【自己犠牲】
半兵衛の肌は病的な程に白かった。
昔はそれ程でも無かったが、労咳を患ってそれが末期になると益々白く、うなじなど血管が青く浮き出て見える。
彼は秀吉の前に出る際、いつも化粧を施し顔色の悪さを隠していたが、秀吉もそれに気づかない程馬鹿では無い。
「もう良い半兵衛。休め。戦には二度と出るな」
ある時、秀吉は半兵衛に言った。
半兵衛は美しい顔を歪ませると「僕の聞き間違いかな秀吉」と返事をした。
「軍師が居なくて戦に勝てるのかい」
「三成が居る。あれは、聡い」
「三成君はまだ若い。若さは無謀さを生む。僕はまだ隠居なんか出来ないよ秀吉」
半兵衛は冷たく言い放つと、秀吉に背を向けた。
「僕は君の天下統一が見たいんだ。隠居なんか、するものか」
「しかし、お前は限界だ。俺はお前を失いたくはない」
「僕の身体なんて心配しなくていい。僕は君のためなら命など捨てられる」
頑固な男だ、と秀吉は思った。
半兵衛は、秀吉の前では努めて強気に振る舞った。
しかし、三成から聞けばここ最近、半兵衛は日に何度も喀血するのだと言う。
その度に「秀吉には言うな」と凄い剣幕で睨まれたが、三成はそんな身体で身を粉にして働く半兵衛がいたたまれなくなり、ついには秀吉に喋ってしまった。
それを三成から聞いた時の秀吉は懺悔と後悔で目の前が真っ暗になった。
半兵衛の状態に気づいてやれなかったことを、悔やんだ。
「三成から聞いた。喀血するそうだな」
「……そう、三成君から」
「これは我からの命令だ。養生しろ半兵衛。京に庵を用意した。近くに医者も、薬草畑もある。そこで休め、頼む」
秀吉は、ほとんど縋り付くように半兵衛の肩を抱いた。
「……僕を君から遠ざけようと言うのかい秀吉」
「違う。お前が死んだら真の別れとなる。我にはそれが堪えられない」
「秀吉……君は、弱くなったね……もしかしてそれは僕のせい?」
「わからぬ、いや、そうかもしれぬ」
半兵衛は秀吉の広い背中に手を回し、あやすように数回叩いた。
この巨大な男が、今の半兵衛にはやけに小さく見えた。
「死なないでくれ、生きて居てくれ」
震えた声で、秀吉は言った。
しかし半兵衛はそれに答えること無く、秀吉の背中を摩り続けた。
彼が落ち着くまで、摩り続けた。
END