【このまま】



「刑部、出陣だ。黒田官兵衛を潰す」

いつも、この男は突然だ。どすどすと大きな足音をたて部屋に入ってきた三成を、吉継は包帯の下で苦笑いしながら見つめた。

「やれ、急なことよ。一体どうした三成よ」

「あの馬鹿が小事を起こした。捨て置いても問題なかろうが、念には念を入れて潰す!!」

「そうか、そうか。まったくもって面倒なことだ」

吉継は大きなため息をつくと、小姓に「われの輿を」と命じた。
もはや吉継の両足は病の為、感覚を失っており戦場においては輿を使って移動するしかなかった。
すぐに小姓二人が走っていくのをじっと見つめながら三成は「ふん」と鼻を鳴らす。

「どうした三成」

「輿など要らん、私が運んでやる」

「な」

吉継は息を飲んだ。いつの間にやら、駿足なこの男の整った顔が目の前にあったからだ。相変わらず不機嫌そうな顔はそれでも尚、美しいと思う。
吉継が目を開いたり閉じたりしていると、三成は左手で吉継の膝を、右手で背中を支えるように持つと立ち上がった。
これではまるで、初に御床入りする初々しい男女のようだ、とおかしな想像をしてしまった自分を吉継は悔やむ。
しかし三成は特に何も考えずこのような行動を取ったらしい。おおかた、このほうが効率的だとでも思ったのであろう。

「このままゆくのか」

「ゆく」

「われの家来どもはさぞびっくりするであろうな」

「そんなことは知らん」

三成は真っすぐを見据えながら、歩き出した。廊下で、何人かの吉継の家来と擦れ違う。
家来達は何か見てはいけないものを見てしまったような顔で立ち尽くしていたが、三成は全く気にすることはなかった。
三成の胸は居心地が悪い訳ではないのだが、なんだかこそばゆい。吉継がもぞもぞと動き出すと、三成は「動くな」と不機嫌そうな声で呟いた。

「やれ、これは恥ずかしいわ。三成よ、降ろせ、降ろせ。これではまるで姫御前ではないか」

「気色の悪い姫御前だな、刑部」

「冗談よ冗談、とかく降ろせ、将としての示しがつかぬわ」

「関係無い。貴様は病人だ。私が介護をして何が悪い」

どうやらこの凶王には何を言っても通じないようだとわかると、吉継は抵抗をやめた。
そのまま力を抜いて、身体を預ける。きっと、はたから見たらおかしな光景なのだろうが、もうどうでも良かった。

「なんなら、このまま戦にゆくか」

「三成よ、ぬしの冗談は食えぬわ」

「冗談では無い。このまま数珠を操ればいい。貴様ごとき抱えたところで私の刃は鈍らん」

「……それだけは遠慮したいところだ三成よ……」

「……いい案だと思った」

珍しく、しゅんと頭を垂れた三成を見て、吉継は笑った。
おおかた、いつも迷惑をかけている分(果たしてこの凶王にそんな自覚があるのかどうかわからないが)、世話を焼きたかったのかもしれない。
吉継が思わず手を伸ばし、その猫のような柔らかい髪の毛を撫でると、三成はまた不機嫌そうな顔をしたが、その頬は微かに赤かった。






END


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甘いな……暗いの書きたいのにな……
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