なんでも手に入る自由の町。東京。東京やその他の大都市に住む人からするとバカみたいに聞こえるかもしれないけど、新幹線はおろか電車すら通っていないド田舎出身の私には夢の町に思えた。


だから、高校では遊ぶ暇も惜しんでバイトして、親に頼み込んでやっと東京の専門学校に進学が決まった時は本当に天にも昇る思いだった。通販で購入したチープだけれどレザー調のシックなトランクケースにありったけのお気に入りの服と雑貨と期待を詰め込んで、思い出は置き去りにして東京へやって来た。



「いらっしゃいませー」



服飾の専門学校へ入学して早5ヶ月。初めは周りの子たちの出来の良さと自分の知識のなさで毎日落ち込んで授業もついていくのがやっとだったけれど、少しずつ自分のペースを掴んできた頃。夏休みに入って学校からほど近い古着屋さんにバイト先が決まった。


主に海外買い付けの古着を中心に扱っている、こじんまりとしているけど最近二号店もオープン予定という洋服好きの間で密かに話題のお店だ。店長やバイト仲間も穏やかでいい人が多いし、何より大好きな洋服に囲まれて働ける環境が幸せだった。


古い洋楽が静かに流れる店内に、小さな鐘の音が響いた。私は畳んでいた洋服を手早く棚に戻すと入り口の方へ視線と笑顔を向けた。そこにいたのはかなり長身の、長い髪を三つ編みに結った男性だった。



「………」



男性は、挨拶をした私と目が合うと静かに目を細めて笑ってくれた。その優しそうな笑顔に思わず仕事中ということも忘れて見入ってしまった。しかしすぐに我に返って私もぎこちない笑顔を返してそっと自分の作業に戻った。


びっくりした。すごくお洒落で格好いい人だったから。東京に来てからはどこを歩いてもオシャレでカッコイイ、キレイな人ばかり歩いているけれど、この人が纏うオーラというか、明らかに一般人とは違うことを感じさせた。もしかするとどこぞのモデルかはたまたインフルエンサーかもしれない。


なんてそんなことを考えていかんいかん、と心の中で首を振る。今は仕事中。しっかりしないと。そんな決意を抱く私などつゆ知らず、おさげ髪の男性は、相変わらず乱れた棚の洋服と睨めっこしていた私の側に知らぬうちに移動していて。不意に声をかけられる。その中性的な見た目に反する低音で。



「ねえ、この服の色違いある?店のインスタで見たんだけど」


「………!!、は、はい。ええと、すみません。在庫確認しますので少しお待ちください」



思いの外近い距離で話しかけられたから驚いて声がうわずってしまった。恥ずかしい。男性はそんな私を特に気にもとめず相変わらずほんのり目じりの下がった穏やかな表情を浮かべている。なのに、あの低音ボイス。なんてギャップだ。ずるい。


お客さま相手にそんな不謹慎なことを思いながらそそくさとレジ横にあるパソコンで在庫を確認に向かう。男性が持ってきたのは白地にビビッドなカクテルが描かれた某ハイブランドのアロハシャツ。普段は一点物を基本としている店だが、このシャツは店長が気に入り反対色の黒も買い付けたようだった。恐らく男性はその記事をSNSで見て来店したのだろう。


そして在庫確認とは言ったもののどちらの色も店頭に出されていたはず。だとすると恐らくもう………。



「…………お客様、申し訳ありません。すでにそちらの商品は品切れとなっておりま、す………」


「えーーーそっかーーー残念だなァ」



一応在庫表を確認してみるとやはり欠品になっていた。一足先に誰かが購入したみたいだ。残念に思いながらそう男性に伝えようとパソコンから顔を上げると、またもや思いの外近くにあった綺麗なお顔が、そのすらりと伸びた背中を少し曲げて、こちらを覗き込むように私の反応を伺っているものだから一瞬、息が詰まった。




「竜胆と一緒に着たかったのになー」




私の心臓の高鳴りを知ってか知らずか、すい、と気まぐれに姿勢を正した男性は明後日の方を向いて独りごちた。リンドウ、とは男女どちらとも取れる名前だが男性とペアルックは珍しい。いや、そんなこともないか、このご時世だ。ともかく男性は誰かにプレゼントしたかったようだ。


ま、いいか。仕方ねーからアイツの分だけ買ってくか、と何やら一人で納得したらしい男性はまたもにこりとこちらを振り返る。黒髪の、毛先と、少し上の部分だけを鈍い金に染めている。あと優しそうな眉も。動作のたびに結われた長い髪が揺れる。男性の長い髪って何故だろう、ドキドキする。その中性的な見た目や仕草が、余計に男性の部分を浮き彫りにするようだからかな。



「じゃ、これください。支払いはカードで」


「ありがとうございます」



レジを打って、カードを受け取って、商品を梱包して。落ち着いて作業しながらもこの人がまた来てくれたらなと思ってしまう。
作業を終えて紙袋を手渡す。改めてありがとうございました、と言えばほんのり口元に湛えられた笑みがまた少し柔らかくほどける。



「……ねえ、君ってもしかして東北の出身?イントネーションちょっと違うよね」


「………え……!?」


「実は俺もなんだ。見た感じこっち来てまだ日も浅いのかなーと思ってちょっと親近感わいちゃった」



差し出した紙袋を優しく受け取ってくれる。笑顔も、物腰も、口調も全て優しい。その低音が心地いい。人に強烈な印象を与えて引き付けて、気がつけば虜になってる。ああ、カリスマ性のある人ってこういう人のことを言うんだとぼんやり考えた。けれど、そんな人がまさかのド田舎出身の私と同郷で、そしてまさかまさか彼の方から声をかけてくれるだなんて。これはぼんやりしている場合じゃない!ときちんと目を開けた。目の前にあるのは眩しい笑顔。




「初対面でこんなこと言うのもアレなんだけどさ、よかったら連絡先教えてくんない?」




東京は自由と夢に溢れてる。私は彼の言葉に目の前に星が弾けるような、ピンクの粉が降り注ぐような初めての気持ちを味わった。たぶん両足は文字通り浮き足立っている。そして私はドキドキと高鳴る心臓と真っ赤にした顔を俯かせながら、心の中で店長に何度も謝って震える指先で彼と連絡先を交換した。




「また来るよ」




その言葉と幸せの鐘の音を残してドアは閉まった。狭い店内、大好きな洋服に囲まれてぽつんと取り残された私はまだ夢を見ているようで、けれど綻ぶ口元を隠しきれずに今手に入れたばかりの彼の連絡先と、名前を何度も視線でなぞった。灰谷蘭。なんて名前まで素敵なんだろう。東京に来てよかった。努力してよかった。きっとこれからも沢山の幸せな出来事が私を待っている。そう改めて期待に胸を躍らせた。









「……あ、もしもし?リンドー?おう。もうすぐ帰るわー。お前にイイもんあるから楽しみにしとけよーー。」


「え?お前も?なんだそれ。相思相愛かよ。……ああ、それと、新しいオモチャも見つけたわー。……そう。俺のためにがんばって稼いでくれそーー」



「素直で純粋で世間知らずな馬鹿そうな女だよ。最高だろ?」



美しく洗練された街並みがどこまでも続く。東京は港区、六本木。懐の余裕は心の余裕にも反映されるのか、繁華街としても有名な街だが、その落ち着いた雰囲気は他の猥雑なものとは明らかに違っていた。その街を我が者顔で歩く長い髪を三つ編みに結んだ男もそうだろう。中性的でいて柔和な顔立ちや表情は他者の警戒心を解き、たちまち他人を魅了する。けれどその実人々は所詮上っ面しか見ていない。

優しい笑顔で悪魔のような言葉を吐くその男は、帰ったらリンドーの作ったハンバーグが食いたいなあ、とその電話の向こうに声を弾ませるのだった。




幸せになる呪い

11102020

なんか悪いことしてる灰谷お兄ちゃん。ちなみにもう一色の古着はリンドーが買ってます。



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