【友猫・5】


*注意*
!ネタバレあり
!死にネタです
!if歴史有、つまり壮大に捏造ネタ
!大谷さん包帯レスというか本来の姿捏造有

















私は大谷刑部に飼われている"三成"と言う名の猫だ。
刑部と石田三成が、慌ただしく屋敷を出て行ってから、もはや一週間が過ぎた。
屋敷の武士達もほとんど出払っているようで、たまに見るのは女達だけだった。
刑部も、石田三成も、武士達も、関ヶ原で徳川家康と戦っているのだろう。
かつて私は、刑部に「西軍は負ける」と予言したことがあった。しかしその予言も数多くある未来の内、最も行き着く可能性が高い、と言うだけのことであり、必ずそうなる、と言うことでは無い。そこまでを見通せる力はただの化け猫風情には無いのだから。
もしかしたら彼等はのうのうと帰ってくるのかもしれない。
ごろごろと、いつも刑部が座っていた場所を転がっていた時だった。

「治部少輔殿!」

女中の、声がした。
治部少輔とは、石田三成の役職名である。刑部との間の会話ではあまり聞き慣れないその言葉に反応し、私は跳び起きた。
そのまま、刑部に付けられた鈴を鳴らし門口へと走る。
そこに立っていたのは、石田三成だった。
しかしいつもと違ったことは、その瞳に覇気の炎が燈っていないのと、真っ黒な紋付袴を着ていたことだ。
女中の声など聞いてはいないのか、彼は猫背を益々丸め、ふらふらと、まるで亡霊のように刑部の部屋に来ていた。
私もその後を追う。
悪い、予感がした。

「…………」

石田三成は何も言わず、刑部がいつも座っていた場所にへたりこんだ。

「くっ…………」

その口が、歪み笑っている。

「くは……くははははははははは」

彼は、狂ったように笑った。
それはまるで引き付けを起こした病人のような必死で苦痛な声であった。
笑って、笑って、

「は、はは、は……」

最後には笑い声は途絶え、畳を、獣のように引き裂いた。自分の爪から血が流れ出したのにも気づいていないのか、気づいていても気にしていないのか、その姿は狂人に他ならなかった。
掻き続け、彼は大きく咆哮を上げた。その姿は、人間などでは無く、一種の猛獣の様であった。

「……何故だ」

ぼそり、と石田三成は言葉を発した。

「何故裏切った刑部」

やはり、と思った。

「何故、私を置いて逝った!それは、裏切りだと、貴様に言っただろう!何故、何故、何故、何故、何故!!!!」

石田三成は、号泣していた。
あまりの奇怪な行動に女中達が部屋に集まりだしたのも気にせず、彼は叫ぶように泣いた。

「どうすればいい!貴様すら失って、どうやって生きていけと言うのだ!いっそあの時、私が死ねば良かったのだ!!」

私は、石田三成が苦しみ悶える様を見つめていた。
あやかしと言えど、ただの化け猫である自分がどう彼を助けられようか。

(やれ、三成が吠えておるわ)

ふと、声がした。
鈴の音を鳴らしながら振り向くと、刑部の姿があった。
しかし、いつもの包帯姿では無い。恐らくは彼の本来の顔なのだろう。優しげな、細面の青年だった。長い黒髪が、風も無いのに揺れた。

(刑部か)

(三成、よく我だとわかったな)

(一度夢で会うている。お前もはやこの世のモノでは無いな)

(ああ、死んだ)

死んだ、と言うにしてはあまりにも悠長な声で刑部は言った。

(どうせ、病にて永くは無い命……最期に三成の為に使えて良かった、ヨカッタ)

(何があった)

(三成を庇って、死んだのよ)

死人にしては、優しい、怨みごとなど皆無の笑顔だった。

(我は、業病となってからは全てを怨んだ。髪は抜け落ち、顔は崩れ、日に日に皮膚は脆くなり、馬にすら乗れ無くなった。人は我の姿を恐れ、疎んだ。全てが我のような不幸を味わえばいいと思うようになった。しかし、なあ)

刑部が畳につっぷして号泣している石田三成の肩に触れようとした。
しかし、刑部の手は石田三成の肩を通り抜けてしまい、彼は酷く悲しそうな顔をした。
私のように実態が無い限り、あの世の者は、この世の者には触れられぬ。

(三成だけは、いつまでも盟友であった)

(友、か)

(三成だけには、幸せを与えたかったのよ、我を含めた他の人間の幸せを吸ってもな)

(だから庇ったのか)

(ああ)

刑部と私は、石田三成が泣き止むまで傍に居た。
やがて、石田三成は急に気絶した。あまりにも全力で泣きすぎたのであろ、と刑部は笑った。










****





数ヶ月が過ぎた。
私は今、石田三成の屋敷で飼われている。
刑部の魂もまた、石田三成の屋敷を未ださ迷っていた。未だ心配で地獄になどゆけぬと、刑部は言う。
石田三成は元気になった、とは言えぬが元来の不遜さを取り戻しつつある。
それもこれも、刑部が石田三成の夢枕に現れ「我が猫を我と思い愛でよ」と伝えたからであろう。
石田三成は私の中に刑部の魂が宿ったのだと信じきっている。

「おい、刑部、何処にいる!私のもとから離れるな!」

主人の声がして、私はその方向へと走った。
不機嫌そうな石田三成が、私の身体を持ち上げるとため息をついた。

「貴様、また私の夢枕にたったな?猫の耳と尾などつけおって気色の悪い。しかも『もっと旨い飯を出せ』だと!?私に命令するな!」

どうやら刑部は、石田三成をからかって遊んでいるらしい。
庭に居た刑部の魂がけらけらと笑った。

「貴様の頼みだから聞いてやるが、貴様でなければ瞬殺していたのだからな!」

ぶつぶつと文句を言いつつ、石田三成は私の身体を抱いた。
「にゃあ」と甘えるように鳴く。
「煩い黙れ」と言いつつ、石田三成の頬は緩んでいた。

(もう、我は地獄に逝っても良いであろ)

いつの間にか刑部の魂が、石田三成と並んで歩いていた。

(地獄か?)

(我は地獄にしか行けまい)

(わからぬぞ、閻魔の温情により極楽に行けるやも)

(無いな)

刑部は笑った。

(刑部、おまえは人間にしては美しいな)

(そんな訳なかろ……至って普通の顔だがな……しかも生前は崩れていたのでな、「醜い」としか言われたことは無い)

(表面では無い、心根が)

(ぬしの冗談はつまらぬな)

この男は元来、優しい男なのだろう。
発病し、身体も心も蝕まれ、彼は全てを怨むようになった。しかし彼の行いを見ていると真の悪人には到底思えぬ。
むしろ、武将にしては優し過ぎるやもしれない。
もしかしたら、自分自身を悪人と思い込むことによって、卑劣な行いを正当化していたに過ぎないのかもしれない。そうしなければ、彼は武将として生きていけなかったのではなかろうか。

(さて、我はゆくわ。三成よ、いや今は刑部か。我が友を頼むぞ)

(猫などに頼むのか)

(さよう。ぬしは賢い猫故)

刑部の魂が、風景に溶け込むようにして消えて行く。
石田三成の後ろ姿を感慨深い瞳で見つめると、刑部は笑った。

(石田三成、願わくば、ぬしは、ぬしだけはいつまでも幸せに)

「…………刑部?」

何かの気配を感じ取ったのか、石田三成は急に止まって、振り向いた。
しかし、もうその時には刑部の魂はこの世から消えていた。

「………………刑部の声が聞こえた気がした。猫刑部、貴様か?」

石田三成の細い指が、私の喉元を撫でた。
私が「にゃあ」と鳴くと、三成は首を傾げて「気のせいか」と寂しげに呟いた。




余談だが、石田三成は大阪に武士だけの政治体制を敷くことを決定したようだ。
もともと、戦よりも政治的手腕が優れたこの男は、忙しそうに大阪城と屋敷とを行き来している。

「刑部、刑部!?」

また、主人が帰ってきたようだ。
彼の友の代わりに、今しばらくは彼と共に居ようと思う。
何故私が人間の為にここまでするのか。理由があるとするなら石田三成と大谷吉継が、人間にしてはあまりにも真っすぐで、美しい心根の持ち主だからであろう。

―――石田三成、願わくば、ぬしは、ぬしだけはいつまでも幸せに

それに、大谷刑部の望みを叶えてやらねばなるまい。
彼の代わりに、私が三成の友となれれば良いと思う。






END




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