【春風のような】






彼はいつも、春風のような微笑みを口元に浮かべていた。
切れ長な紫色の瞳は、冷淡そうに見えながらも、優しかった。
背はあまり高くない。男にしては小さい部類だろう。顔立ちはたおやかで、体つきも折れそうな程細い。女、と間違われることもあった。
しかしその風貌とは裏腹に、燃えるような野望と、太閤への限りない忠誠心を持つ男。
それが、三成の知る半兵衛である。

『佐吉、おいで』

幼い三成を、半兵衛は可愛がった。三成の中にある知性、秀吉への忠誠心を、感じとっていたのかもしれない。
三成がおぼつかない脚取りで半兵衛のところへ走ると、彼はいつも春風のような笑みを浮かべた。
その笑みと一緒に、桜の花びらが舞った。微かな、華の香りが漂う。

『今年も桜が綺麗だね』

『はい、半兵衛様』

花の中で微笑む彼は、とても儚く見えた。
花嵐に紛れて、何処かに消えてしまうのではないかと、三成は錯覚する。

(きえないで)

半兵衛の白く細い手を、三成は強く握った。
こうすれば、彼は消えない。自分の前から、太閤の前から、消えることは無いのだと、そう、信じた。
半兵衛は一瞬きょとんとした表情をその美しい顔に浮かべたが、直ぐににっこりと笑って三成の小さな手を握り返した。













「今年も桜が咲きました。半兵衛様」

昔のことを思い出しながら、三成は桜の巨木を見上げた。
その木は、自分が小さい頃となにひとつ変わっていない。舞い散る花びらも、香りも、昔のままである。
ただひとつ変わってしまったことと言えば、傍らの美しい春風が、儚く消えてしまったことだ。
そよ、と暖かな春風が吹いた。掴めるだろうか、そう思い右手を伸ばした三成の手の平を風が吹き抜けて行った。

(貴方は本当に、春風になってしまったのですね)








END







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「軍師の門」読んでたらたぎって書いた。半兵衛=春風(しかし腹黒)
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