「セブンスターくーださいっ」


「(………いや、いやいやいやいや)」




コーコーセーじゃん。




開店した直後の、澄んだ空気が気持ちいい早朝。都内某所にたたずむローカルなコンビニ。私は正社員として今春からここで働いている。きっちり結われたおさげ髪に大きな丸メガネ。先日常連客に「よっ!たまちゃん……あ。」と言われて私の影のあだ名を知った。とにもかくにも早朝のこの清々しい空気の中仕事するのは性に合っているのだ。


こんな時間こんな場所を訪れるのは新聞屋のおっちゃんか現場作業のおっちゃんか、はたまた元気な朝練学生くらいだ。

まさか、まさか金髪メッシュの髪をガチガチにセットして主張の激しいピアスをつけた制服の男子高校生にセブンスターくださいとか言われるわけないと思ってた。しかもひょろりと背が高くて得体の知れない雰囲気がある。ずいぶん上の方からこちらを見下ろす視線は軽薄で色がなくて不気味だった。




「………すいません。タバコは成人してからとなっておりますので。お売りできません」

「ハ?大丈夫。これコスプレだから。ホントは35。なんも問題ナシ。」

「(うわあ)…………身分証ありますか?」


「身分?バルハラってグループの総長代理やってるけど」

「(完ぺきヤンキーきたこれええええ)」


内心めちゃくちゃビクビクしながら平静を装って対応するも、ふざけてるのか本気なのかわからないトーンで全く引く気のないヤンキー。しかもバルハラって、しがないコンビニ店員の私ですら耳にしたことがある不良グループだ。そんなとこの総長代理?だなんて………これタバコ売らないと死ぬやつじゃない?


「すいません。生年月日を確認できる身分証が必要なんです。運転免許証とか保険証とか」

「免許とかもってねーけどバイクは乗れるけど」

「(無免許運転告白してきたああああ)」

「なー頼むよオネーサン。ダリィから早くしてくれよタバコ切らしてイライラしてんすよ俺」


「(アカン、しぬ、これころされる……)え、ええ……と……」


未成年喫煙のみならず無免許運転まで告白してきたヤンキーにもうお前これ以上罪を重ねるなと心の中で祈った。

ン。金。と痺れを切らしたヤンキーに小銭を突き出されて、そしたらその手の甲に罪と罰。のタトゥーまで発見して私はもう泣きそうだった。

罪と罰ってなに。ドストエフスキーか。まさかの文学少年?それとも中二病?いやいやいやいや………。


お金を突き出すヤンキーを見上げてくいっと大きな丸メガネの柄を上げた。ヤンキーはこの店に来てから変わることのない無表情で私を見下ろしていた。




「……………あっ!?!?!?ネッシーー!!」

「ハ?」

「…………」

「…………なにこれ」


これ以上説教臭く断り続けたらたぶんこのタトゥーの通りに彼に新たな罪を背負わせてしまいそうだったので私は逃げた。私は渾身の大声とともに店の外を指差し、ヤンキーが気を取られた隙にレジに『ただ今休止中』看板を置いた。

視線を戻したヤンキーの冷ややかな視線に嫌な汗がだらだら流れる。


「なにこれ」

「すいません。たった今レジぶっ壊れました」

「つーかネッシー陸にいなくね。パッサパサじゃん」

「あ、すいませんネッシーかと思ったらスズメでした」

「どうやって間違えんだよダリィ」


どうにかこれで帰ってくれ。そしてもうすぐ朝の忙しい時間帯に備えてもう一人のバイトが来る。早く来てくれ頼む。私が東京湾の底に沈む前に。


「………あーーもーーいーーわ、ダル。朝目ぇ覚めたらタバコ切らしててこのクソ寒ィ中クソ過疎ってるクソコンビニに来るとかクソダリィことしたのにまじだりぃぃぃぃ〜〜〜」


「(ああ、なんかわからんけどすごいダルいことだけは伝わってきた)」


大きくため息をついてその大きく薄い背中を曲げてほんとにダルそうにするヤンキーになんだかこっちが悪いことした雰囲気出されたけど法律違反はお前なんだからな。と少し芽生えた罪悪感を打ち消した。

それにしてもこの強行突破にも関わらず意外にも暴力を振るわず、声も荒げず理解のある(かどうかはわからないけれど)ヤンキーだったことに少し驚いた。そしてさあそのまま退場するのだ、と彼の退店を休止看板を掲げたまま待っていた私だったが、ダルそうにしていたヤンキーがふとこちらに視線を流してにゅっと手を伸ばしてきた。



「!?!?!?!?」



殴られる。反射的にそう思った私の体は思い切りビクついて、ぎゅっと目を閉じた。けれどいつまで経っても痛みも衝撃も襲ってこない。ので恐る恐る目を開けてみると。


「うっわなんだこれレンズ分厚っ。すげー視界ぐにゃぐにゃなんだけど」


「なっ……え!?!?!?」


「タバコ吸えねーモヤモヤってメガネない時と一緒なんじゃね?」



次に見た視界は目の前のヤンキーがムンクの叫びのごとくどろどろに歪んでいる光景だった。ヤンキーのその言葉に彼にメガネを奪われたのだと気づく。なんてことを。視力0.02のこの私のメガネを奪うなんて。鬼畜野郎。裸眼の私の戦闘力はダンゴムシと等しい。


「か、返してください」

「それ俺じゃなくて肉まんとか入ってるやつ」


「スチーマーといいます」


「へーー」


もうダメだ。人とスチーマーの見分けすらつかない。同じシフトのバイトちゃんが来るまであとどのくらいだ。それすら確認できない。タバコを吸えないモヤモヤがここまで辛いなんて。いや、そんなわけあるか。


「まっ、気ィ向いたら返しに来てやるからそん時はタバコ売れよオネーサン。」

「ちょ、まっ、………人でなしーーー!!!」


早朝の気持ちの良い空気の中で、私の切実な叫び声だけが響きました。彼の動向はわからないけれど、自動ドアの開閉音で退店したのだと悟る。なんてこった。なんて日だ。早朝のコンビニでヤンキーグループの総長代理にメガネ奪われるってどんな状況だよ。前世でどんな悪いことしたんだよ私。


スズメの可愛らしいさえずりが聞こえる中、一筋の涙を流した。




30092020

ハンマのタバコめちゃくちゃ迷いましたが椎名/林檎さんの罪と罰でセブンスター、が出てくるのでそちらを拝借しました



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