【雪降りて】
※ぬこが居ます
何も聞こえぬ。
そう感じる程、辺りは静寂に満ちていた。
はて、遂には耳までも病に侵され聞こえ無くなったか、吉継は床に伏せたまま考えたが、どうやらそうでもないらしい。
静寂の中、ざくざくと言う何かを掻く音が聞こえる。障子越しに差してくる光はいつもよりだいぶ明るい。
それに、この寒さ。
「雪?」
未だ定まらぬ視界のまま起き上がると、いつの間にやら布団に紛れていた飼い猫がころりと落ちてきた。
真っ白の、あまり目つきのよくない子猫だ。
三成に似ていると思ったので、なんとなく吉継は「三成」と呼んでいる。
眠りを妨げられ、寒さの中に急に放り出された猫は抗議の泣き声を上げた。
「ぬし、いつのまにここに居た?全く気づかなかったぞ」
吉継は、その温かな毛玉を抱き上げた。
病身の我が身のもとへと潜りこんでくるなど、この猫と三成くらいだ。全くぬしらは似過ぎていて怖いと心中で呟き、クク、と笑う。
猫は瞳を閉じて、うつらうつらとし始めた。どうやら、まだ寝足りないらしい。
「まあ暖を取るにはぬしの毛はちょうどよいな」
こう寒くては、手足も痺れろくに動かすことは出来ない。
数珠を扱うにも支障が出てくるだろうし、もう今日は観念して大人しくしているか、そう考え猫を抱えたまま、吉継はまた床に入り直した。
外は静寂。ゆっくり眠れるだろうと瞳を閉じた時だった。
さくさくさく、と雪を踏む足音が聞こえてくる。その足音は廊下に到着したのか、ドスドスと言う荒々しい音に変わった。
この足音の主を、吉継は知っている。
「刑部!!」
静寂を突き破って、障子が荒々しく開かれる音、低めだがよく通る声が部屋に響く。
布団から頭を出してそちらを見ると、袴姿の三成が立って居た。
「刑部、寒くはないか」
「……寒いので、障子を閉めてくれるとありがたいがな、三成よ」
「そうか」
三成は頷くと、障子をまた乱暴に閉める。
防寒具すら付けずこの雪の中歩いてきた三成のほうが余程寒そうな気がした。
「何用だ、三成?」
「貴様が寒かろうと思い、火を起こしに来た。ついでにこれを」
三成が、吉継の布団に向かって何かを投げた。
ふわりとしたそれはゆっくりと布団に舞い降りる。
「なんだ?」
「かつて秀吉様に頂いた虎の毛皮だ。貸してやるからそれでも被っていろ」
「……ああ」
どうやら三成は、初雪で吉継が凍えているとでも思ったらしい。
確かに、病で痺れが来てほとんど動かぬ脚にこの寒さは厳しいものはあるが、まさかこんなに心配されるとは思わず、吉継はうろたえた。
「三成、いくら友だからとてそこまでせずとも良いのだぞ?」
「私がやりたかったからやっただけだ。貴様は口答えせず寝ていればいい」
「そうは言うが、落ち着かぬわ」
吉継は火鉢に火を起こしだした三成を見た。
銀色の髪には微かに雪が積もって居るようで、常時白い顔は益々白く、寒いのか頬は真っ赤だ。
足袋すら履かず駆け出してきたであろう足先も、可哀相な程に赤い。
猫を布団の中に置いたまま、身体を引きずるように三成の側へ行くと、睨まれた。
寒いから布団の中に居ろと言いたいのだろう。
「……三成よ、ぬしのほうが寒かろ」
「寒くない」
「手が冷たいではないか、足も」
吉継が三成の手先、足先に触れる。ひんやりとして、まるで氷のようだ。
このままでは、凍症になりかねない。
それでも三成は、
「寒くはない」
強がるようにそう言った。
「鼻水が」
「これは汗だ、寒くない」
「震えて火打ちが出来ていないではないか」
「武者奮いだ!」
「……流石にそれは無理があるな三成」
三成の震えた手では、いつまでたっても火を起こせないだろう、そう考え吉継は太閤からもらったという毛皮を三成の身体へ無理矢理被せた。
ついでに布団の中に居た猫を掴んで(当然のごとく猫は抵抗したがなんとか引きずり出し)三成に無理矢理押し付けた。
「そもそもな」
その後そう言ってため息をついた吉継を、三成は恨めしそうに見る。
「…………」
「われも火くらい起こせるわ」
少し指先に痛みはあったが、我慢出来ぬ程では無い。
指先を動かし、常時使っている数珠を二つ、浮かす。
朧げな光を放つそれらを火鉢の上で勢いよくぶつけると小さな火花が上がった。
「……そんなことが出来るなら最初からやれ刑部!」
「やれ、ぬしがやると言って聞かなかったのであろ。余計に寒くなったわ」
「……すまん」
「ヒヒ……まあ、われを思ってやったこと。三成、ぬしが優しいのは痛い程わかったわ」
暖かい猫を抱きしめながらしょぼくれる三成は、大の男ながらなかなか可愛いげがある。
吉継は楽しそうに笑うと、火鉢の灰を箸で掻き混ぜた。赤い、火花がパチパチと音を立てる。
「"たま"は暖かろ?」
「ああ、暖かい」
「われの布団にいつの間にか入っていたのよ、おかげで良く眠れたわ」
「そうか。"たま"は刑部の湯たんぽ代わりか」
その猫の本当の名前が"三成"であることは本人には秘密にしていた。
猫と私を一緒にするとは何事だと怒り出しかねない。
三成はそんなことは全く知らず、猫の頭を穏やかに撫でた。
しかし、猫は三成の腕の中が嫌なのか、にゃあと甲高い声を上げ、するりとそこから抜け出す。
「あ」と三成が言う前に、猫は吉継の膝へと飛び乗った。どうやら、そこが定位置らしい。
「…………」
三成は、羨ましそうにそれを見つめていたが、やがて毛皮をまとったまま吉継の側へと寄る。
そして無言で吉継の身体にも毛皮をかけた。
大の男二人と猫一匹ががひとつの毛皮をまとっている状態である。
「三成よ、これはこれで暖かいのだがな、いきなりどうした」
「貴様が寒そうだったのと……」
「と?」
「猫を触りたかった」
吉継が直ぐ近くにある三成の顔を見ると、恥ずかしそうに赤面している。
吉継と至近距離に居る故恥ずかしいのか、わりと猫好きであるという事実を知られるのが恥ずかしいのか。
恐らくはそのどちらもか、と吉継は心中で呟く。
「まあ、こうしていると暖かい。よい、しばしこうしていようか三成?」
「………………」
三成は無言で下を向くと、吉継の膝の上の猫を撫でた。
触れ合った身体が、だんだんと暖かくなっていくのを感じながら、吉継は火鉢の灰をまた掻き混ぜる。
障子越しに見えるのは空から降る雪の影。
まだ、雪は止まないらしい。
END
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実家帰ったら初雪降った。
実家の犬がほかほかして気持ち良かった。
そんな感じでこんな妄想に至ったという経緯。