※ 色々ねつ造してます。単行本21巻までの知識で執筆しました。本誌との矛盾が多々あります。なんでも許せる方のみ観覧をお願いいたします。





兄が不良で得したことなんて何もない。……いや、うそ、生まれてこの方虐められたことはないかも。その代償に友達ができたこともないけど。


そもそも、不良の兄以前にうちの家はヤクザだ。何を言ってるかわからないと思うけど、兄はヤクザの跡取り息子で、私は一人娘。それが生まれてこの方16年平凡な日常として側にあったのだから、もういろんな感覚が狂ってるのは承知してる。


兄は無口で仏頂面で何を考えてるかわからないけど、一応跡取りとしての自覚はあるらしく、何やら一人で企てては喧嘩しを繰り返していた。それが組を継ぐ覚悟だとか箔だとかに関係するのかは私にはわからない。

ヤクザの家に生まれた女の人生ほど悲惨なものはない。一見幼少期は蝶よ花よとそれはもうお姫様のような扱いを受けるが、物心ついて自覚したのは私は単なる商売道具でありそこに私の意思は介入しない。


ただどこかのヤクザの跡取り息子に娶られてヤクザの妻として死んでいくんだろう。ましてや背が高くガタイのいい兄と違って私はチビのちんちくりんだ。小さい頃は兄と一緒に柔道や空手など武道を習っていたが、特別派手な容姿でもなく、ともなればナメられて搾取される一方。


たった今、目の前で凄む数人の不良たちのように。責めるなら武力の少ないところから。弁慶の泣き所。
兄にとって、否、武藤会にとって私とはそういう存在なのだ。だからまるで姫を囲うように扱って、自らの商売道具であり一番の弱点を塀の中に隠すのだ。


「オメ〜〜〜ってよォォォ武藤泰宏の妹だよなァァァァァ???」



俯く私を下から舐め回さんばかりに覗き込んで捲し立ててくる不良。男が喋るたびに顔に生ぬるい唾が飛んでくる。しかもこの距離感なのに声のボリュームはイカれてる。でもこんなこと、昔っから日常茶飯事なのだ。


「………そうですけど、何か……」

「何か!?じゃねぇんだよお嬢チャァァァァンこちとらアンタの兄貴に前歯二本とも折られてんだよこんなん腹の虫が治らねぇよなああああ!?」

「………前歯…………」



男の問いかけに背後の男たちもうおおおおお!!と雄叫びを上げる。そう叫んだ男の口を見るとたしかに前歯がキレイにポッキリ二本とも折れてなくなっていた。そんな状態にも関わらず仲間と一致団結し、私を脅迫してくる姿にもう笑いを堪えるしかない。もはやこんなの拷問だろ。大晦日の笑ってはいけないアレだろ。


「…………」


「……おっ、カワイソーに怖くて泣いちゃってるんでちゅか〜〜〜????ダイジョブでちゅよ〜〜〜お前と引き換えに兄貴呼び出してボコりゃあ気ィ済むからよォォォ」

「俺らぁオンナノコには手ェ出さねーし。お前の兄貴の前歯が折れてくれりゃあいいだけよォ」

「奥歯も折ったろ」

「なんでもいーよボコボコにできりゃぁよォォォォォ」


しかしここで笑ってしまったら火に油を注ぐ事態になることは目に見えている。なんとか堪えるように俯いて肩を震わせる私に不良たちは怯えて泣いていると勘違いしたらしい。好き勝手に嘯いて私の肩に手を回してくる。


「…………ごめんなさい、」

「おーおー兄貴の代わりに謝るとか健気な妹じゃんカワイーーー」

「んじゃあ俺らの言うこと一個聞くごとに兄貴の歯ァ保証してやるよ」

「なんにしよっかなーーつーかこの女ホントにあの武藤の妹なん??ショボすぎんだろ。こんなんがいたらアイツも弱味握られまくり……」


勝ち誇ったように私を見下ろし講釈を垂れていた男の言葉が、尻すぼみに消えていった。その肩にはすらりとした細く骨張った白い指。男がぽかんとした顔で見上げたその先にはひょろりと伸びた長身の、初見女と見まごう如き儚げな美形の男が、その長くボリュームのある睫毛を伏せて冷たく見下ろしていた。



「ごめんなさい、って、早く謝った方がいいですよ………」



なんて言っても、遅いか。

言い終わるや否や鈍い音とともに無防備な男のみぞおちに重い拳がめり込む。男はカエルが潰れたような声を出して目の前の私に盛大な胃液を浴びせて地面に崩れ落ちた。さ、最悪だ…………。

リーダー格らしき歯抜けの男がのされたのを見て周囲の取り巻きは悲鳴を上げる。そんな彼らにまたも冷たい一瞥をくれ、美形の男ーーもとい三途くんは色素の薄い金色の長髪を靡かせてあっという間に他の男たちも地に沈めることに成功した。きっとその黒いマスクの下の表情は、一ミリ足りとも変わっていないのだろう。


「大丈夫ですか。お嬢。」


「………大丈夫………じゃ、ない………思いっきり胃液浴びた………めっちゃくさい………」


「さっさと始末しないからですよ。お嬢だってやればコイツらくらいシメれるでしょう。なにお高く留まってんですか」

「そ!!そんなつもりないよ!!だって歯が抜けてたから!!笑いそうだったの!!!!」

「てゆーか早く拭いたらどうですか。なんかくさいですよ」

「酷い……………しかもハンカチ忘れた…………さ、三途くん持ってない………?」

「ジョシリョクのカケラもないですね。そんなんでよくお嬢が務まりますね。名ばかりですねお嬢。」


「わ、私仮にもあなたのお父さんが支える組長の娘なんだよ…………?」




辛辣すぎる。相変わらず。しれっとした顔で飄々と言ってのける三途くんは、それでも何故かきちんとポケットに忍ばせていたハンカチを手渡してくれた。どこまで抜かりないんだこの男。私はお礼を言ってそれを受け取って歩き出す。三途くんもそんな私について半歩後ろを歩く。


「まあ、いずれどっかの組に嫁いでく人なんで。あんまり恩を売っても意味ないかと」

「………三途くんそういうとこあるよね………。しかもそれを組長の娘にしれっと言っちゃうとこが強いよね………」

「あ、大丈夫です。ムーチョくんのことはソンケーしてますし、面倒臭ェお守りでも仕事なんでちゃんとやります」


「うん!!!いっそ清々しい!!!もうこうなったら兄さんの反対勢力にとことん喧嘩でも売ろうかな………」


「それはマジメンドクセェんでやめてください」


本当に、兄が不良で、家がヤクザで、ロクなことなんてない。友達はできないし、自由は制限されるし、恨みを買った不良に絡まれるなんて日常茶飯事だ。そんな私の世話役である三途くんにも軽んじられて辛辣な言葉を浴びせられる毎日。そして数日前、ついに16歳の誕生日を迎えた私はいよいよどこぞの組へ売られるのだろう。


こんな非日常のような日常が崩れるまで、あと少し。まあ、崩れたところでその先にあるのも修羅場には変わりないんだけどねえ。



「………今日の晩ごはんなにかな」

「お嬢の嫌いなピーマンの入った青椒肉絲です」

「なんでわざわざそういうこと言うかな!!てか、昨日もピーマンの肉詰めだったじゃん!!!」


「好き嫌いすると大きくなれませんよ」


「うるせーー!!私はもうこれ以上大きくなれる予定はないんだよ!あとなんでそんな離れて歩いてんの!!」


「いや、胃液臭がすごいんで」


「………ホント三途くん今日こそ父さんに告げ口してやるから……」



それでも、こんな環境でも私が病まず、めげず、なんとかやってこれたのは、歳が近く、時に(というか大抵)辛辣ながらも私の側にいて、世話を焼いてくれたこの男のお陰かもしれない。なんてことは、死んでも言ってやらないけど。



「やれるもんならやってみてください。たぶん、お嬢は俺なしじゃ三日と生きれませんよ」




私より頭一つ以上高い位置から、勝ち誇ったような視線で見下ろす美人。その美形ぶりと、彼の言うことにいまいち反論できない自分が悔しい。見えないそのマスクの下は、ほんのり唇が弧を描いている気がした。




蝶よ花よと罵られ

14122020



prev | index | next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -