そっと頭を撫でてほしい。同情の言葉をかけるでもなく、かわいがるようでもなく、ただそっと、自分のものより大きくて骨張った手のひらが、子供をあやすように優しく撫でてくれたなら、私は張り詰めていたものが一気に解けて涙を流すだろう。
だから私は三ツ谷隆が苦手だった。今までがんばってギリギリのラインで積み上げてきた努力や見栄やプライドがたった一瞬で瓦解してしまいそうで。嫌だったのに。
「……なに、ニヤニヤしてんの」
「ん?あーー泣いてるとこ久しぶりだなーと思って」
「………」
屈辱。睨みつけてやればさらに愉快そうに笑われた。いつだってそうだ三ツ谷は。
幼なじみ。三人兄妹。ひとつ違うところは三ツ谷の家は貧しくてうちは裕福だったこと。加えて公務員の父に専業主婦の母でお堅い家だった。
私たちは共に長子で、だからだろうかよく気が合った。お互いの悩みや苦労をお互いが一番理解していた。けれど成長するにつれて私は三ツ谷に対するライバル心が強くなっていった。
何をしてもそつなくこなす三ツ谷。誰に対しても分け隔てなく親切で、面倒見が良くて、いつからか立派な不良になってしまったけど、それでも慕われるのはその人徳と才能だろうなと思った。けれどそんな器用な印象を受けるにも関わらず、当の本人はこつこつと努力を続けられる地道で堅実な性格の人だ。
一方で私は自分の感情を素直に表現するのが苦手だった。だから人間関係で苦労をしたし、見返してやろうと努力すれば高飛車だと言われた。環境は私の方が恵まれていた。なのに三ツ谷はそんな苦労など知りもしないという顔で笑っている。妬ましくて、眩しかった。
だから三ツ谷は私にとって並ぶべき存在、もしくは越えるべき存在になったのだ。そんな奴に、一番弱味を見せたくない奴の前で、泣いてしまうなんて。
「〜〜〜こっち、見んな!!」
「アーハイハイ」
「なにその返事!?バカにしてるでしょ!!」
「してないしてない」
「そのニヤニヤやめろやーーー!!!」
「おーー元気じゃん」
私が睨めば睨むほど、声を荒げれば荒げるほど三ツ谷は楽しそうに笑う。ムカツク。何がムカツクかって、そんな奴に慰められて、今まで耐えてきた緊張の琴線がアッサリ事切れてしまった自分が一番ムカツク。
三ツ谷の手はもう覚えていないほど昔、最後に触れた時とは比べ物にならないほど大きく、ごつい男の手をしていて、なのに触れ方はとても優しくて、まるで幼い頃母親に求めていた自分をまるごと肯定して受け入れてもらえる安心感のようなものを感じる。
こいつだって私と同じ長子で、母子家庭で母親はいつも仕事で忙しくて、彼を甘やかしてくれる存在なんていなかったはずなのに。それなのになんでこいつは誰にでも優しくできるの。受け入れられるの。また私ばかり三ツ谷に負けたみたいで、悔しいじゃないか。
「………次は、私が三ツ谷のこと慰めてあげる。頭撫でてやる」
「ぶっ」
「だから!!!なんで笑うの!!!」
笑うな!と抗議すればいよいよ声を出してケラケラ笑い出した。そうだ、こいつのこういうとこ、私が苦手に感じる理由のひとつ。人の良さそうな顔して私が怒ったり困ったり泣いたりすればさも楽しそうに笑うところ。
「いやーーーまじお前は、180度違う方向に全力で舵切ったりするから見てて飽きねーわ」
「何それ!!!やっぱバカにしてるんじゃん!!!!」
「違うって」
頭を撫でる手を止めて、三ツ谷は私の視線の少し上からこちらを見下ろして、ニッと歯を見せて笑った。その下がり気味の優しい目じりが左右歪んで細められる。少し勝気な、悪い笑顔。ムッとして不満そうに見上げる私に三ツ谷はなんの躊躇いもなく告げた。
「そういう不器用なとこがかわいい」
言われて、導火線に火がついたようにみるみる赤くなる私。口に出せない言葉は、飲み込んでおなかの中で爆発してしまいそうだ。そんな反応を見越していたように三ツ谷はまたおかしそうに笑う。けれど私が本当に落ち込んだ時、追い詰められてギリギリの時、逃げ場のないモヤモヤはこいつによって解放される。三ツ谷の優しい手が、私の不安も意固地な心もすべて解いてゆく。
ああ、やっぱこいつには勝てないなあ、なんて思いながら、でもいつかこの毬栗のような、髪の感触を楽しみながら彼の泣き顔を拝んでやるぞというライバル心は捨てきれないみたいだった。
リボンを解くのがうまい人
29102020