恐る恐る触れた肌の感触は、その痛々しい見た目とは裏腹に私が知っている人間の肌のそれと変わりなかった。

指先でさするように何度も往復する。罪と罰。彼の薄くて広い手の甲に大きく描かれたその二文字はいつでも彼、半間修二という人間を連想させるものだった。私の手の甲に彫ったならきっとちんちくりんな文字になって途端にチープなおもちゃのようになってしまうのだろう。


「なァ、誘ってんの?」

「えっ!!」

「触り方えろいんだけど」


言われてぱっと手を引っ込める半間くんは口元にうっすら笑みをたたえながら、でも目はいつもの気怠そうな何を考えているかわからない視線をこちらに向けていた。


“タトゥーをした肌の感触ってどんなのかな?”


興味本位で投げかけた質問は意外にも「触ってみれば?」の肯定を頂いて。恐る恐る、私のおよそ一回りは大きいかという彼の手の甲に触れたならば、私が想像していた凹凸も、肌のざらつきも感じられなかった。ただの一人の、男性の肌だった。


「ごめん!意外と普通だったから物珍しくて」

「下手な彫り師にあたったらデコボコするらしーよ。まァ彫った直前は腫れたけど」

「へえ………痛かった?」

「スゲーー痛ぇ。もう泣いちゃうくらい」


初めてタトゥーを入れた時の彼を想像する。苦痛に眉根をよせながら、それでももう片方の手の甲にも同じようにいれる。何故なのだろう。きっと深い理由はないのだろう。けれど、私も少し彼と同じ痛みを感じてみたいと思ってしまう。だから、彼の痛みの痕跡に触れて、少しでも共有してみたいと思ったのだ。


「……私もいれようかな刺青。」

「ウケる。いんじゃね?俺がいれた店紹介してやるよ」

「止めないんだ?」

「だっておもしれーじゃん」


おもしれーことを生きがいにする彼の側に、どうして自分が置いてもらえてるのかわからない。自分で言うのもなんだけど生まれてこの方平々凡々を地で生きてきた人間だ。高校生にも関わらず髪を染めてピアスをして、タトゥーとタバコのにおいを纏った手のひらを持つ男に触れられるだなんて思いもしなかった。


「君の名前でもいれてやろーか。みんなの目につくところに」

「ダリィ〜〜超キメーーじゃん」

「そしたら私は君のものって目で見てわかるでしょ」


鏡を見るたびに自分の体に彼の名前があったなら。罪と罰の二文字を見て誰もが彼を連想するように、私を見て半間修二という人間を思い起こせばいい。皮膚の下に宿された一生消えることのない言葉は、まるで呪いのように本人の目から誰かの潜在意識に至るまでを侵食し、その人を形作るのだ。



「やっぱ頭オカシーわ、アンタ」



掘り立ての熱を持った肌を彼が引っ掻くように触れたなら、私たちは痛みを共有することができるだろうか。

半間くんが至極愉快そうに大きな口を開けて言うから、私も自然と笑みがこぼれた。彼がどうして地味な私を側に置くのかはわからない。私がどうして世間一般で言う“関わってはいけない男”に固執してしまうのかもわからない。けれど刺青とタバコの手のひらが案外優しく私の肌に触れるから、その手をとって、触れて、痛みと熱を共有してみたくなるのだ。



「君が飽きるまで遊んでね」



私がそう言うと、半間くんは喉の奥で小さく笑った。





潜熱

26092020



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