【友猫・2】
※史実とごちゃごちゃ
※三成をどうしたら猫化出来るか考えた結果
はてさて、何処へと迷い込んだか。
吉継は胡座をかきながら、辺りを見渡した。そこは紛れも無く彼の屋敷であったが、異なる空気に包まれているように感じた。
呼べば直ぐに来る侍女の名前を呼んだが、来る気配も無い。
そこには、吉継以外誰も居ないようだった。
「そうか。これは夢か」
吉継は頷くと、立ち上がった。
吉継の脚は業病により弱っており、走るなどということは出来ない。
しかし夢の世界ならかつてのように走り回れるかもしれない。
試しに脚を動かして見れば、風のように走れた。
「これは楽しや」
しばし子供のように駆け回り、屋敷の庭にある池の水面に姿を映す。
かつての、病により崩れる前の顔が、そこに映っていた。
「おお」
決して美しい顔という訳でも無いが、若々しく、つるりとした肌がある。
しばし、ぼおっとそれを見つめていると水面に別の顔が映った。
銀色の髪を持つ、美しい青年……それは石田三成だった。
「三成か」
夢にまで出てくるとは、自分はどれほどまでこの青年に関心を持っているのだろうと呆れながら振り向く。
そこにいたのは姿形こそ三成であったが、頭には猫のような耳、尻からは長い尻尾が生えている化け猫のようなものだった。
「……三成……面妖な。ぬしは妖怪にでもなったのか」
三成はそれを聞くと、不機嫌そうな顔で、真っ白な耳と尻尾をしきりに動かした。
その仕種が妙にかわいらしくて吉継は笑いそうになったが、堪える。
「私は貴様の友人の石田三成では無い。貴様の飼い猫の三成だ。今宵は故あってこうして石田三成の恰好をして現れたのだ」
猫の三成は、高慢にそう言うが、時折揺れる猫の耳と尻尾のおかげでぶち壊しである。
吉継は三成の頭を撫でたい衝動を堪え、頷いた。
「して、猫が我に何用か」
「家康と戦うのを辞めよ」
「それは無理というものだ三成よ」
「聡い貴様ならわかるだろう。その戦、貴様らには不利だ。家康が勝つ」
(もしかしたら我が拾った猫は化け猫だったのかもしれぬな……)
吉継は心中で呟いた。夢に現れ予言を残すなど妖怪に違いない。
「わかっている、三成に勝ち目は無い。しかし三成は家康を殺すことを生き甲斐としているのだ」
「何故石田三成の為にそこまでする」
「……義よ、義」
「石田三成もお前も、死ぬぞ」
三成は冷淡に言ったが、その瞳は酷く寂しそうだった。
その、白い猫の耳がシュンと垂れた。
「我が死ぬと寂しいか三成」
吉継はニヤリと笑いながら、とうとうその頭を撫でた。
ふわりとした銀色の猫っ毛と、白い耳が気持ち良かった。
三成はゴロゴロと喉を鳴らすと、少し恥ずかしそうに俯いた。
「私は貴様が嫌いでは無いぞ刑部」
「それは嬉しや」
吉継が三成の尻尾を撫でると、彼はくすぐったそうに一瞬震えた。
石田三成も、ここまで素直であればもっと皆に好かれただろうに。
いや、彼の場合は素直で、露骨過ぎるのかもしれない。だから、嫌いな者に笑顔を振り撒くことは出来ない、不器用な人間だった。
それが災いしてか、三成は武将達からの支持は薄かった。
「石田三成もきっと貴様を好いている」
「ほう」
吉継はいつものような陰険な笑い顔では無く、にこやかな笑顔を三成に向けた。
「その言葉、是非とも石田三成の口から聞きたいものだ」
「奴の性格では無理だろう。だから私が言っている」
「猫に代弁されるとはな」
「全くだ」
三成は、しきりに尻尾を触る吉継の手をぴしゃりと叩いた。
そのまま、吉継に背を向ける。
「私の用はそれだけだ。もう、帰る。せいぜい生きている限り私を愛でることだな」
「ああ、そうさせてもらう」
「もうひとつ、石田三成が無謀をしないよう見守っておけ」
「むろん、奴を殺させはせぬよ」
それを聞いて安心したのか、三成は屋敷に入って行った。
吉継もそれに続いて屋敷に入ると三成の姿は無く、代わりに真っ白な子猫が可愛いげ無く睨むようにこちらを見据えているだけだった。
***
「はて、面妖な夢をみたものだ」
目が覚めた吉継は、唸るように言った。
横には、飼い猫の三成が丸まって眠っている。
その小さな身体を抱き上げてみる。そのせいで起こされた子猫は抗議の唸り声を上げた。
「そうか、ぬしは化け猫であったか」
ニヤニヤと、吉継が笑う。
もし今日、ここに石田三成が来たならば、あの夢の猫三成の姿を思い出し笑ってしまうやもしれぬ……
そう思うと、吉継はおかしくておかしくて仕方無かった。
END