【甘やかし】





「刑部、貴様は凶王に甘すぎる」

そう、呆れるように言ったのは毛利元就だった。
昼餉の時である。
この時元就は、たまたま客として三成達の昼餉に同席していた。

「さようか」

「ふぁはれ、ほうひ(黙れ、毛利)」

「やれ、三成。食している時はしゃべるでない。ご飯粒が飛ぶわ。ほれほれ、たんと食べよ」

おにぎりを頬張っている三成の顔に付着した米粒を丁寧に取ってやると、吉継は箸でほぐした鮭を三成の口元に持って行った。
三成は当然のようにそれを口に入れる。

「……石田よ、貴様はこどもか」

「私を愚弄するのか毛利ィィィ!」

「三成よ、食事中は立つでない」

「……ふん、そうであったな」

立ち上がっていた三成は、吉継の一言で直ぐに座り直すと食事を続けた。
元就は更に大きな溜息をつくと頭を抱えた。
戦の最中は凶王とまで称される兵だが、常時は何も出来ない子供のようだ。

「刑部よ、貴様の育て方が悪かったのだ。何故、こんなことになった。何故、食事すらひとりで出来ぬ」

「こうでもせぬと、三成は飯を食わぬ。三成には息災で居てもらわぬと困るからなぁ……ヒヒ」

「しかし、時には突き放すことも大切ぞ」

「そんなことは出来ぬ」

元就と喋っている間も、吉継はおかずをせっせと三成の口に運んだ。
真面目な顔でそれを頬張る三成の姿は、ある種滑稽である。
ひとしきり食べ終わると、三成は横になった。吉継の膝を枕に目を閉じる。

「……何故、凶王はいきなり寝だした」

「昼寝よ」

「牛になるぞ」

「構わぬわ。もう少し肉をつけてもらわねば困る」

吉継は、ようやく自身の膳に箸を伸ばした。
もう冷たくなったそれらを、静かに噛む。

「刑部よ、もう一度言う。貴様は凶王に甘すぎだ」

「仕様が無かろう」

吉継は眠っている三成の髪を静かに透いた。
ちいさく身じろぐ三成を見て、微笑む。

「三成は、わがやや子のようなものだからな」

「……勝手にせよ」

元就は諦めたように、殊更大きな溜息をつくと箸を置いた。
この大谷刑部と言う男も、世間で言われている程の悪人ではないのかもしれない。
すうすうと言う寝息が聞こえてきたので、元就は三成のほうに目を向けた。
健やかに寝ている彼の顔は、穏やかで、本当にやや子のようである。

「万が一」

食べ終わり、箸を置いた元就が口を開いた。

「貴様が死ねば、石田は生きてはいけぬだろうな」

「……そうさなぁ」

吉継も、箸を置く。
眠る友の顔を、優しげな瞳で覗いた。

「それならそれで、良い」

「……」

「彼岸の淵でも共にいれるならそれで良い」

「刑部、貴様の心は理解出来ぬわ」

「ぬしに理解されようとはこれっぽっちも思わぬな」

そう言いながら、戦場では疫病神のようなこの男は、それを感じさせぬ程優しく微笑む。
無意識的に腰に伸ばされた三成の手を取ると、優しく握った。

(もしかしたらこの二人、穏やかに狂っているのかもしれぬな)

元就は小さく溜息をつくと、奇妙な二人の関係を思った。
恐らくは、依存と言う病。
互いが互いを求めている。
どちらかが欠ければ、どちらも消える。

(馬鹿げたことよ)

穏やかに狂った二人は、はたから見れば幸せそうでもあるし、可哀相にも見える。
しかし、心を閉ざしてしまった元就には、その関係が理解出来ないし、する必要は無い。
やけに冷酷な瞳で、母子の様な二人を見た。
ただ、深い溜息だけが漏れ、三人しか居ない部屋に溶け込んでいった。




END


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