※ 相変わらず色々ねつ造してます。長いです。いろんなキャラが出ます。なんでも許せる方向け。ラブコメのつもりで書いてます。

単行本21巻までの知識で執筆しました。本誌との矛盾が多々あります。なんでも許せる方のみ観覧をお願いいたします。





この平成の世に見合いとかあるのか。いわゆる許嫁。本人たちの意思なく親同士が決めた望まぬ結婚。そこに夢や希望や愛なんてものはなく、あるのは死ぬまで確約された極道の妻というレッテルと日々危険に晒されるこの身だけだった。



姿見に映った黒のワンピースは私のちんちくりんな体型をうまく誤魔化してくれてる。鎖骨から袖にかけてはシースルー。加えてドレッシーに結われた髪と履き慣れないストッキングの感触が憂鬱に妙な緊張感を上乗せして吐きそう。今朝食べた納豆でる。


父から、正式な見合いの日程を伝えられたのは数日前のことだった。ちょうど兄にのされた歯抜けのヤンキーに絡まれたその日のこと。兄と同様に無口で仏頂面な父に呼び出された私は、一言「見合いの日取りが決まった。」とだけ伝えられた。そこに娘を思い遣る父親の含みも眼差しもなかった。ただ淡々と告げられた業務命令のような言葉に、私は黙って頷いたのだった。



障子の格子部分を、器用にもそのでかい手でノックする。顔を向けると日本家屋の天井の低さに幾度となく辟易としたであろう大きなシルエットが佇んでいた。どうぞ、と肯定の返事をするとすらりと開かれる障子。そこに立っていたのは休日にも関わらず珍しく家にいる兄だった。


「どうしたの兄さん。何か用?」


「見合いするって三途に聞いたが」


「うん。今日だよ」


兄は障子を開けたはいいが敷居は跨がず、微妙な距離を保って喋ってくる。加えて相変わらず口数は少ないし、仏頂面なので反応に困る。

ネイビーブルーの、少し年季の入ったアクセサリーケースを開くとアンティークパールのチョーカーが顔を出す。母が嫁入り道具に私に譲りたいと手渡してくれたものだ。今日のコーディネートの仕上げにと着けることを勧められたものだから、仕方なしに手にとって首に回す。望まない結婚に祝いの品なんて無意味だ。首の後ろで留め具が引っかかっては外れる。まるで私の落ち着かない心を表してるみたい。



「貸してみろ」



アクセサリーひとつ碌につけられないなんて、女子力の欠片もないと貶された誰かの言葉を思い出す。そう考えていると不意に背後から落ちてきた言葉に半身振り向く。そこには同じ兄妹なのにこうも成長の差が出たのは何故なのか、と問いたくなるほど大きな体格の兄の影が降ってきていて。

私の倍はあろうかという大きな手で静かに奪い取られたチョーカーは、程なくしてぱちんと私の首回りにおさまった。確かに母の言った通り黒のワンピースに良く似合っている。望まぬ目的のため着せられた服とは言え、やはりかわいいもの、キレイなものを身につけられたら嬉しいものだ。ぼんやりと姿見の中の自分を観察していると、それを見つめていた兄と鏡の中で目が合う。



「相手は血も涙もねぇ男だ」


「え"っっっ」


「たぶん殴ったら血の色緑だ」


「ちょ………そんなに!?てか、兄さん知ってるの!?」


「まあ、なんでアイツがこの見合い受けたか知らんが」



血の色緑って。あの兄さんにそこまで言わせるなんてよっぽど鬼畜外道に違いない。兄の発言は余計に私のストレスを煽って、このままじゃ私ほんとに見合い会場で納豆リバースするぞと最悪の事態を想定した。


顔を真っ青に染める私に、大きな手が、ぽんと頭に乗った。そして折角セットした髪を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。驚きと少しの抵抗で兄の腕を軽く押し返すと、見上げた先にあるのは相変わらずの無表情で。けれど、その声にはほんの少し優しさが宿っている気がした。




「気に食わなきゃ帰ってこい」




兄に頭を撫でられたのなんて、そもそも、こうしてまともに会話したのも最近では久しい。帰ってこいだなんて、それが無理なことは兄だって知っている。私は所詮組の安泰の為捕虜として見知らぬヤクザに差し出される身。けれど両親にも言えなかった本音を、本当は怖くて今にも逃げ出したいという弱音を、初めて汲み取られた気がして唇を噛み締めた。


泣くな。泣いたら化粧が取れる。私はこれから戦わなきゃならないんだから。



「そのつもり。相手ぶん殴って帰ってくる」



そう不敵に笑うと兄の堅く結ばれた唇の端も、ほんのり弧を描いた気がした。



「お嬢。……と、泰宏さん。車の用意ができました」



開いた障子の向こうから三途くんが顔を出した。兄の姿を認めると軽く頭を下げ、私に出発の準備ができたと告げる。私はひとつ深呼吸をして用意していた鞄を手に取った。そして再び目が合った兄に無言で頷きを返して、部屋の敷居を跨いだのだった。











頭上を仰ぐと大袈裟なシャンデリアの明かりが男を照らしていた。窓からの風に小刻みに揺れ動くそれを見て、男はああ、これこのまま落ちてきたら死ぬなあ、とぼんやり考えた。


シャンデリアの奥に広がる天井には龍だか虎だかが雄々しくでかでかと描かれており、金や朱色、漆といった豪華絢爛さばかりを追求したインテリアと相まって辟易とする趣味の悪さだった。
そんな空間に似合わぬラフな格好をした男が二人、上質な黒の皮張りのソファにその身を投げ出していた。一人の男は一部を金に染めた長髪を三つ編みに結い、大の字に投げ出した体をソファに埋めている。もう一人は丸くフレームの細いメガネをかけた男で、彼は先ほどから項垂れる三つ編みの男の様子を横目で伺い読んでいた週刊少年誌に視線を戻した。


「……別にいんじゃね?親父に恩売れるし。トーブン好きにできんだろ」

「………」

「なんなら俺が行ってやろーか?」


「あ?」


あ、ヤベ、地雷踏んだ。そう察したメガネの男はそそくさと口を閉じる。先ほどまで天井を仰いでいた三つ編みの男はそのひょろりとした薄い体を億劫に起こして項垂れるように視線を寄越した。普段から猫背気味の背中が余計に丸められて、いつもほんのり笑みをたたえたような柔和な顔つきは形を潜め、冷たい視線と無表情だけがメガネの男を貫く。


「お前それまじで言ってんの?」

「絡むなって……。書類上のことだろ?兄貴が親父の言いなりになりたくねーのはわかるけどさ、テキトーに紙に名前書きゃ済む話じゃん」

「…………」

「そんで親父に貸し作って、うるさく言われねーなら万々歳だけどな俺は」


兄貴、と言われた三つ編みの男は弟の言葉を聞いて明らかに不貞腐れた顔をした。機嫌が悪い時の兄貴は黙りを決め込むからこれ以上どうしようもねーな、と弟は軽くため息をついて漫画の続きへと視線を戻した。そしてこの面倒くさい話題を切り上げようと適当な終止符を打つ。


「まあ相手の女も嫌だろーしな。断ってやったら喜ぶんじゃね?」

「……………ハ?嫌?」

「ハ?…………いや、まあ、嫌なんじゃね?どこの奴とも知れねー男と婚約とか普通は………いやしらんけど」


終止符を打ったと思った言葉が、何故か再び兄の地雷を刺激したようで弟は焦る。慌てて一般論を持ち出して取り繕うとしたが、そもそも自分たちに普通の感覚など備わっていないことを思い出す。今まで不貞腐れて無言を決め込んでいた兄が、貼り付けたような無表情で語気を強めるのだから弟は今にもこのリビングルームから逃げ出したい思いだった。


「なんで俺が嫌がられなきゃなんねーの?ぶっ殺す」


「いやいやいやいや!!兄貴が嫌とかじゃなくてだな、フツーはそうなんじゃね?って話で………つかなんでキレてんの!?」


「竜胆お前親父に言っとけ。見合い出てやる。有り難く思えってな」


「えええええええ出んのかよ!?!?」


そう言って大きく舌打ちを残した兄は乱暴にリビングの扉を蹴り開くと自室かどこかへ消えた。残された弟は兄のよくわからない地雷にぽかんとしつつも、そう言えばアイツはノーと言う人間に無理やり肯定の返事をさせるのが好きなヤツだったと思い出す。他人の言いなりになるのは死んでも御免だが、自分の意にそぐわない人間は強引にねじ伏せる。その穏やかな笑みの下に隠す圧倒的征服欲。


たまに実家に帰ってきたらこれだ、碌なことがないと弟は苦虫を噛み潰したような顔をする。そして全くどうでもいいが、あの兄の相手をすることになる顔も知らぬ不幸な女にほんの一匙の同情を配るのだった。











目の前でひとつに結われた長い金髪が揺れる。そいつは珍しくスーツなんかを召していて、そのすらりと整った佇まいは、まさか普段特攻服を着て喧嘩三昧のヤンキーとは誰も思うまい。


私たちを乗せた車はとある都心を外れた小さな料亭の前で停車した。予定時刻を少し早まったにも関わらず、店先では数人の従業員が私たちを待ち構えていた。そこからは扉を開けられて手を取られて促されるようにエスコートされて気づけば料亭の奥の、個室へと続く廊下を歩いていた。


「………」


目の前で揺れる長い髪。色素の薄い金髪は、何度も脱色してるはずなのに私より綺麗ってどういうこと。その女子力は一体どこからやって来るの。そっと自分の太くて少し癖のある、黒髪に触れてみる。先ほど兄によって形を崩した髪型は車内で三途くんによりいとも簡単にセットし直された。「この程度の崩れ自分でぱぱっと直してくださいよ。そんなんじゃ俺がいなくなったらどうすんですか」、そんなお決まりの小言付きで。


「…いっ、」

「どうしました、お嬢」


そんなことをぼんやり考えていると、不意に足の裏にピリリとした痛み。思わず立ち止まって確認すると、少し大きめのトゲが足の親指に刺さっていた。どうやら廊下の一部の木がささくれていたようだ。全く高級料亭ならば建物の管理もきちんとして頂きたい。


「うわ、最悪。ストッキング伝線してるし……どうしよ」

「……ストッキングの替えならありますから部屋で着替えましょう。先方はまだ到着されてないんですよね?」


「は、はい。大変申し訳ありません。この度はこちらの管理不足でお客様にお怪我を………」


「大丈夫なので手当てできるものをお願いします。部屋はそこの角でいいんですよね」

「はい。左様です。申し訳ありません。すぐにお持ち致します。」



建物の管理もきちんとして頂きたい、なんて思ったけど、あの青ざめた従業員の顔を見たら同情の方が勝った。こんな一介のちんちくりんな小娘相手に、ああも寿命の縮まる思いをしなければならないなんて。そう、私のバックにあるのはやはりヤクザで、今日これから見合いをする相手もそういう世界で生きている。改めて理解すると頭の奥が眩むようだった。



「大丈夫ですか」



蹲ったままの私の視線の高さに腰を落として、手を差し伸べて来る。スーツなのに、相変わらず黒マスク。恐らく、いや絶対に美人だろうそのお顔の全貌は未だ私も見たことがない。私たちは互いに知らないことだらけだ。それは当然、私たちの関係がビジネス上与えられた雇主の娘とそのお守りというもなのだから。

でも、差し出されたその手を取ると、小さい頃幾度となく転ぶ私を面倒臭そうにしながらも何度も助け起こしてくれた懐かしさを思い出す。


「………ストッキング、替えを持ってきてるとか流石だね。ジョシリョクだね」

「どうせお嬢が破るのなんて目に見えてますから。三枚は余分で持ってきてます」


「有難いけどそれ職質されたらアウトだよ」


でも三途くんなら、自分用です、って言い張れば通るかもなあ。そんなことを思ったけど口に出せばややこしいこと請け合いだから自重した。

差し出された手を握るとあの頃よりずいぶん軽々と持ち上げられた。そして肩を貸してくれる。華奢だと思っていた体は私の知らないうちに大きく成長していたようで、私たちが共に過ごしてきた年月の長さを感じた。


こいつが隣に居なくなることが想像できない。ほんの小さなささくれが、熱を持ってじんじんと痛むようだった。









案内された個室はゆったりと寛げる落ち着いた空間だった。部屋の隅に置かれたレトロなランプシェードが控えめなオレンジ色の明かりを灯す。入り口正面の壁は一面大きな窓となっておりそこからこぢんまりとした中庭を眺めることができる。床は琉球畳が敷き詰められているが、その中央にセットされているのは木製のテーブル。なんだかちぐはぐな感じがするが、これが和モダンというやつなのだろうか。



程なくして救急箱を持ってきた従業員は本日のお代は結構ですだのこちらは治療費ですだのと言って怪しげな紫の布で包まれた何かを手渡そうとしてくるものだから盛大に断った。ヤクザの権力怖い。


救急箱を受け取った三途くんは私の足元に跪いてそっと怪我をした脚を持ち上げた。私は椅子に座らされて、その光景を上から眺めるしかない。普段は見上げるばかりだった三途くんの頭が眼下にある。それはなんだか新鮮で少し緊張してしまう。



「失礼します」



そう考えて少し硬くなっていると、謎の断りを入れた三途くんは静かに私のストッキングに手をかけた。そして私が疑問に思う隙もないまま、次の瞬間には部屋にビリビリとそれが引き裂かれる音が響いて。突然のこととその躊躇の無さに思わず大声を上げてしまう。



「ええっ!?!?破くの!?!?」


「破かないとトゲ抜けないでしょう」


「い、いや確かにそうなんだけどさあまりにも遠慮がないっていうか何というか」


「だから失礼しますって言ったじゃないですか」



ああ言えばこう言う。しかもそのほとんどが正論なのだからぐうの音も出ない。私は反論する術を無くしてただされるがまま脚を差し出すしかない。先ほどはストッキング越しに触れていた指が、今度は素肌に触れる。その感触に肌がぞわりと粟立った。あんな薄い布切れ一枚隔てたところで何も変わらない、なんて思っていたさっきまでの自分を殴りたい。



「動かないでくださいよ」



ひやりとした指先がやわらかい部分に触れる。俯いた彼のつむじを見ながら言われた通りにじっと固まる。見えないけれど、親指の先をピンセットが弄る感触がする。


「…あ、痛っ、」

「……あーーもーちょいで取れるんでガマンしてください」

「………なんかわざとやってない?」


「アンタ人をなんだと思ってんですか」



そう言ってる間にあ、取れた。とあっけらかんと血に濡れた小さな木片を見せられた。それを見る限り割と深くまで刺さっていたんだと思う。そんな傷口に雑に消毒液を塗り込んで絆創膏を貼った三途くんの無慈悲さには太鼓判を押したい。


「…………ありがとう」

「そんな不服そうなありがとう初めて聞きました」

「もうちょい丁重に扱ってくれてもいいじゃん私、」


「組長の娘なのに、ですか」


「………」


「その常套句ももう聞けなくなりますね」


俯いていた視線が、こちらに注がれる。いつもどこか眠そうな瞼を彩る色素の薄い睫毛は濃く長く、瞬きをする度にキラキラと揺れる。その奥に見え隠れする瞳が、今日ばかりは何故かしっかりとこちらを捉えて逃がさない。何も言えず押し黙った私に三途くんの手が患部からするりと上へ上ってゆく。


「っ、ちょ、」


「組に尽くす気持ちはあります。親父が決めたこととは言え、俺もムーチョくんにならついて行きたい。でも、」



「お嬢はどうなんです?」



太もも半ばまで裂かれたストッキングの中の素脚を彼の骨張った細い指先が撫でてゆく。こちらを見据えて逃がさない長い睫毛のその奥の瞳は、こちらを挑発するように好戦的な色を含んでいた。

本当に最後まで生意気な世話役だこと。こちらの心の内を見透かして、剰えこちらに言わせようとする。きっとそのマスクの下の唇は言葉を紡ぐことをせず、ただ意地悪な笑みを浮かべて私の敗北を虎視眈々と待っているのだろう。


「………私は、」


紡ごうとした本音は従業員の声により掻き消された。どうやら見合い相手が到着したらしい。三途くんが腕時計を確認すると約束の時刻を20分ほど過ぎていた。私と三途くんは視線を合わせて頷いたあと、5分ほど待ってほしい旨を従業員へと託けたのだった。








廊下の軋む音が近づいてくる。長年日本家屋に住んでいると足音だけでどんな人物か想像できてしまう。体重、歩幅、そこから推測される性別、身長。三度、木製の引き戸がノックされて、従業員がこちらに入室の許可を訊ねる。私は椅子から立ち上がり肯定の返事を返した。斜め後ろには三途くんも控えている。


ややあって扉は開かれた。側に控えた従業員が一礼をしながら案内した人物を部屋へ引き入れる。


私の真正面、扉の向こうに立っていたのは想像よりもずっと柔和な笑顔をたたえたひょろりとした男性だった。兄から血も涙もないようなことを聞かされていたので、てっきり筋肉ダルマかと思っていたから拍子抜けしてしまう。
しかしこういう見た目の奴ほど油断ならないことを私は知っている。視界の端で大人しく頭を下げる世話係を一瞥してそう思った。



「……初めまして、武藤ナマエと申します。本日はお時間を割いて頂きありがとうございます」



一言挨拶をして頭を下げる。男は側に控えていた従業員に食事を始めるよう伝え、そっと部屋の敷居を跨いだ。


間近でみると兄ほどでないにせよ背が高い人だ。長い首や華奢な体が余計にひょろりと伸びた印象を与えた。

男は黒のハイネックのプルオーバーに同色のワイドパンツを合わせていた。そして一部を金に染めた長い髪を丁寧に三つ編みに結っているのが印象的だった。しかし彼の服装は都心の繁華街では良くても凡そ今日の場には相応しくない。加えて平気で遅刻して謝罪の言葉も無しというところを見ると完全にこちらは舐められていると言う訳で。


「………フーーーーン。アンタがムーチョの妹か。似てねえな」

「……兄をご存知なんですか?」

「別に。んなことどーでも良くね?」

「………」



男はそう言うと名前を名乗ることもせずにさっさと自分の席についた。それと同時に早速料理を運んできた従業員が開いたドアの向こうから続々と入ってくる。


私もそれを横目で眺めながら大人しく席についた。6人がけのテーブルの中央、向かい合った私たちの間に整然と皿が並んでゆく。男は相変わらず余裕の表情を浮かべてこちらを観察してくる。そんな視線に負けじと私も目を逸らすことをしない。


「……あの、お名前を、伺っても」

「ん?灰谷蘭。好きに呼んで」

「……じゃあ、蘭さん。どうして今回のお見合いを受けてくださったんですか?」

「どうしても何も、アンタんとこがしつこいからだろ。俺は好みでもねーちんちくりんな女と見合い結婚なんざクソ食らえと思ってるけど、アンタはどうなの?」


料理を並べ終わると従業員たちはそれぞれ一礼をして部屋を後にした。私は注がれた茶碗の中のほうじ茶に視線を落とした。ひとつ茶柱が浮いている。けれど何もめでたいことはない。窓の外が清々しい秋晴れの空でも、雰囲気の良い落ち着いた空間で美味しい料理に舌鼓を打とうとも。


目の前の男も、三途くんも、そして私も。誰かの幸せを犠牲に生きているただの忌むべき人間なのだから。全員が全員、全身真っ黒のコーディネートで、まるで人でも死んだのかしら、と思った。見合い会場と言うよりは葬式のようだ。


「………あなたが許可してくれるなら、私は一生を添い遂げる覚悟です」

「まじで言ってんの?ウケる」


「……それが私の役目なので」


「アンタさあ」



丁寧に少量ずつ盛られた小鉢が、口をつけられることもなく呆気なくいくつかひっくり返った。大きな音を立てて一瞬浮いたテーブルの上では美しく飾られた料理たちが無残な有り様を呈している。その向こう側で身を乗り出した男が無遠慮に片手で私の顔を掴んだ。顎を思い切り握られ上を向かされる。今まで散々様々な不良に絡まれてきたことはあったが、ゆるめられた優しい目尻の奥でこちらを見据える冷めた瞳は私に感じたことのない恐怖をもたらした。



「自分の意見とかない訳?」



「俺はさァ、アンタが嫌々見合い連れて来られて、死にそーな顔で結婚してくれってツラが拝めたらおもしれーなと思って来たけど」



「なんだテメェ。クソつまんねーな」



一体こんな華奢な体のどこにこんな力があるのだろう、と冷静に考えてしまうくらいには顔を掴む手に力を込められて、ああこれきっと痣が残るかもなあなんてぼんやり考えた。

それにしても私の嫌がる顔を見るためにわざわざ見合いに足を運んでくださったと言うのだから、とんだ悪趣味な結婚相手だこと。今朝兄が言っていた血の色が緑、って仮説はあながち間違っていないかもしれない。


自分の意見がないなんて、同じヤクザでも男として、長男として生まれてきたあなたにはわからない。何の期待もされず、飼い殺されただいつか食むられる豚のように生きてきた私にとって、今更何に抵抗してどう生きろと言うの。そんな言葉にならない反論は、私ではなく、背後に控えていた男の手によって表現された。


「申し訳ありませんがお嬢に乱暴は止めて頂けますか。一応この人、うちの組にとって大切な方なんで。」


「………あーーーお前女みてーなツラしたムーチョんとこの金魚のフンだな。どうした?ベビーシッターが本業か?」


「この人を侮辱することは俺たち武藤会に喧嘩売ってんのと同じだぜ。わかったらその汚え手ェ離しやがれ」


「あ?テメーこそ誰に向かってモノ言ってんだ?テメーの立場弁えてから物言いやがれカマ野郎。」



私の顔を掴んでいた男の手を背後から三途くんが止めてくれた。掴まれていた部分は骨に痺れが残るようにズキズキ痛み、けれどそんなことを気にしてる暇もないほど目の前の状況は一触即発だった。

まさか暴力を振るわれたとは言え、三途くんが見合い相手ーーもといビジネス相手に楯突くとは思いもしなかったのでかなり動揺している。こんなことが父に知れ、もしもこの婚約が破談になってしまったら責任を取らされるのは三途くんの他にいない。そう最悪の事態が頭を過って一気に血の気が引くのを感じた。


「も!!、申し訳、ありません……うちの組の者が無礼なことを………」


「………」


「三途くん、ありがとう。でも私は大丈夫だから」


「しかし、」


「あとは蘭さんと二人で話すから。君は下がってて」


彼の言葉を遮ってそう言うと、三途くんは暫しその場に佇んだ後一礼を残して部屋を出て行った。扉が締め切られる瞬間まで彼の姿を追っていた私の視線は、再びこの性悪な目の前の男に注がれることとなる。


「手、スゲーいてーんだけど?」

「………すいません」

「アイツのフルネームなんて言うの?」

「教えません(ていうか知りません)」

「ずいぶん部下思いのヤクザの娘だな」


男はちょっと笑って断りもなしに取り出した煙草に火をつけた。恐らくこの部屋は禁煙だろうがそんなものはこいつには関係ないだろう。私はせめてもと思い席を立って中庭の見えるその大きな窓を開けた。心地よい秋風が部屋の中に入ってくる。


「どーすんの?結婚。俺はどっちでもいーけど」


「しますよ。元々あなたに何も望んでませんし。私を捕虜にして組が安泰になるならそれでいいんじゃないですか?」

「うっわそれが本音?性格ワリー女」


「あなたに言われたくありません」



手をつけられることなくどんどん喫食時間を過ぎていく料理たちは哀れにテーブルの上に横たわったままだ。きっと私が実家を出ても、今度はこの男の元で同じように飼い殺されるのだろう。ただひとつ違うのは、その隣にあの辛辣な世話係がいないということだ。



「人が絶望してるツラってゾクゾクすんな」



気づけば煙草をふかしながら隣に立っていた私の未来の旦那となる男は、私の顔を覗き込んでさも楽しげに喉の奥で笑った。まーこれから宜しくな、と挨拶がてら吹きかけられた煙草の煙にむせれば、悪びれもせずケラケラと笑う。きっと私に待ち受ける新婚生活は地獄よりも地獄だろう。そう考えて改めて絶望するのだった。





奈落の底もあなたとなら浅い

10012021


title by 浮世座



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