『ブレーキ』





彼と会うのはもっぱらレース場だ。
それ以外の場所で、ターボはクイックと会ったことはなかった。
同じワイリー基地に住んでいるのだから、セカンドナンバーズの居住区に行けばいつでも会えるのだが、ターボ自身、クイック以外のナンバーズとは、特に面識も無い。
そんな中に、ターボ一人が入っていける訳も無かった。恐らくはクイックも同じような理由で会いに来ないのだろうな、とターボは思っていた。
だから二人は、同じ敷地に住んでいるにも関わらず、レース場でしか会ったことがなかった。
本当はもっと会いたいんだがな、と心中で呟いた瞬間、ひやりとした突風が駆け抜けて行く。
クイックの愛機「ソニックフォーミュラ」が、壁にもたれるターボの前を走り去って行ったのだった。
残像すら残さず自分の前を駆け抜けて行った車体を、ターボはじっと見つめていた。
彼はあの、レースカーに似ていると思う。いつの間にか物凄い速さで駆け抜けて行って、追いつけはしないし、停止させることも出来ない。
いや、停止させてはダメなのだ。男性型に言うのもなんだが、彼は走っている時が一番綺麗で輝いている。
しかし、そんな彼の心を唯一繋ぎ止めてしまったロボットをターボは知っていた。
……DWN009、メタルマン。
セカンドナンバーズの長兄である彼は、クイックを異常なまで溺愛していた。
クイック自身も、それを嫌がるようなそぶりを見せつつ受け入れているのだから愛してはいるのだろう。
一度、クイックの応援に来ていたメタルに睨まれたことがあるのをターボは思い出した。
優秀でキレ者である彼はだいぶ嫉妬深いようだ。
ターボがセカンドナンバーズの居住区に行きづらいのは、彼のせいでもある。

「ターボ、お前走んねぇの?」

近くで響いたクイックの声に、ターボの意識が現実に戻る。
見下ろすと、クイックが憮然とした表情でターボを見上げていた。

「ああ、すまん。お前の走りに見とれていた」

「……なんだそれ」

クイックは拗ねたように唇を尖らせた。
一緒に競争したかったらしい。ターボがその大きな手でクイックの頭部を軽く叩いた。
「なんだよー」と照れたような声が返って来て、ターボは無表情な機械の顔を少し緩めた。果たしてそれが、クイックに"笑顔"として伝わったのかはわからない。

「なあ、走ろうぜ。せっかくターボと会ったのに走らないなんてもったいねーだろ!」

「今日はそういう気分じゃ無い」

「わがままなヤツだな〜」

「君のわがままに付き合って、わざわざレース場まで来てやったのだが?」

「そうだけど、レース場に来てレースしないって、なくねぇ?俺はお前と走りたかったのに……」

シュンと頭を下げてしまったクイックを、ターボは見つめた。
彼は、ずるい。
恐らくは何の意図も無く、自然に出た言葉なのだろうがそれがどれだけ自分を悩ませるか解っていないのだ。
不純な気持ちを隠しながらクイックと接してしまう自分を情けなく思い、ターボは深いため息をついた。
再度、クイックの頭を撫でるように叩くと「走ろうか」と言ってやる。
急にパッと明るくなったクイックの顔を見て、コアが高鳴るのがわかった。自分は相当、彼に惚れているらしい。

「よし!じゃー競争だな!今日は負けねーからな!!」

「解った解った。だから、そんなに走るな。お前の電子頭脳は少しガキくさいようだな」

「うっせーなー!お前が落ち着き過ぎてんだよ!俺より製造遅いクセにっ!」

そう言って走り出したクイックの背中を、ターボは追い掛けた。

―――今ならば、彼を捕まえられる?彼を捕まえて、この胸に包みこんで、「好きだ」と伝えて……
そうすれば、彼を繋ぎ止められるのだろうか。
いつも、自分を通り過ぎていく彼を。
ターボは、走りながらその大きな右手をクイックに伸ばす。彼の名を呼ぼうと、声帯システムを震わせた。

「クイッ……」
「クイック」

しかしその声は、更に低い声に遮られた。
多少怒気を含んだ聞き覚えのある声に、クイックの脚が停止する。

「メタル?」

そろそろと振り向いたクイックが、彼の兄の名前を呟く。
ターボが声のほうに視覚サーチを向けると、深紅の機体が静かに立っているのが見えた。

「今日はメンテの日だ。油を売っていないで帰るぞ」

「んなこと聞いてねーよ俺は」

「黙れ」

メタルはそう言い放つと、クイックの側へと脚を進めた。
口元はマスクで隠れているから見ることは不可能だったが、眉間にシワが寄っているところを見れば相当に機嫌が悪いようだ。
ターボは行き場の無くなった右手を静かに降ろすと、メタルを見た。
メタルも、ターボを見る。
その赤い瞳は、視線だけで全てを凍えさせることが出来そうな程に冷たく、不気味に光っていた。

「弟の、ワガママにつき合わせて悪かったなターボマン。今日はクイックのメンテの日だった。悪いが失礼させていただく」

その視線とは裏腹に、メタルはやけに優しい声色で言った。

「メタル、ちょっと走らせろ!メンテなんていつでも出来るだろうが!」

「黙れと言っている」

「……っち!ターボーごめんなー!また今度一緒に走ろうぜー」

無理矢理メタルに引っ張られて行くクイックが振り向き、ターボに手を振った。
メタルの脚取りが速くなる。

「……ああ、クイック。また……な……」

ターボがそう返事した瞬間に、メタルは振り向いた。
その瞳は相変わらず冷たく、怒りに満ちている。
まるで、「俺のモノに近づくな」と言っているようだった。
なんだかんだと文句を言いつつメタルに引っ張られていくクイックを、ターボはただ見つめるしかなかった。
また、クイックを停めたのはメタルだった。
この後、クイックはもしかしたら酷いことをされるのかもしれない。それなのに何故彼はメタルを愛するのか、ターボには理解出来なかった。
クイック程の強さなら、初号機であるメタルなど直ぐにスクラップに出来るはずだ。
酷い行為をされても尚、メタルを愛するクイックの気持ちをターボは理解出来なかった。

―――なんなら俺が彼を……

壊してしまえばいい。
セブンスナンバーズである自分が、セカンドナンバーズの初号機に負けるはずは無いのだ。
この手で壊してしまえばいい。コアを打ち砕いて、その、クイックで満たされている電子頭脳を破壊してしまえばいい。

「クソ……」

拳でレース場の壁を思い切り叩くと、パラパラとコンクリートのカケラが降ってくる。
そんなことをしても、自分ではクイックの心を繋ぎ止めることは出来ないだろうことなどわかっている。
クイックは変わらず残像すら残さず自分の前を駆け抜けていくだろう。
結局、彼を繋ぎ止めることが出来るのはメタルだけだと言うことを、ターボは痛い程理解していた。






END
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