欲しいものすべて持っているクリスタが、クリスタが好きなのは、私なんだ、という考えが降ってきた。

そう思うと、一気におかしくなった。

みんなみんな、クリスタが好き。

元カレも、友達も、みんな、クリスタが好きなのだ。

でも、そのクリスタが好きなのは、私。

泣きながら笑えてきた。

私は、友達や、今までの居場所を取り戻す、ある方法を思い付いた。



「…サシャ」

「なまえ?…って、どうしたんですか、その目!
腫れちゃってますよ!」

「クリスタと話がしたいの。
でも、ユミルがそれを許さないだろうし…、だから…」

そういうと、サシャはすべてわかってくれたようで、すぐにユミルとクリスタのもとへ言って、説得してきてくれた。

サシャをバカというのは、これっきりにした方がいいかもしれない。

時間はかかったが、どうにかサシャがユミルをクリスタから引き剥がすことに成功して、クリスタと私を二人きりにしてくれた。

お礼に、これから一週間、パンをあげるといったら、彼女は大喜びして、変な躍りを踊り出してコニーにつっこまれていた。

やっぱりバカかもしれない。

「あの、なまえ…」

部屋で二人きりで、黙り混んでいたところで、クリスタがか細い声で話しかけてきた。

「私ね、ずっとなまえと話したかったの。
ユミルは反対していたけど、でも、なまえが浮気するのも、私が悪かったんだと思うの!
だって、私がもっとなまえにとって魅力的なら…、浮気だって怒ったりしないで、笑って許してあげられるくらい、心が広ければ、きっと…っ!」

クリスタはそこまで言うと泣き出してしまって、続きは言葉にできなかった。

私はそんなクリスタを抱き寄せた。

クリスタがびっくりしたような顔をしていたが、私は構わず彼女を強く抱き締めて言った。

「ごめんね、クリスタ。
私、ちょっと血迷ってた。
私にはクリスタしかいないのに…」

「なまえ…?」

「本当にごめんなさい。
許してもらえるとは思えないけど、やっぱり私にはクリスタしかいないよ。
クリスタじゃなきゃだめなの」

「なまえ、私でいいの?
こんな未熟で、だめな私でいいの…?」

「うん、クリスタじゃなきゃだめだよ。
だから、よかったら私にもう一回チャンスをちょうだい。
もう一度、付き合ってほしいの」

「なまえ…!
本当に、本当に…?
私がなまえの彼女でいいの?
嬉しい…!

「うん、うん…。
許してくれてありがとう。
クリスタ、大好きだよ」

「うん、私も大好きだよ、…なまえ」



それから、私はクリスタとみんなの信用を取り戻すため奔走した。

出来る限り時間は彼女のために使い、できるだけ彼女と一緒にいられるよう努めた。

プレゼントだって定期的にして、彼女が疲れていれば、マッサージだってなんだってやった。

ふと、もしかしたらこれは「重い」のかもしれないと不安になったが、クリスタは申し訳なさそうにしながらもとても喜んでくれて、ますます私はクリスタが好きになった。

復縁を反対していたユミルやみんなも、二年たっても変わらない私の態度を見てか、日に日に私たちを認めてくれるようになり、いつしか私の浮気は過去のちょっとした過ちだとして、みんなが笑い話にするようになった。

もうすぐ卒団をして兵団選択をしたくてはならないが、クリスタはなんと調査兵団を志望しているらしい。

私は元々憲兵団を目指しつつ、でも決して優秀ではなかったので、駐屯兵団を志望していたが、私も調査兵団に入ることにした。

巨人は怖いが、クリスタと一緒にいるためなら構わない。

ずっと私は、クリスタと一緒にいよう。








「ねえ、エレン」

「何だよアルミン」

「なまえがさ、浮気したっていって、問題になった時期、あったでしょ」

「ああ、あったな…。
でも、もう過去のことだろ。
そりゃ、浮気は許せねえけどよ、クリスタも許してんだし、今さら蒸し返すことじゃないんじゃないか?

「ああ、うん…。
別に、蒸し返そうってわけじゃないんだ。
ただ、あのとき、なまえとクリスタは、本当に付き合っていたのかなって…」

「どういうことだよ?
クリスタが嘘をついてたっていうのか?
そりゃねえだろ…、あんなに喜んで報告にきたんだぜ。
なまえと恋人になった!って…、わざわざ俺たちにまでさ」

「うん、僕も別にクリスタが嘘をついたとは思ってないよ。
ただ、例え真実と違っていたとしても、それを本当だと思い込んでいれば、嘘は嘘ではないわけで…」

「どういうことだ?
さっきから意味わかんねえよ、アルミン」

「…いや、きっと僕の思い過ごしだよ。
忘れてくれ、エレン」

「ああ。…変なアルミンだな」



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