【友猫4】



「関ヶ原」

吉継の、包帯に巻かれた手が地図の一点を指す。

「我ら西軍は……ここに布陣する」

「やっと……やっと私の手で家康を葬り去ることができる!!」

「まあ、そう急くな。大将は自ら突撃などせず戦況を見守るものよ」

「そんなことはしらん!私が家康を殺す!」

「やれ困った大将殿だ」

二人の白熱した軍議を、吉継の膝の上で聞きながら、猫は大きなあくびをした。
その後、かまってほしそうに珍しく高い声で鳴いたが、二人には届かなかったようだ。
二人がかまってくれないことを知ると、のろのろと動き出し、地図の上に腹ばいに寝転がる。

「貴様!悠長に寝るな!」

「猫には戦も理解できまい。やれ、たま、外へ行け。我らは今忙しい」

吉継が言うと、猫は不満そうに唸る。腹いせのように地図を後ろ脚で払うと、さっと縁側へと降りて何処かへ行ってしまった。

「相変わらず、ふてぶてしい猫だ」

三成が、地図を広げ直す。

(……あの猫の予言)

吉継は、かつて夢で見た光景を思い出す。
石田三成と化したあの化け猫が、「西軍は負ける」と予言した。
ふと庭を見ると、猫はかつて夢に現れた場所に座りながらじっと吉継を見ていた。
どうやら、あの猫は未だ戦に反対らしい。

「刑部」

(わかる、我らには圧倒的に不利やもしれぬ)

「……刑部」

(家康の味方は多い。それに金吾も、信用ならぬ。しかし三成は家康を)

「……刑部!!何を呆けている!」

三成の声に、はっ、と吉継は肩を震わせた。
前を向くと、すこぶる不機嫌そうな三成の顔があった。
いや不機嫌なのとは少し違う、と吉継は思った。
何処かいつもとは違う必死さが、その瞳にある。
三成はいきなり立ち上がり、吉継の男にしては細い肩を揺すりつづけた。

「貴様、病が進行して頭にまできたのではあるまいな。具合が悪いのなら素直に言え!」

「や、そうでは無い。ただ、すまん、考え事をしていたのよ。やれ、そんなに揺するな。これでは具合も悪くなるわ」

「なら、良い。続きだ」

どうやら、彼は彼なりに吉継を心配していたらしい。
この男は、昔から優しい言い回しなど出来ない男であった。性格なのか、粗野で乱暴な言い回ししか出来ない。
そこが吉継からして見れば彼の魅力ではあったが、他の武将達はそんな三成を疎んだ。
秀吉が死んでから、その性格は益々酷くなったように見える。

「三成、この戦」

(負けるやもしれぬ)

そう言おうとして、吉継は口を閉じた。

「なんだ、刑部。言え」

いや、三成にとっては戦に勝つも負けるも関係ないのだろう。
ただ、家康を殺したい。
秀吉の仇を打ちたい。
それだけの為に、彼は今まで生きて来た。
止めるべくも無い。

「刑部!!貴様本当に大丈夫なのか!無理をするな!」

はっとして、三成を見る。
三成はほとんど泣きそうな瞳で吉継を見ていた。

「すまぬ、大丈夫だ。かような厳しい戦、考え事が多くてたまらぬわ」

「……大丈夫なんだな?貴様、私に嘘をついてはいないな?」

「我はぬしには嘘をつかん」

「そうか、なら良い」

吉継は、彼の気遣いが嬉しかった。同時に、少しくすぐったい。
吉継が、西軍の陣取りをすらすらと述べていく。三成はその都度頷き、賢いこの男は直ぐに布陣を頭に叩き込んでしまった。



***




「刑部、ひとつ約束をしろ」

二人だけの軍議が終わり、三成は真っすぐに吉継を見据え、低い声でそう言った。

「はて、約束とは」

「死ぬことだけは許さん、貴様が死ぬことは、私を裏切ったのと同じだと思え」

「さようか、ぬしが望むなら、我は死なぬ」

「…………なら、良い」

三成はそれだけ言うと、さっさと吉継の前から立ち去った。
恐らくは、病人である吉継をこれ以上疲れさせまいという配慮であったのだろうが、全くわかりにくい気遣いだった。
いつの間に来ていたのか、庭に降りた猫が吉継の膝にひらりと飛び乗る。

「すまぬな三成」

吉継は、その猫を撫でた。

「我はもう、ぬしを愛でられぬかもしれん」

猫は、寂しそうに鳴いて、顔を吉継の腹に擦り寄せた。







END
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